不器用な口付け

「一君、ほら急いで急いで! 巡察の時間だよ」
「もうそんな時間であったか?」

 僕に急かされ慌てて準備を始めた一君を後ろから抱き締めると、背中をびくりと震わせ、同時に驚く声がした。

「な、何をする、いきなり抱き締めるな」
「何で?」
「驚くからだ。それよりも、時間が無いのだろう?着替えるから離せ」
「時間ならあるけど?」
「……ならば何故、急がせたのだ」

 僕の言葉に、一君が首を傾げながらこちらへと顔を向ける。

「一君と戯れたくて、その時間を作りたかっただけだよ」

 何でも無いように言いのけた僕を、呆れたように見る一君の目には、それでも嫌悪感が全く無い。
 その目を僅かに見詰めただけで、どうして僕の我慢はきかなくなってしまうのだろう。

「ねぇ、接吻してもいい?」
「そ、そういうことはいちいち訊くな……」
「え? だっていきなりじゃ駄目なんでしょ?」
「せっ……ぷ……、口付けはいいのだ。勝手にしろ」

 何故か一君は接吻という単語を酷く恥ずかしがって、きちんと言ってくれない。
 僕には何が恥ずかしいのかよく分からないけれど、恥ずかしがる一君が可愛いから慣れないで欲しいなとも思う。

「そうなの? 一君の基準て難しいね」
「していいと言う方が恥ずかしいのだ。そのくらい分かれ」
「よく分からないけど、じゃあ接吻したい時は、一君の許可は要らないってことだよね?」

 顔を赤くして目を逸らす姿は了解と受け取って良いのだろうか。訊くなと言われたから、僕は素直に顔を近付けた。けれどそうするといつも一君は目をきつく閉じて、口を固く引き結んでしまう。
「一君、好きだよ」の一言で少しだけ和らいだけれど、唇を重ねるのと同時に「俺もだ」なんて言うから、上手く口付けが出来なかった。

 いつになったら一君は、大人しく僕に口付けられてくれるんだろう。
 この瞬間に口を開くのは慣れてないからなのか、それともわざとなのか。結局その言葉ごと飲み込むような口付けをして、僕の隊服を縋るように掴む一君に、もう一度「好きだよ」と言った。
 そんな僕も、口付けをしながらだったから上手く伝えられなくて、お互い何て不器用なんだろうと、二人して笑ってしまった。

2016.04.11

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