夜だけの素直

俺の下で声を上げないよう必死に唇を噛んでいた斎藤が、とうとう我慢出来ずに小さな声を上げた。常より高くなっているその声が、俺の感情を幽かに揺らめかせる。
もちろん斎藤がそれに気付くはずもない。けれどこんな紛い物に感情を動かされたことに、俺自身が納得出来ずにいる。だから取り消すように、斎藤の中に入れている俺の指を激しく動かした。
その動きに合わせて、斎藤の口から音が漏れる。言葉らしいことも呟いてはいるが、ほとんどが無意味な母音ばかりだ。古びた旅館の黴臭い布団を夢中で掴んで、口端から淫らに唾液の筋を作りながら、それでも俺を見ようとすらしない斎藤に、何故だか腹が立った。

「どこを見ている、こっち見ろ」

呼び掛けると、焦点の合わない視線が素直にこちらに向けられる。乱れる息の合間に、風間……? と不思議そうに斎藤が呟いた。

「一人だけで楽しむな」

俺の冷たい言い方に、斎藤のナカがきゅうと締まる感覚がある。その所為で、指の動きが悪くなった。整わない息を吐き出しながら、「あんたは何をされたいんだ」と斎藤が問う。

「果てる際の顔を、俺に見せろ」

この答えに、斎藤が不思議そうな表情を浮かべる。

「あんたは、俺の顔が見たいのか?」
「あぁ」
「何故だ? ……俺のことを、好きだとでもいうのか?」

真っ直ぐな視線が投げられた。人間とは、いや紛い物とは、どうしてこんなにも愚かなのだ。

「何を勘違いしている。貴様の情け無い顔を見て、笑いたいだけに決まっているだろう」

そう言うと、斎藤はほんの僅かだけ眉尻を下げる。寂しそうな顔に見えたのは、俺の気の所為だろうか。それともこれは期待なのかーー馬鹿な、そんな訳があるものか。
誤魔化すように斎藤のナカを滅茶苦茶に掻き回せば、また高い声が上がる。いきなりは駄目だと叱責する声も顔も、いつもより幼く見えるのに、その中に激しいほどの妖艶さが滲んでいた。

段々と斎藤の声が極まっていく。目じりに涙を浮かべ、縋るように俺の腕を掴み、風間、風間、と馬鹿の一つ覚えのように俺の名前だけを呼ぶ姿を、不覚にも可愛く思ってしまった。
一際高い声を上げた直後、斎藤が果てる。平素は俺の言葉に耳を貸さないくせに、いつだって土方の言いなりでしかないくせに、こんな時だけは素直に俺を見ながらいくのが逆に憎たらしい。憎たらしいのに、これだけで終わらせたくなくて、俺は思わず言葉を投げていた。

「指だけで足りたのか?」
「物足りないのはあんたの方であろう、素直に俺が欲しいと言ったらどうだ」
「……こんな場所にまでついてきて、俺を欲しくないとは言わせないぞ、人間」

俺の言葉に、斎藤は呆れたように溜息を吐いた。

「鬼の方が、よほど面倒な生き物ではないか」

それでも「あんたが欲しい」と素直に言う。どうせその後は、言葉にならない。言葉を紡ぐ余裕など、俺が与えてやらないからだ。
乱れに乱れて、とうとう斎藤が意識を手放した。その時になって、初めて俺は素直になれる。聞こえていない斎藤の耳に、好きだといつも囁くのだ。

2018.04.21

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