ねがい

※5000打リク/服従物


 目に映るのは、白くなった自分の指先。
 力を入れ過ぎて最早感覚が無いその指が、とうとう二重、三重と幾重にも見え始めた。
 揺れているのは視界ではない、意識の方だ。
 それはつまり、終わりが近いということ。
 指に力を入れ、唇をきつく引き結び、ずっと耐えてきたというのに結局俺の身体は陥落するのか。ぎりぎりの意識が嫌だと叫ぶ。

「い、やだ……」

 背中に掛けられたのは冷笑のみ。
 唐突に激しく揺さぶられ、一度開いてしまったが故に閉じる事が叶わなくなった口からは、自分のものとは思えぬ声が出る。

嫌だ、

 思考はそう叫ぶ。
 だが言葉にならなかった。紡がれた母音のみの音が、屈辱の色を湛えるだけだ。

 体内に熱を感じ、風間が果てたのだと知る。殆ど同時に俺も熱を解放していた。これで何度目かも分からない陵辱。その度に感じる絶望感。じわじわと、俺から何かが削り取られていく。風間がまた俺の身体に手を掛けた。抜かれず挿し込まれたままだった風間自身に、熱が戻り始めている。
 まだ俺を蝕むつもりだ。
 しかしそれもいつものこと。そろそろ風間が動き出す。俺は再び口を閉じるが、結局最後には声を上げてしまうのだろう。

 今日だけで、もう何回されたか覚えていない。
 一度反抗して風間の皮膚を傷付けて以来、深く切られるようになった爪。その先が、畳の目に埋まっている。風間の激しい攻めに耐え抜こうと、力を入れ過ぎた証拠だ。指先が深く喰い込んでいる。力を籠めると、目の隙間から新しい畳の匂いがした。揺れ動く意識の間に間に、そんな事をまだ感じ取れる自分に驚く。

 風間はいつも後ろから俺を攻めた。
 人間扱いなどしてもらえない。犬のようだと言われたのは、捕まる前であったか、後であったか――。辛くて堪らなかった、こんな状況下で感じるようになってしまった自分を知るのが。

 身体を支えていた腕が悲鳴を上げ始めた。とうとう保てなくなり、俺は上半身を畳に伏せるしかなくなる。風間に掴まれている腰だけが高く上がったこの格好は、随分とはしたなく見えることだろう。

 風間から解放されたのは、もう陽が昇り始める時刻だった。
 あれだけ激しくしていたくせに、着物を羽織る風間の所作は、酷く優美だ。先程まで俺を攻め立てていた人物とは別人ではないか、そう疑わずにいられない。

「まだ――飽きないのか」

 掠れる声で問い掛けた。
 捕まった時、直ぐに殺されるかと思ったのに「風間が飽きるまで」という条件で、俺は死ぬより酷い目に遭うことになる。
 風間は視線だけをこちらに投げ、小さく鼻で笑っただけで、返事もせずに出て行った。狭い牢に俺だけが残され、直ぐに別の者が入ってくる。
 最初の頃は、ここからの時間がより酷かった。複数の男が入り込み、好き勝手に弄ばれたのだ。それが幾日も幾日も続いていた。いっそこの時に気でも触れてしまえば楽であったろうに、それも叶わずに。
 だが、ある日を境に風間以外に俺の身体を使う者は居なくなった。理由は分からない。

 以来、風間が出て行った後に入ってくる者の役目は、俺の身体を綺麗にするだけとなっている。
 今日も濡れた布と乾いた布を持ち、丁寧に俺の身体を拭いていく。畳に吐き出されていた俺の白濁を拭ったのを最後に、その男は出て行った。
 俺は起き上がることが出来ず、横になって暗い天井を見詰める。狭い部屋なのに、広く感じるのは何故なのだろう。最近は、風間が居なくなるといつも思うことだった。

 慰みものでしかないのだから必要無いと、俺は着る物を与えられていない。渡されているのはたった一枚の薄い掛け布だけで、それを掛けて俺はうとうととし始める。
 疲れていた。
 微睡み始めた意識の下で、俺は色んな物を失ってしまったように思う。同時に、では一体いままでは何を持っていたのだろうかと考えた。答えの見付からぬまま、俺は意識を手放すことになる。

 頬に痛みを感じて目を開くと、そこには風間が居た。「起きろ」と、ただ冷たい一言を放ち風間が俺から少し離れる。
 ゆっくりと起き上がった。光も差さないこの部屋で、風間が白っぽい何かを手にしているのが見て取れる。「着ろ」と言って渡されたのは、簡易な着物であった。
 俺は黙って指示に従う。帯代わりの紐を結び終わった時、付いて来いと言われた。言われるままに、牢を出る。別の牢に移されるのだろうか。
 風間の後ろを歩きながら、その腰に携えられている刀に目がいくが、それを奪って刺せる程の体力など、いまの俺には残っていそうになかった。

 突き当りに差し掛かる。行き止まりかと思ったが、風間が近くに居た者に何かを指示すると、重そうな音を立ててそこはゆっくりと開かれ始めた。どうやら扉だったらしい。自分がどんな場所に閉じ込められていたのか、改めて思い知る。
 隙間から眩しい程の光が差し込み、俺は思わず目を瞑った。囚われてからこの方、光など見た事がなかったから刺激が強過ぎたのだ。

