あと1cm

※SSL


委員会会議の開かれる教室へと向かっていると、廊下の突き当たりにある窓が少しだけ開いているのに気付いた。気付いてしまえば無視する事など出来ず、俺は窓を閉めに行く。そこまでは、何の変哲も無い日だった。
目的の教室へ向かおうと足を一歩後ろへ下げた途端、ガクンと体勢が崩れ倒れそうになる。慌てて体勢を立て直そうと身体を捩ったところに、誰かの腕が伸びて抱き留められた。
支えてくれた人物を確認しようと顔を上げると、その相手の顔が目の前にある。ほんの数cm先にある唇が、ふっと笑いを作ってから動いた。

「あと1cmってトコだな」

その声で、余りに近くだった為に誰だか分らなかったその人物が、原田先生だと分かる。支えてくれた人の正体は分かったが、言われた意味が分からない。

「え……?」
「お前と、あと1pでキスしちまうとこだったな」
「あ、も、申し訳ありません!!」

俺は慌てて先生から離れる。

「ここのタイル、へこんでんのか? 見た目じゃ分かんねぇな、気を付けろよ?」
「はい、有難うございました」
「学校に修繕頼まねぇといけねぇな。でもあんま人が通る所でもねぇし、金がおりるかねぇ……」
「しかし怪我人が出てからでは遅いのでは」
「だな、これからお前委員会会議なんだろ? 風間に頼んでおけよ」
「っ、何故俺が……!」
「何でって、正にお前が怪我しそうになったんじゃねぇか。一番説得力あるだろ?」

じゃあな、と先生は去って行くが、俺が風間に頼み事を? 冗談ではない、何故風紀委員が理科実験室で活動をしていると思っているのだ。全てあの風間のせいだと言うのに……。
だが自分で言った通り、誰かが怪我をしてからでは遅過ぎる。どうしたものかと思いながら、俺は会議のある教室へと向かった。

とかく因縁めいている生徒会と風紀委員であるが、委員会会議には各委員会の代表2名が参加することになっている。
風紀委員で参加するのは俺と南雲。生徒会は会長の風間と、何故かいつも不知火が来る。天霧の方が余程生徒会らしいのに、何故不知火を連れてくるのか不明だが、そこがまた俺と南雲を苛立たせていた。
不知火はいつも南雲に矛先を向け、やけに風紀委員に絡んでくるからだ。
今日もそれは変わりなく、言われ無き風紀委員への誹謗や俺達の失点の付け方が厳し過ぎるだのと言われ、俺達は俺達で風紀の乱れの防止だと言い張り、結局平行線だ。
そう、これはいつも通りのことなのだ。けれどいつもは南雲に矛先を向けている不知火が、今日は俺に絡んできた。

「風紀、風紀っって言ってるがよ、校内で先生と厭らしい事しやがって、風紀を乱してんのはてめぇじゃねぇか!」
「何の話だ?」
「廊下で、原田先生とキスしてただろ?」
「あれは事故で……、大体、キスなどしていない!!」
「どんな事故なら男とキスするっつーんだよ、大人しそうな顔してよくやるぜ!」
「何だとっ」

怒鳴りそうになった瞬間、ガタリと大きな音を立てて風間が立ち上がった。

「下らん事で声を荒げるな、みっともない」

俺に言ったのかと思ったが、風間の目は同じ生徒会の不知火に注がれている。一瞬、室内がシンとした。それから風間は俺に質問を投げた。

「事故とは何だ、斎藤」
「……廊下の突き当たりの窓の前のタイルがへこんでいる。見ただけでは分からない」
「それで、何故事故が起きたのだ」
「そこに足を取られ転びそうになったのだ、原田先生にはそれを支えてもらっただけだ」
「そうか。怪我人が出てからでは遅いからな、修繕依頼を出しておく」

不知火と一緒になって何か言ってくるかと思われた風間は、淡々と話を進めていく。それからは取り立てて議題も無く、この日の会議は終了した。
それから数日後。
土方先生に呼び止められ突然礼を言われたのだが、その内容は身に覚えの無いものだった。

「……何のことでしょう?」
「何って、お前が教頭室の机の脚が折れちまったの、直してくれたんだろ?」
「いえ、俺はそんな事はしておりませんが」
「そうなのか? 風間からお前がやったって聞いたんだけどな」
「風間が?」
「あぁ、また揶揄われたかな……でも実際直ってるんだよなぁ」

