約束

丑三つ時に、鬼が現れた。
隊の者達が騒ぎ始め、篝火が増やされる。
俄かに明るくなった屯所の中、俺も刀を手に部屋を出ようとした、その時。
障子に映るは鬼の影。
狙いは俺であったのか。

俺は部屋を出ず、風間が入って来るのを待った。音も無く障子が開く。影は一つしか見えなかったが、事実いつも引き連れている二人は居らず、風間一人であった。
認めた瞬間、刀を抜いた。
よもや覚悟が無かった訳ではあるまいに、風間は驚いた表情を見せ、その顔に浅い傷を負った。
次の一振りは躱されて、刀の向きを変えた時には腕を捉えられていた。


速い。

攻撃されると思った、
否、殺されると思ったのだが。風間は俺の腕を押さえるだけで、それ以上何もしてこない。

「――何をしている?」
「余り騒ぐな、殺したりはせん」
「では何だ、何をしに来た」
「……解らぬか?」
「無論だ」

俺の返事に、風間が腕を解放した。相変わらず理解が出来ない。一体何が目的だ。
俺は風間が何かを言い出すのを待っていたが、なかなか口を開こうとしない。外の喧騒に、部屋の静寂が増した気がした。
居たたまれずに風間を見れば、その表情は曇っているように見えた。同時に細く頬を伝う紅。

「手当てをするか?」

自分で傷付けておいておかしな話ではあったが、攻撃の意思がない相手を傷付けるのは本意ではない。風間はちらとだけ俺に視線を寄越し、必要ないと言ったが俺は食い下がった。

「だが敵として来たのでなければ、俺の気が済まぬ」
「こんな傷など直ぐ消える」
「しかし、」
「勘の悪い男だな、貴様と二人になりたいのだ」

尚も手当てをと言うつもりで開けていた口は、次の言葉を失い何も発せなくなった。
風間の言葉を理解するのに時間を要したが、理解した途端に時間が止まる。

「何、を――――」

困惑する俺に、風間がふっと笑みを零す。
その顔から、傷は既に消えていた。

「新選組とは暇人の集まりのようだな、煩くて適わん」

反論しようとした矢先に、風間に言葉を奪われる。

「貴様の部屋は覚えた、次からは直接ここに来よう」

最後に「また来る」と小さく付け足してから、風間は俺に背を向けた。何かを言いたいのに言葉にならず、俺は手を伸ばして風間の腕に触れた。捉えた着物が、俺の手の平に清冷さを伝えてくる。その手の上に、風間の手が重ねられた。
後ろ向きのままの風間に見えることは無かったであろうが、触れ合った手から俺の緊張が伝わったかもしれない。俺は喉を潤し、努めて冷静な口調で告げた。

「……次は、見付からぬように来い」

風間は振り返らなかったが、笑った気がする。
重ねられたままの手が、一度だけ俺の手を握り、そして離れた。



風間が去り、一人残された部屋で俺はたった今起きた出来事について考えていた。

風間は何故俺に会おうとしたのだろう。
俺は何故受け入れてしまったのだろう。

分からない。
分からないけれど、それは遥か昔から約束されたことのように思えた。
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