陰影の中

 伊東さんも交えての話し合いが終わり、土方さんはいつも以上に不機嫌そうな顔をしている。三木君とこんな関係になっていなければ、土方さんにもっと同調していたかもしれないけれど、いまの僕は複雑な気持ちだ。
 その三木君は、とっくに室を出て行ってしまっていた。僕らの関係をみんなに知られるわけにはいかないから別に良いんだけど、ちょっと冷たいんじゃないかとも思う。せめて目線のひとつでもくれたって良かったのに。心の中ではそう思うものの、きっと三木君を前にしたらこんなこと言えない。天邪鬼な自分が少しだけ嫌になる。
 僕以外の人たちは、まだそれぞれが何かを言いたげに座ったままだ。僕も残った方が良いだろうかと考えて、でも話すことも特に無いからやっぱり出ることにした。扉を開けて、右に曲がる。いつも通りのどうってことのないその動作の影に、驚きは潜んでいた。
 右足で廊下に出て、左足で方向転換をした、その瞬間。僕の身体は力強く引っ張られて、何が起こったのかも理解出来ないまま唇を奪われていた。すぐに離された唇の先には、三木君の意地悪そうな顔がある。

「え、三木く……」

 出した言葉は、唇ごと奪われる。またすぐに顔を離した三木君が、小さく笑って囁いた。他のやつらに見られたら困るだろ、と。
 だったらこんな所でこんなこと、しなければいいのに。そう言おうとした途端、僕が反論するのも予想していたのだろう、三木君は「しっ」と言って人差し指を口の前に立てた。

「お前が出てくるのが遅いから、待ちきれなくなったんだよ」

 そのくせ、三木君自身はこんなことを言ってくるのだから性質が悪い。きっと相手が三木君でさえなかったら、「へぇ、僕にそんなに会いたかったんだ」とか、「そんなに僕のこと好きなんだ、僕はそこまででもないけど」とか、そんなことを言える余裕があったと思う。だけどまさか三木君がこんなことを言ってくるなんて思っていなかったし、ましてや伊東さんがそばにいるのにこんなことをしてくるとも思っていなかった。
 驚きは、僕から色んなものを奪ってしまったらしい。だからこの時だけは、僕らしからぬ素直さで、思わず嬉しそうに笑ってしまったのだった。

2018.10.23
戻る
.