おかしいな、と言いながら土方先生は去って行く。
どういう事だ? 理由を確かめに生徒会室へと向かった。ノックをすると、風間の声で入れと言われる。

「失礼する」
「何だ? 珍しい客だな、苦情でも言いに来たのか?」
「土方先生に礼を言われたが、何故俺の手柄にした?」
「あぁ、そのことか。この間の会議で不知火がお前に突っ掛かったからな、その詫びだ」

毎回南雲に突っ掛かっている事には頓着していないくせに、何故今回はそんな事を……? いや、それよりもこんなことで風間に恩を着せられては敵わない。

「俺は気にしてなどいない、そんな恩など必要無い!」
「恩など着せておらん、俺の詫びの印というだけだ。俺はあぁいう下品な揶揄は嫌いでな」
「……」
「言いたい事はそれだけか? 納得したなら帰れ、仕事の邪魔だ」

悔しいが、俺はこの男にこそ敵わないと思った。
本当は風紀顧問の土方先生の所には毎日のように伺っていて、毎日問題の机も見ていた筈なのに、俺は脚が折れているなど気付きもしなかった。
風間はいつ気付いたのだろう。土方先生とは仲が悪い筈だ、教頭室へ行く所など見たことも無い。それなのに、そんな小さな異変に気付き、あまつさえ早急に修繕までやってのけるとは。

「おい、何を突っ立っている? まだ言い足りない事でもあるのか?」
「……俺は、あんたに敵わない」
「どうした、熱でもあるのか? 保健室に連れて行ってやろう」

そう言って風間は立ち上がり、俺の手を引き保健室へと向かう。しかし風間は廊下の真ん中を堂々と歩くので、俺の手を引いているのを通り過ぎる生徒達全員に見られることになる。恥ずかしくて、手を離してもらった。

「一人で歩けるのか?」

心配そうに訊いてくる風間の視線に、思いがけず胸が高鳴った。

「別に、体調が悪い訳ではない……」

答えると、そうかと薄く笑ってまた俺の前を歩き始める。
変わらず真ん中を歩くので、俺が端に寄ろうとも風間と手が触れそうになってしまう。
その距離、わずか1cm。
自分から離してもらったその手が少し恋しくなるが、何を考えているのだと自分を律して風間から少し距離を取って歩いた。
歩きながら、よく考えてみれば保健室に用など無いことを思い出す。何故風間についてきてしまったのかと思い返すと、手を掴まれていたからだと思い至る。
あの時俺が風間の手を振り払わなかった理由は何だろうかと考えてみたのだが、答えを出すのが怖くなり考えるのを止めてしまった。

「風間」
「何だ?」
「俺は別にどこもおかしくなどない、保健室には行かなくて良い」
「ここまで俺を歩かせて、今更何を言う?」
「……すまない」
「まぁ構わんが……。では俺は生徒会室へ戻るとしよう」

そう言って風間がこちらを向いた時、調度廊下の突き当たりに来ていた。また窓が少し開いているのが見え、俺は反射的に閉めに行く。それから俺は自分の教室へ戻るために、後ろへ一歩足をずらした。
瞬間、ガクンと体勢が崩れる。慌てて身体を捩じると、誰かの腕が伸びて来て抱き留められる。顔を上げると、目の前には紅い目。

「何をしている」

その声を紡ぐ唇まで、あと1cm。
しかし風間はそれ以上近付くことなく、俺から離れた。

「お前の言っていたへこみとは、ここの事か? また繰り返したのか、学習能力が無いのだな」

馬鹿にされ、悔しかったが確かにその通りではある。だが議題にも挙がらなかった土方先生の机の脚には気付いた風間が、何故議題となったへこみを直していないのだろうか?

「あんたこそ、何故ここを修繕していないのだ」

俺がそう訊ねると、くく、と風間は笑った。

「少しは自分で考えろ」

そう言って生徒会室へと戻って行く。言われて考えてみるも、全く見当もつかない。ほぼ無意識に、俺は去って行く風間を追い掛けてしまった。
生徒会室に入る所で風間に追い付き、共に部屋へと入る。風間は呆れたように俺を見て、

「矢張り熱があるのではないか? 何をしに来た?」
「修繕していない理由が、俺には分からない……何故だ」
「それは俺が気になるということか?」
「っ、そういう訳では……」

