既知

今夜もまた、音も無く風間が現れる。
それは決まって新月の夜。
月のない分、星明かりが眩しい。

風間の髪が、俺に視線を向ける動きで静かに揺れる。
もう灯りも消したこの部屋で、星の光を受けてそれは金糸のように見えた。
作り物のようだ、と口にすると風間が口の端を上げる。
そして言葉を発さず、俺の傍へと近付いてきた。

ほんの僅かな距離を開けて、風間の指先が俺の指に触れる。
何も問われてなどいないのに、そうされると俺は頷いてしまう。
それを合図に、風間は俺に口付ける。

腰紐を解かれた。
自然と前が開けた懐に、風間の手が忍び入って触れてくる。
その手はいつもひんやりとしていた。

月に一度の逢瀬なのに、幾月も繰り返せば身体は反応するようになっていて、あぁ風間の手にも俺の熱が伝わったのだろうか。触れてくる手が既に熱い。
立っているのもやっとなほどに、息が上がった。
それを伝えたくて風間を見上げると、気付いた風間がこちらを見る。

その瞳の奥には、欲が揺らめいている。
きっと風間の目には、俺が同じように映っているのだろう。

だから言葉など必要ない。
風間の着物の端を、少し引けばそれだけで伝わる。
俺が、この先を求めているのだということなど。


縺れるように布団に流れた。
俺の着物を性急に脱がせる風間は、それでもどこか優雅に見えて、大事にされているのだと感じる。

風間の指が動く。
壊れ物のように触れられて、俺の呼吸を見計らって中へと進められた。
何度目かも分からない挿入に、それでも慣れなくて俺の息は浅くなる。
気付いた風間が、前にも触れた。
碌に吸い込めていなかった息が、驚きで一気に吐き出される。
反動で、大きく息を吸うことになった。

それを見て、風間は安心したように微笑み、指を増やしてくる。
呼吸が整う間もなく、俺の口からは喘ぎが漏れ出す。
普段より高くなる声を聞かれたくなくて、口元を押さえたが声を殺すと息が詰まり、結局苦しさの余り声を出すしかなくなってしまう。


「嫌か……?」


夜の静謐を崩さぬ声で、風間に問われる。
嫌なのは、乱れる自分だ。
首を振って否定を示すと、風間が短く息を吐いた。
それは刹那の呼吸であったのに、熱が混じり、けれど同時に安堵しているのを感じ取った。


俺達は、余り言葉を交わしたりしない。
互いの気持ちも知りはしない。
それでもこの関係だけを続けていた。

おかしなことをしているものだと、自分でも思っている。
けれど止められなかった。

新月が、待ち遠しかった。


「風間――」


風間は何故俺に逢いに来るのだろうか。このままいつまでも、俺達はこの関係を続けていくのか――
ふと湧いたこの考えに、突然怖くなってしまった。
同時に自分の気持ちに気付くことになる。

俺の呼び掛けに、風間が何だと訊ね返す。
俺はゆっくりと口を開いた。

「あんたが 好きだ」

風間の指の動きが止まり、俺はこの告白を悔いた。
だが驚いた表情を見せた風間は、直ぐに笑顔を作り――


「知っている」


返してきたのは、この一言だった。
不遜な男だと思うのに、安心したのは何故なのだろう。
俺の中に挿れられていた指が、掻き回すようにいやらしく動かされた。
小さく漏れた声は、自分でも分かるほどに艶を帯びている。

快感に意識が向けられていたため、よく聞き取れなかったが、風間が何かを呟いた。
何だと訊ねようと視線を向けると、風間が言葉を続ける。


「お前は好きでもない相手に、大人しくこんな事をされているような人間ではなかろう」


嗚呼そうか、言われるまでもないことだ。
風間はいつも無理強いはしなかった。指先に触れ、俺が頷いてから事に及ぶ。断ったことなど無かった。
それこそが、俺の気持ち。
風間はとっくに気付いていたのか。


「俺も」


俺の思考を途切れさせたのは、風間の一言だった。
何だと問えば短い告白。


「俺も、同じだ」


人間を見下している風間の、これは最上の言葉なのではないだろうか。
俺は僅かに微笑み、「あぁ、知っている」と答えた。

この言葉に風間も小さく笑んで指を抜き、代わりに自身の熱を宛がってくる。
質量の差に、これから受ける衝撃を思って身体が震えた。
耳元で大丈夫だと囁かれ、低く優しい声に安堵した途端に俺達は繋がる。


隠匿した俺達の関係は、月が隠れる時だけのものだ。
静寂を裂いた俺の声は、見えぬ月に届いただろうか。

明日も月など出なければ良い。
何も照らさず、ずっと俺達を隠してくれれば良いのにと、風間の腕に縋りながら俺が願っていることを、あの月は、目の前の風間は、知っているのだろうか。
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