「何をしている、さっさと来い」

 風間の声で、目を開く。矢張り眩しくて一度細めるが、風間に逆らう訳にもいかずゆっくりと前に進んだ。扉の外には緑が広がっていた。眩しさと、外に溢れる生命力とに頭がくらくらする。

「とっとと歩け」

 俺にとっては久し振りの日光なのに、風間は全く容赦が無い。先を行く風間に遅れを取らぬよう、俺は意地で付いて行った。
 暫し歩いていると、小さな池が見えてくる。そこには短い石橋が架かっていた。池の中には赤い魚。狭い場所に居るのは同じなのに、俺と違って自由に見えた。
 魚に気を取られて、張っていた気が緩んだのだろうか。眩暈がしたと思った途端、見ていた魚が近付いてきた。――いや、魚が近付いてくるわけが無い。どうやら俺は立ち眩んで倒れかけているようだと、まるで他人事のように自分の現状を理解した。
 このまま池に落ちるのだろうと思ったが、そうはならなかった。身体が途中で止まっている。視線を動かすと風間が居て、俺を抱きかかえるように支えていた。助けられたのかと思ったが、池を汚すなと言われ、自分の立場を思い出す。大人しく頷いて、改めて歩き出そうとした時に風間に手を取られていることに気付く。

「何をして……」
「俺の庭を汚されては堪らん、貴様が倒れぬようにだ」

 風間は前を向いたまま、素っ気無く答えた。
 手を引かれ、庭を歩く。随分と広かった。どこへ向かっているのだろう。広過ぎて、この庭に何があるかも分からない。唐突に、風間が口を開いた。

「俺に、飽きられたいか?」

 飽きられれば殺される。それだけのことだ。つまりこの質問は「もう殺されたいか」、そう訊きたいのだろう。どちらも御免だ、俺は答えられなかった。黙っている俺に、風間は答えを急かさない。不思議に思って訊ねてみた。

「……飽きたのか?」

 だが、風間も何も答えない。俺に何を言いたいのか、そして何と言わせたいのか。まるで分からなかった。風間の思いが気になって、顔を見上げた時に「まだだ」と言われた。
 風間がこちらを向く。その目は俺だけを映している。何も言われてなどいないのに、人として認められた気がした。だが直ぐに逸らされてしまう。それからまた、俺の手を引いて歩き出す。

 心臓が煩い。
 喉がからからと渇いている。
 落ち着かない。
 俺はこくりと喉を鳴らし、言葉を紡いだ。

早く飽きて欲しい、と。

 言いながら、風間の手を握った。
 飽きられても、殺されたくはない。俺を解放して欲しい。いや違う、


離れたくない―――


 ふいに手を握り返された。そして風間が足を止める。紅い目が、再び俺を捉えた。

「ここの主は俺だ」
「あぁ、分かっている……」
「俺が飽きるまで、貴様に触って良いのは俺だけだ。他の者にはそう命じてある」

 この言葉で、突然風間以外の者が俺を慰みものにしなくなった理由が分かった。だが、何故そのような命令を……?
 それを問うより先に、風間が話し出す。

「貴様も同様だ、ここにいる限りは俺の命令には従ってもらうぞ」
「…………分かった」

 命令も何も、俺は閉じ込められているだけではないか。そう思ったが、口にはせずにただ頷いた。俺の返事を聞いた風間は満足そうに口の端を上げ、あることを命じる。

「では、ここで脚を開け」

 俺は惑った。今日も明け方までずっとしていたのに、こんな庭園の真ん中でなど。ここに居る者で、俺の身体に触れなかった者など恐らく居ないだろう。今更恥ずかしがることは無い。
 だからと言って、わざわざ見せたくもない。周りに人の気配など無いが、ここはいつ誰が通るとも知れない庭だ。動かぬ俺に、風間は愉快そうにどうしたと訊ねてくる。

「俺の命令に従うと、その口で言ったばかりであろう。武士を名乗っていた者が、約束を違えるのか?」
「……日が」
「何だ」
「……日の光が強い。ここでは暑くて、立っていられそうにない……」

 風間は小さく笑った。

「では木陰で良い」

 そう言って、俺を傍の木の下へと連れて行く。俺が木の幹に手を付けると、こちらを向けと言われた。顔だけを風間の方へ向けると、呆れたように溜息を吐かれた。

「そうではない、身体ごとこちらを向けと言っている」

 素直に幹に背を付ける。直ぐ目の前に風間。この時、どうしてだか俺は初めて風間と触れ合うような錯覚に陥った。
 風間の顔が近付く。口付けられるのではと期待したが、僅かな距離を残してそれは離れてしまった。それから俺が自ら脚を開くのも待たず、風間の手が俺の腿に触れてくる。軽く撫でられ、ぞくりとする。


 ――木が、風間の突き上げに合わせて揺れた。
 いつも畳に立てていた爪が、今は風間の背中に埋められている。
 狭い部屋の中で反響していた俺の声が、今は空に飲み込まれていく。

 折角木の下に隠れたのに、揺れる度太陽に覗かれた。もう俺は、ここから逃れる事など出来ないだろう。もしも自由にすると言われても、俺はきっと残る。

 だから、
 いつか飽きたら、
 そんな日が来てしまったら……
 やっぱり俺を、殺して欲しい。

 その願いを、口には出すことは出来なかったけれど。

2011.05.12
+鞠様に捧げます

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