否定してみるも、俺が気になっているのは確かに風間だった。

「では何故そんなことを気に掛ける?」
「それは……」

衝動的に追いかけてしまった為に、上手い言い訳が思い付かない。黙って俯いてしまった俺に、風間が含みを持たせて言ってくる。

「教えてやろうか?」

顔を上げると皮肉な笑みを浮かべていて、何を考えているのかと怖くはなったが、それでも風間の行動の理由を知りたい気持ちの方が強かった。

「あぁ」

答えると、風間はまたくく、と笑った。

「俺が修繕を遅らせている理由の前に、何故不知火がいつも南雲に突っ掛かっているか考えたことはあるか?」
「それは、風紀委員を目の敵にしているからだろう」
「ふ、俺達生徒会が風紀委員を目の敵にする理由などなかろう?」
「……っ、では何故だ!」
「少しは自分で考えろ」

考えてみるが、矢張り分からない。

「分からない……」
「鈍い男だな、南雲に惚れているからに決まっているであろう」
「何だと……!」

思いもよらない答えに、俺は心底驚いてしまった。しかし知ってみれば、風間がいつも不知火を連れてくることに合点がいく。だから天霧を連れてこないのか……。
それにしても、風間は何故突然そんな話をしてきたのだろうか。修繕を遅らせている理由と不知火がどう関係するのか、俺には矢張り分からない。

「不知火のことは分かったが、それがどうしたと言うのだ」

俺がそう訊くと、風間は呆れたように息を吐いた。

「まだ自分で考えようとしないのか? お前は答えを待つだけか?」
「実際意味が分からないのだから、仕方が無いだろう」
「俺も惚れている者がいるのだ。だからそいつが絡むと仕事を上手く進めれらない……それだけだ」

どうやらこれが風間の答えのようだったが、俺には何がどう繋がっているのか理解出来ないままだ。
ただ風間が誰かに惚れていると言った瞬間に胸がちり、と痛んだ気がした。

「俺には、それだけでは意味が分からない……」
「本当に自分では何も考えぬ男だな」

呆れたように溜息を吐きながら、風間はそれでも言葉を続ける。

「そいつが校内で他の男とキスをしたと聞いて平静ではいられなかった。不知火がそいつに絡んだので、俺は思わず詫びをしてしまった。そいつが熱があるのかもしれないと、保健室に連れて行こうとしてしまった――」

言われた言葉は、全て俺の事を指しているようで……まさか、と思った時に決定的な理由を告げられた。

「俺にもそいつを抱き締められる機会があるかもしれないと、修繕を遅らせた」

言葉が出せなかった。
いきなり言われたことに頭がついていかないのと、先程痛んだ胸が今度は早鐘を打ち始めるので、意識が言葉を出す事に向けられなかったのだ。黙ったまま風間を見つめると、

「まだ分からんか?」

と言いながら、俺を生徒会室の扉まで追いつめるように近付いてきた。
俺は何か言いたいと思うのに、何から言って良いのか分からなくてただ風間を見つめるだけだ。
すると風間が、俺のすぐ傍で止まって言う。

「俺の気持ちに応える気が無いなら、今から10秒以内に立ち去れ」

悩むまでも無かった。俺ではとても敵わないこの男に、実はとても優しいこの男に、俺はもう憧れ以上の気持ちを抱いてしまっていたから……。
10秒経ってもその場に居る俺に、風間は顔を近付けてくる。その唇が、俺の唇まであと10cm……5cm……あと、1cm。

コンコン

そのタイミングで、生徒会室の扉がノックされた。驚いた俺が背中越しの扉へと目を向けると、その顔を引き戻され口付けられる。
数センチ先に人が居るというのに、風間は遠慮なく俺に舌を差し入れてきた。
すぐ近くに誰かが居るという緊張感。
しかしそれを忘れてしまいそうになる程の甘い口付け。
この胸の高鳴りは、どちらに対してのものなのか――
中から何も反応が無いからか、ノックをした人物が生徒会室に声を掛けてくる。

「おーい、会長さんよ、いねぇのか?」

その声は不知火。返事をするかと思われたが、風間は聞こえぬかのように俺への口付けを続けてくる。唇が離れたと思ったらすぐにまた繋がり、息を吸うのすら罪だとでも言うように風間の口付けだけに支配される。
しかしそれは目が眩む程に心地良く、甘い。
風間の口付けに集中していたが、不知火がノブに手を掛ける気配がして、ガチャ、という音がした。

見られてしまう――

一瞬で緊張した。
風間から離れなければ、そう思ったのに扉はガチャガチャと大きな音を立てるだけで、侵入者を拒絶する。その間も風間は平気で俺に口付けていた。そうか、鍵を掛けていたのか……。

