雪がやむまで

障子の向こうには、小さな灰色の影がはらはらと舞っている。
雪か、と呟いた風間が帰ると言い出すのではないかと、俺は寒さに震えながらも心配していた。
そのくせまだ一緒に居たいなどと、口に出すのは女々しい気がして言う事が出来ない。
それ以前に声が嗄れて、まともに喋る事も出来ないのだけれど。

俺の気持ちを知ってか知らずか、風間がゆっくりと振り向いた。
そうして口を開いて、告げた言葉は――



風間とはずっと逢えずにいて、漸く顔を見られた今日、俺は風邪を引いていた。
けれど気を遣わせたくなくて――否、気を遣われて風間が帰ってしまうのを恐れて、俺は何でも無い振りをしていたのだ。
二言、三言、言葉を交わしたものの、会話らしい会話はしなかった。
訪れた静寂の中、小さな衣擦れの音だけが響く。
どちらともなく近付いて、視線が絡んで、背に手を回されて……冷えた畳の上で、俺達は性急に求め合ったように思う。

時折近付く隊士の足音に声を殺し、どこからともなく聞こえる副長の怒号に緊張する。
いつ自分が呼び出されるかと気が気では無いのに、風間の熱に翻弄され、散漫とした意識は結局風間との行為へ集約されて、幾度かはしたない声を上げてしまった。

熱に浮かされて定まらない視線の端で、ちらちらと何かが蠢いているのが気になっている。
そちらへ顔を向けると障子の向こうに淡い影。雪が降り始めたらしい。
風間と繋がっている部分は酷く熱いのに、背に当たる畳はまた清冷としてきた。

冷えて、声を上げて、行為が終わった頃には熱が出て、声が嗄れてしまっていたようだ。


――すまない、と風間が言った。
俺の体調に気付いてやれなくて申し訳ないと視線を揺らした風間に、「気にするな」と出した言葉が、きちんと声になっていたかは分からない。

それまで外の雪に気付いていなかった風間が、雪か、と呟く。
積もったら戻るのは大変であろう。風間は帰ってしまうかもしれない。
俺に止める権利など無いけれど、まだ一緒に居たい……口にはとても出せないけれど。
俺の気持ちを知ってか知らずか、風間がゆっくりと振り向いて、口を開いた。

「雪が止むまで、居ても構わぬか」

風間の言葉を理解するのに、時間を要する。なかなか返事をしない俺に、風間は気まずそうな表情を浮かべ、「迷惑であれば帰るが」と付け足した。
声が掠れている俺は、首を振って答えとする。

「では、居ても良いのだな?」

風間の言葉に小さく頷く。
頷いて調度下を向いた時に、ふっと笑う声が聞こえた。
慌てて視線を上げると、風間は初めて会った頃のような偉そうな表情をしている。

「俺に移すか?」

そう問い掛けておきながら、俺が答える前に口付けてきた。
離れた風間は楽しそうに笑い、

「鬼の俺が、病気になるとは思えぬがな」

と続けて、再び口付けをする。
直ぐ離れると思っていたのに、予想に反して口付けは深くなり、俺は縋るように風間の背へと腕を回した。

口付けをしながら、風間への想いと自分の立場との齟齬に胸が痛くなる。
風間が好きだ。けれどいつか俺は、新選組の者として風間を斬らねばならぬ日が来てしまうのだ。

その時、俺は何を選ぶだろうか。
迷わず風間に刀を振れるだろうか……。

漸く離れた風間が、苦しかったのかと問いながら、俺の目尻を指で拭う。
涙が出ていたことに、今更気付いた。

いいや、と掠れた声で返す。
あんたが好きだからだと、声にならない声で告げると、全てを察したらしい風間はそれまでの不遜な表情を切な気に歪め、今は休めと囁いた。

"俺が寝たら、帰るのか?"
途切れ途切れの小さな声で問い掛けると、風間は小さく笑う。

「雪が止むまでここに居ると、言ったであろう?」

そう言って、俺の髪を撫でる。いいから寝ろと、掛け布を被された。
素直に目を閉じれば、直前に見た悲しそうな風間の顔が残像となって瞼の裏に映っている。

このまま雪が止まねば良い。
そうして世界を白で埋め尽くして、俺と風間を閉じ込めてしまえば良いのにと、俺は束の間の夢を見た。

2012.03.15

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