二人のつくづく続く日々

総司の声が出なくなった。風邪を引いたらしい。
俺は総司を布団に押し込み、水桶も用意して、布を濡らして絞り総司の額に乗せた。もしも総司が喋れたならば、「土方さんは過保護過ぎるんですよ」と言ってきたかもしれない。

それから硯と筆と半紙を枕元に置き、「言いたいことがあったらこれに書けよ」と告げる。
すると総司が早速起き上がろうとするから、俺は慌てて「待て」と言った。
「いきなり起き上がるな、寝てろ。腹が減ってんのか? 何か持ってくるか?」
俺の問い掛けに、総司はふるふると首を振る。
「あぁ、あれか。熱が出てねぇのに額を冷ましてるのが納得いかねぇのか?」
そう言うと、こくりと頷く。
「お前は熱が出てくるのが遅いからな、その内すぐ熱くなる。大人しく寝てろ。飯はいるか? あぁ、お前は粥が良いんだったな。用意してくるから待ってろ」
それを聞いた総司が、何か言いたげにこちらを見る。いや、言いたいことは分かっていた。
「俺が作るわけねぇだろ、雪村か誰かに作らせるから安心しろ。大根おろしを入れて、葱は抜けば良いんだったな」
ようやく総司はほっとした顔をして、静かに目を閉じた。

それからも、仕事の合間に何度も総司の室に行った。行く度に俺があれこれと気を回すから、総司は粥を食べた時以外に起き上がる必要が無かった。
案の定、時間を置いてから総司の熱は上がってきた。額の温度を確認して、何度も布を絞り直す。
水桶に入れておいた水がぬるくなっていたから、取り替えに外に出ると、雪村が寄ってきて「土方さん、お忙しいですよね? 私が代わります!」と言ってきた。
頭では分かっていた、ここは雪村に頼むべきだろうと。
けれど、断ってしまった。
「いや、お前には他にもやってもらいてぇ雑用があるから、そっちに回ってくれ。総司の面倒は俺が看る」
この言い訳は苦しかっただろうか。不安になって雪村を見ると、何も疑った様子もなく「はい」と言って立ち去って行く。あいつがまだガキで良かった……下手に勘繰られたり、俺達の仲を知られでもしたら総司に怒られちまう。

中身を入れ替えた水桶を持って歩きながら、この程度の世話焼きさえ誰にも譲れない自分に呆れていた。
総司の室に戻ると、総司は目を瞑ってはいたが、枕元に文字の書かれた半紙が置かれている。そこにはこう書かれていた。

”土方さん 大嫌い”

「あ〜? 何だ、こりゃ」
紙を取り上げてまじまじと見てみる。少しだけ右肩上がりのその文字に、俺はぷっと吹き出した。総司は嘘を書く時、文字がこうなるのだ。俺だけが知っている、総司の癖。おそらく総司本人すらも気付いていない。
最後の「い」の字の墨が乾ききっていいないところを見ると、目を瞑っているのは狸寝入りだろう。独り言の振りをして、総司に話しかける。

「先に俺が色々やっちまうから、つまんなかったのか? お前の我儘なら、元気な時にいつもきいてやってるだろが。風邪引いた時くらい、大人しく寝てやがれ」

起きているはずなのに、総司は目を開けない。俺に文句もあるだろうに、口がきけない今はそれを伝えるのが手間なのかもしれない。
こりゃ元気になったら面倒臭ぇだろうな。
でも俺の前で大人しくしている総司なんて、こんな時でもなきゃ拝めない。どうせ後から嫌味を言われるのなら、今の内に甘やかしておきたい。

総司に顔を近付ける。
「風邪が治ったら、お前の頼み事をいっこだけ叶えてやるから、早く治せよ」
耳元で囁いて、約束の証に頬に口付けを落とす。みるみる熱の上がっていく総司の顔が可愛くて、思わず頭を撫でたら振り払われた。
やっぱり起きてやがったな。
総司は一瞬俺を睨んでから、布団を頭まで被ってしまった。これじゃ額の布が取り替えられねぇ。取り替えてからやるんだったな、と反省しつつ、どうせ今は何を言っても顔を出してくれないだろうから、また後で来るか。

「分かってるよ、とっとと出てけって言いてぇんだろ? また後で来るから、しっかり寝ておけよ」

総司の声が出ていたら、絶対に「早く出てってくださいよ」と言われているはずだ。
そう思ったからこう言って、さっさと出て行ってやったのに、後日元気になった総司からは「どうしてあの時側に居てくれなかったんですか」と怒られる羽目になった。

2017.07.06


戻る
.