「何だよ、いねーのか」

不知火が諦めて去って行く足音がして、やっと風間が口を離した。
俺ばかりが見つかりはしないかと緊張し、俺ばかりが風間の口付けに翻弄された。悔しくて、可愛気の無い事を言ってしまう。

「生徒会室を、私用に使っていいのか?」
「風紀委員が、風紀を乱して良いのか?」

言葉ですら敵わない。俺はいつでも、風間の手の上で転がされているだけなのではないか。余計に悔しくなり、必死で言い訳を考えた。

「校則違反は……していない」

そう言うと風間は一瞬驚いたように目を見開き、その後楽しそうに笑い出した。
大きな声を上げた訳ではない、しかしその顔は本当に楽しそうで、恐らく風間のこんな顔を見たのは世界で俺一人なのではないだろうか? 先程の悔しさが、にわかに優越感へと変わる。
風間は一頻(ひとしき)り笑った後、

「まさかお前がそんなことを言うとはな……くくく」

言いながらも思い出したように笑い、そのまま続けた。

「確かに、校則に不純同性交遊を禁ずるという項目は無いからな……ではこれからすることも、校則には違反していないから良いのか?」

ようやく笑いが落ち着いた風間は、こう言うやいなや制服の上から俺自身を触ってくる。
その感覚にびくりと震えてしまう。

「嫌か? 嫌ならせんが」

良いとも嫌だとも言えずにいると

「初めてが俺では不満か?」

そう聞かれ、優越感がまた悔しさに変わった。

「初めてなどではない……」

本当は他人に触られた事すら無かったが、風間に馬鹿にされるのが嫌で強がりを言ってしまう。
すると風間は、またいつも通りの皮肉な笑いを浮かべて言った。

「ではどうする? 続けて良いか? お前が選べ」

風間は狡い。
無理矢理行為を強いて、俺が風間に流されただけだと言わせないように。俺も風間を好きなのだと確認する為に、風間は俺に選ばせる。
計算高い男だ。それなのに、俺は風間に惹かれずにはいられない……。けれど、素直に好きだなどとは言いたくない。それなのに、好き以外の理由が思い浮かばなかった。
悩む時間が無駄だと分かれば結局素直になるしかなく、続きを促す為に自分から風間の首に腕を回す。
先程風間から与えられたあの熱を、あの甘さを、今度は俺から与えたいと思った。

徐々に風間の顔に近付いていく。
もう少し、あと少し。俺の唇が、風間の唇まで……あと1cm。
そこで風間が口を開く。

「このまま続けるなら、もう後戻りは出来んぞ」

返事の代わりに、残りの距離をすぐに埋めた。今更後戻りなどする気は無い。いや、きっと出来ない。
風間が口付けを返してくる。俺から風間に近付いたのに、結局風間に扉に押し付けられる形で貪られる羽目になった。
口付けの合間の俺達の息遣いだけが室内にこだまする。風間の興奮を感じて、俺は更に興奮していた。
風間を離したくなくて、風間の首に回した腕を引き寄せると、風間が俺を抱き締めてくる。
俺を抱き締める腕の力がどんどん強まるので、流石に苦しくなって小さく声を上げると、風間は腕の力を緩めながら唇を離した。
そのまま身体も少し離され、今度は俺のネクタイに手を掛けられる。
きつく結んでいた俺のタイを解こうとする風間の顔を間近で見つめていると、俺の視線に気付いた風間が薄く笑い、タイを解きながらまた口付けてきた。

何度も落とされるその唇に夢中になっている間にタイは解かれ、シャツのボタンも外されている。
流れるように腰のベルトも外した風間は、改めて俺を抱き締めてから唇を離し、移動するぞと耳元で囁いた。
片腕を俺の腰に回したまま、風間は普段から座っている椅子へと俺を連れて行く。
俺だけを座らせ、そこで俺の制服を下ろした。下着も下ろされ、少し反応を示している俺自身を見た風間がふ、と笑って問う。

「初めてではないと言ったな?」

今更嘘でしたなどと言えない俺は、それでも嘘を吐いている罪悪感から小さな声で「あぁ」とだけ呟いた。

「ではそれなりに持ち堪えられる筈だな?」

そう言って、いきなり俺自身を口に含む。瞬時に快感に襲われ、俺は声を上げてしまう。
風間の口内でどんどん硬度を増していく俺自身を、味わうように舐め上げる風間の頭を俺は押さえ込んでしまって、余りの気持ち良さにどうして良いか分からなくなり、ただ風間の動きに合わせて声を上げるばかりだった。

