月夜の温もり

月夜に歩くは俺達のみ。
総司と肩を並べて、ゆっくり進む。
そろそろ着くよと声がして、総司を仰ぎ見れば静かな微笑み。
自然と伸ばした指先は、総司の手に触れる前に迷って戻した。
着いたのは小高い丘で、満ちた月がよく見える。

「綺麗だね」
「あぁ」

交わす言葉は短くて、静かな時間だけが流れていく。
こうして総司と居られるのは、今夜が最後。
明日には俺は御陵衛士となり、ここを去らねばならないから。

月を見る振りをして、総司の横顔を盗み見た。
いつもは俺を見詰めてくるその視線が、今は月へと向けられている。

新選組を抜けると言った時、総司はただ静かに頷いた。
告げられたのは「そう」という一言のみ。
総司は寂しくないのだろうか。
もし「行かないで欲しい」と言われたら、俺は何と答えるだろう。俺は何を選ぶのだろう。

―――きっと結果は変わらない。

それでも、ただ一言で良い。惜しむ言葉が欲しかった。
離れて行くのは俺なのに、随分と勝手なものだと自分に呆れる。

それでも、いま総司に触れてしまったら、俺はその我儘を言ってしまいそうで。
だから直ぐ傍にいるというのに、袖すら触れ合わせられなくて……手を繋ぐなど、恐ろしくて出来なかった。
俺の中の醜い部分を、総司に見せてしまうのが怖かったのだ。

再び月を見上げれば、不安な色を帯びていた。
不吉な色だ。
まるで総司との永遠の別れを示唆されているようで、俺は視線を落とす。

「一君」

俺の不安など知らぬ総司は、いつも通りの調子で声を掛けてくる。
弱い自分を気取られないよう、俺もいつも通りに答えた。

「何だ」
「帰ろうか」
「……あぁ、総司がそうしたいのなら」

一緒に月を見ようと誘ったのは総司だった。
こんな短い時間で満足したのだろうか。
それとももう、俺と一緒に居たくないのだろうか。

来た道を引き返す。
丘を下り平地に出た時、左手に温もりを感じた。
見れば総司の手と繋がっている。

「総司?」
「誰も見てないよ」

そうではない。見られても構わない。
俺が言いたいのは、聞きたいのは、そんな事ではなくて――

「好きだよ」
「え?」
「好きだよ、一君。離れていても、ずっと一君だけを、僕は好きでいるよ」

総司が先程よりも強く、俺の手を握った。
温かいのにどこか寂しいのは、もう繋げないと知っているからだろうか。

「俺と離れるのは……寂しいか?」
「一君はどうなの?」
「俺は…………」

自分から問うておいて、俺は自分の気持ちを伝える事を躊躇った。
口にしたら、気持ちが揺らぎそうで怖かったのだ。

「僕は寂しいよ」

それなのに、総司の言葉で結局揺らいだ。
あぁどうしたらいい、離れたくない。

「寂しいけど、僕が何を言っても、きっと一君は一度決めたことを変えたりしないと思ったから」

だから素直に言えなかったんだ、ごめんねと、告げてくる総司はどこまでも素直だ。

「俺……、俺は…………」
「分かってるよ」
「総司?」
「一君も寂しがってるってことくらい、僕だって分かってるよ。だから言わなくてもいいよ」

普段は意地悪なことを平気で言ってくるくせに、こんな時だけ優しくするのは――矢張り意地悪なのかもしれない。寂しさが強くなってしまうのだから。
俺は総司の手を、強く強く握り返した。

「離れたくなど、ない」

呟いた声は小さくて、もしかしたら届いていなかったかもしれない。
けれど総司が微笑んでくれたから、きっと気持ちは伝わったのだろう。

総司の顔が近付いた。
だが唇が触れる前に離れてしまう。

「……口付けは、また会えた時にしよう」

いま口付けたら、きっと別れが辛くなる。だから、また会えた時に。

「そうだな」

行きよりも、触れ合う手の分だけ温かい帰り道。
今はただ、この温度だけを記憶しておこう。

2011.10.19
▼水晶様に捧げます

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