人でなしの恋

真夜中の、山道に響くのは二人分の足音のみ。
先を行く風間が止まる気配を見せなくて、このまま歩き続けたら朝までに屯所へ戻ることなど出来そうにない。
それが分かっていながら、引き返そうとしない自分に驚いていた。

風間と新選組とを秤に掛ければ、新選組の方が重いと迷わず言えるのに、何故俺は今この鬼の後を歩いているのだろうか。
漸く歩を止めた風間が振り返る。その目を見た途端、疑問は解けた。

俺は魅かれていたのだ、迷いの無い風間の視線に。
幾人もの仲間を失い、何を信じれば良いのか分からず時折不安に揺れそうになる俺を、真っ直ぐに見つめてくるその瞳に。

木々の下、僅かにしか降り注がない月光にも輝く金の髪と、俺を求める時にだけ揺れる紅い目を、恐ろしいと思った。
それは死の恐怖ではない。
これまで築き上げて来たものも、仲間の信頼も、手に入れたかった未来さえも捨てて、差し出された風間の手を取ってしまいそうな自分が怖いのだ。

「それは、鬼の力なのか?」

俺の心を掻き乱し、迷わせ惑わせるのは、人ならざる者の所業ではないのか。
そう思って口にした言葉は、風間の失笑を誘ったようだ。
何を言う、と風間が口端を上げる。

「俺を変えたのは、貴様だろう」

三歩半ほど空いていた距離は、瞬く間に詰められた。
目の前の風間を見上げれば、逆光で瞳が黒く見える。まるで人のようだと思った時には口付けられて、ここまで着いて来たくせに、結局人の世界に帰る貴様の方が余程鬼のようだと笑われた。

2016.07.21

.