「あ……っ、風間、あぁ、あっ、は……」

俺の反応を見た風間は突然動きを緩め、ゆるゆると俺を舌の先で舐めるだけになる。
その物足りない刺激が、俺の欲望を強めた。
風間の頭をより強く押さえ込み、どうにかもっと強い刺激を与えてもらえないかと期待する。けれど俺を深くまで咥え込んでいる風間は、それでも舌でゆっくり舐めまわすだけで、俺の望みを叶えてくれない。
耐え切れず、頼んでしまう。

「風間……もっと、強く……」

言うと、風間の口の端が上がるのが分かった。それからすぐに強く咥えられ、そのまま上下に扱かれる。

「あぁぁぁあぁ、や、はっ、あぁ、風間、あっ……」

言ってる間にじゅぷじゅぷと音がし始め、その音と風間の口と舌で与えられる快感とで俺はどんどん極まっていく。

「あ、風間っ……! も、むり、だ」

最後まで言い終えぬうちに、俺の脚がびくびくっと震え風間の口内に熱を吐き出してしまった。
風間が俺の出したものを飲み込んでいる間、俺は椅子の背もたれに頭を預け息を整える。
目を瞑ると、達する瞬間の強過ぎる快感で浮かんだ涙が一筋、頬を伝うのが分かった。
そんな俺を見上げながら風間が、嘘が下手だなと言って薄く笑う。そんな事を言われても、もう気にならなかった。それよりも初めて味わう快感になかなか息が整わない。気持ち良さで、脚が震える。

反論すらしない俺を見て、風間が困ったように「立てるか?」と訊いてくるが、とても立ち上がることなど出来そうになくて、小さく首を横に振った。
後戻りなど出来ないと言っておいて、風間は俺に続けて良いか訊いてくる。それは俺に選ばせているのではなく、俺を心配しての質問だ。風間の口調と眼差しが、それを物語っていた。

いいと言うと、風間は制服の上も脱がしにかかる。それが済むと風間は自分の指を俺に舐めるよう言ってきた。
素直に従い、その指を充分に濡らす。それから俺の脚を大きく開かせたかと思うと、俺の秘所へと指を当ててくる。
力を抜くよう言われたが、何をされるのかと思っただけで緊張してしまいどうしても力が抜けない。それに気付いた風間は、指の位置はそのままに上体を起こし俺に口付けを施してきた。

口内にゆっくりと舌を入れられるのと同時に、ゆっくりと指も挿れられる。
その細い指が、信じられない程の圧迫を与えてきた。
折角の口付けにも集中することが出来ず、苦しそうにしていると、風間が指の動きを止めて言う。

「斎藤、無理なら言え。今なら止めてやる」

俺よりも余程辛そうな表情で訊いてくるので、風間が愛しくて堪らなくなる。
必死で息を整え、続けて欲しいと目を見ながら言った。

それを聞いた風間は幸せそうに微笑み、俺の耳元で好きだと囁いてから指を動かし始める。
圧迫は変わらないのに、風間に言われたその言葉一つで苦しさが嬉しさに変わっていく。
何に掴まれば良いのか分からず、俺は風間に抱き着くように腕を回した。
段々と指の感覚にも慣れ、動きも良くなった頃に指を増やされる。それが繰り返され、とうとう指が抜かれた。
次に宛がわれたのは、熱い風間自身。
瞬間また緊張してしまったが、風間が俺自身を触ってきたので「あっ……」と言った瞬間、挿入された。
正に力が抜けた一瞬を衝いて挿れられた風間は、奥まで一気に到達する。

「あ、風間っ……」

苦しくて、呼吸が浅くなってしまう。
風間は何か俺に言いかけたが、結局何も言わずに今度はゆっくり抜き始めた。抜け切る直前で、また奥まで突かれる。
徐々にその動きが滑らかになってきて、その頃には俺も苦しいだけでない感覚が湧いてきていた。
風間の動きに合わせ、声が上がってしまう。俺の声の変化に気付いた風間は、俺の腰に腕を回して動きを速めた。

「あっ、あぁ、あ、、ふっ……ん、風間……」

その動きに翻弄されまいと風間に強く抱きついた途端、風間が当たる部分が変わり衝撃とも呼べる程の快感が走る。

「あぁぁぁぁっ……!」

思い掛けないほど大きな声が出てしまい、当然風間はその部分ばかりを狙って突き上げてきた。
俺の腰がびくびくと跳ねるのは分かったが、最早自分の意思ではその動きを止められなくて。

「あーー……あ、あっ、はぁ、風間、風間っ! も、止め……」

意識を失いそうになる感覚が怖くなり、思わず止めて欲しいと言ってしまう。すると風間はふっと笑い、片手で俺自身を扱き始めた。
それから動きを更に速めてきたので、もう口を閉じることも叶わない。風間の名前を呼びながら、俺は果てた。

直後、俺の中から風間が引き抜かれ、俺の腹に向けて風間の欲を掛けられる。
風間も息が上がっていたが、それでも俺に動くなと言って素早く俺と風間の出したものを拭き始めた。
その事務的な処理は余韻も何もなく、俺は寂しくなりひねくれた事を言ってしまう。

「生徒会室を汚さない方が大事か?」

風間は驚いたように俺を見た。
いつもだったらここできっと薄く笑うであろう風間は、余裕の無い表情で言う。

「お前を汚さない方が、大事だと思っただけだ」

そんな殊勝なことを言われて、自分の発言が恥ずかしくなった。
風間は申し訳なさそうに、俺に一度口付ける。

「ここに座る度、お前を思い出しそうで心配だ」

そう言って笑う風間は余りに綺麗で、その顔に相応しい返事が思い浮かばず俺は黙ってしまった。
黙った俺に、風間は困ったように話掛けてくる。幾つか言われた話の一つに、風紀委員を理科実験室に追いやった理由があった。

「お前が苦情を言いに来るのを、待っていた」

どうにかして俺と話す理由が欲しかったのだと言ってくるので、今度は恥ずかしくて黙るしか無くなってしまう。
俺が照れたように俯いたのを見た風間は俺が怒ってる訳でないと知って安心したのか、そろそろ帰るか、と言ってくる。
俺は黙ったまま頷いて、制服を着始めた。

陽はとっくに暮れていた。
街頭が燈り始めた外を見て、風間がまずいな……と口走る。
気怠さから制服を着るのに手間取っている俺を抱き寄せ、風間があっと言う間に服を着せてきた。

何を急いでいるのかと思った時、廊下をカツンカツンと歩いてくる足音が聞こえてくる。
こんな遅くまで誰が残っていたのだろうか……と思った瞬間、風間に手を引かれ普段風間が使っている机の下に押し込まれた。
すぐに風間も入ってくる。

その机は生徒1人が使うには随分大きいのだが、男2人が潜り込むには矢張り狭い。
そこで寄り添うように風間と肩を並べる。
何があったのだ、と訊くと「警備員の見回りだ」と事も無げに告げられる。

「俺としたことが、すっかり忘れていた」

口調は淡々としているが、どこか楽しそうな風間を不思議に思う。

「何を喜んでいる?」
「それだけお前に夢中になってしまったということが、少し楽しい」

計算高いと思われた風間の計算外の失態に、それだけ俺に夢中になっていたと知らされる。
俺はなかなか素直な気持ちなど伝えられないというのに、風間は気持ちを隠さない。こんな所まで、俺は風間に敵わないのか。

「この歳で、まさかこんな所に隠れる羽目になるとはな。お前と居ると退屈せん」

偉そうな口調も最早愛しくて。
俺はそうだな、と小さく呟くだけしか出来なかった。

カツンカツンと足音が近付き、とうとう生徒会室の扉に手を掛けられた。
ガチャガチャッと変わらず侵入者を拒絶する扉に、かちゃりと鍵が差し込まれる。

そうか、警備員は中まで確認するのだ――

俺はにわかに焦り出す。もしも机の下まで覗かれてしまったら?
退学の文字が浮かんだ。
息を殺してじっと耐える。
広い室内をカツカツと歩き回る音が聞こえ、その足音が机に向かい出したのでじわりと俺の手から汗が滲み出す。
鼓動の音が聞こえるのではないかと思う程に、俺の心臓が煩く鳴っている。
不安の余り同じく息を殺している風間を見遣ると、俺の視線に気付いた風間が俺を見た。
狭い空間で寄り添う俺達の顔は、殺した息が掛かる程に近い。
容赦無く近付いて来る足音に、気付かれないよう、風間が静かに顔を近付けてきた。

俺と風間の唇の距離は――


2010.03.04
+そら様へ捧げます

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