香る秘密

局長が、幹部だけで花見をしようと言い出した。
夜桜を見たいと言ったのは誰であったか……酒も飲めるし調度良いと局長は楽しそうに笑い、出掛けるのは夕刻からにしようと話が決まる。

随分と風の冷たい日であった。
その為だろうか、桜の並ぶその場所に思った程は人が居らず、大層枝ぶりの良い木の下を陣取る事が出来たのだ。

座っていても手が届きそうな程枝を伸ばしている桜に、最初こそ見蕩れていた幹部達ではあったが、その興味はすぐに手元の酒へと移っていく。
徐々に盛り上がってくる宴の席で、人の間を縫うように俺に近寄ってきた総司から耳打ちされた内容は、"二人で抜けよう"というものだった。

幹部しか居ない中、二人で抜け出しては目立つのではないか――?
その提案に驚き顔を見遣ると、総司の後ろに桜が見えた。
花を背景に微笑んでくる総司は美しくて、俺は断る言葉を見付ける事が出来なくなる。誰にも気付かれぬよう、二人でそっと輪を抜け出した。

人目を忍ぶように歩く俺達はまるで咎人のようで、背徳感に少し足取りが重くなりかける。しかし桜の木々が花弁を散らす美しさに、総司と二人だけの秘密を共有している事が嬉しくなった。
それ程に、今宵の桜は美しかったのだ。
その光景にも、総司の隣に居られることにも胸が高鳴ってしまう。

俺の胸中を掻き乱す張本人は平然とした顔で歩を進めていたが、幹部達から死角となる場所に来ると、他の桜よりも幾分幹の細い木の前に俺を誘導し、直ぐ様俺を木に押し付けるようにして唇を奪ってきた。
普段より余裕の無い求め方をされ、俺の鼓動が速くなる。
総司の熱い舌に、夢中で応えた。
ずっと総司と繋がっていたくて、離れたくなくて。時折呼吸をする以外は、深く貪り貪られる。
顔を離された時には息の仕方を忘れた程で、まだ総司が足りない気がして、俺からもう一度口付けをした。
普段はそんな事をしない俺の突然の態度に、総司は一瞬驚いたような顔をする。

木の幹に掴まるよう言われ、後ろを向かされた。
幹部達のいる方から騒ぐ声が聞こえると、総司がくすりと笑う。

「一君、分かるよね? 向こうの声が聞こえるってことは、こっちの声も聞こえるんだってこと」

だから声を上げちゃだめだよ、と言ってくる総司に、ならばこんな場所でしなければいいと言ったのだが。

「それは無理だよ」

理由も何も無く、ただその一言だけを告げられたかと思うと、総司は後ろから抱き締めるようにして俺の袷の中へと腕を滑り込ませてきた。
花見客が減る程に冷たい風の吹く中、ひんやりとした総司の手の平で胸を撫でられぞくりとする。
その所為で形作られてしまった部分に、総司の指が迷わず伸びてきた。触られると分かっていたのに、それでも先端だけを狙って総司の指が動いた途端のことだ。

「あぁっ……!」

湧き上がった快感に思わず声が上がってしまう。
総司は俺の顔の横に自分の顔を寄せてきて、わざと耳元で呟いてくる。

「一君、聞かれちゃうよ? いいの?」

言われてすぐに口を閉じるが、捏ねるように弄られたかと思うとまた優しく触られて。緩急を付けられて与えられる刺激に、閉じた口がまた開いてしまう。

「あ、あっ、総司、やめ……」
「そんな声出したりして、もしかして誰かに見られたいの?」
「違……あ、総司っ……」

声を出すなと言いながら、総司が俺を攻める手の動きが激しくなる。必死に声を殺そうとするのだが、俺の身体を知り尽くしている総司は、わざと声を上げさせるように触ってくるから。抑えたい気持ちと、声を上げずにいられない快感に挟まれ、辛くてすすり泣くような声が出てしまった。
すると総司がくすりと笑う。

「一君て、身体だけは素直だよね」

そう言って俺の腰紐を解き、俺に銜えるよう言ってきた。

「これを噛んで、落とさないようにしててね」

そうすれば声は出ないから、と言った後、肌蹴た俺の着物を纏め上げた総司が、俺の中心に触れてきた。

「んっ……」

既に熱を帯びている俺自身を優しく扱かれる。必死に紐を噛み、快感にも声を出すことにも耐えてはいるが、その優しい触り方ではもどかしい。かと言って紐を銜えている今、総司に物を頼むことも出来ない。

もどかしい、
けれど気持ちが良い。
……あぁ、だけど矢張りもどかしい。
より強い快感を求めて、知らず腰が揺れてしまう。それに気付いた総司が、小さく笑ったのを感じた。
その途端に俺を扱く手は離され、今度は俺の秘所に総司の細い指が触れてくる。
す、と撫でられると、これからされるであろう行為に期待が高まり、身体がびくりと震えてしまう。

俺を扱いていたせいで濡れたその指は、俺の中に滑らかに飲み込まれていく。
慣らされたとはいえ、矢張り最初の異物感は無視出来るものではなかった。けれどその指が抜き差しを始めると、すぐに俺を襲うのは快感に変わる。
指が抜かれていく時、俺の内壁が総司の指を追い掛けるようにびくびくと反応するのが自分でも分かった。
当然総司も気付いていて、楽しそうに笑いながら指を増やしてくる。
増やされた指が動きも速めてきて、声を抑える為に銜えている腰紐がどんどん湿っていく。脚もがくがくと揺れ、掴まっている木の幹に爪を立てて、どうにか体勢を維持するのに必死だった。
そんな俺を見た総司から、揶揄するように囁かれる。

「指だけで達っちゃいそうだね、もしかしてもう満足?」

その言葉に、俺は激しく首を横に振った。早く総司が欲しいのに、口で頼むことも出来ない。仕方なく、挿れられている総司の指を強く締め上げ、次の行為を促した。

「本当、身体だけは素直なのにね……」

小さく呟く総司の言葉に、総司が求めているのは俺の身体だけではないのだと気付く。
普段の俺は、自分から総司に何も言わない。総司はきっと、それが寂しいのだ。
けれど今それに気付いた所で、声を出せない俺は、総司に言葉を掛けられなくて。指の変わりに侵入を始めた総司自身の熱さにただ、腰紐を強く噛んで快感に耐えていた。

最奥まで挿れられたかと思うと、極めてゆっくりと抜かれていき、ぎりぎりまで抜かれてからまたゆっくりと挿入される。酷くゆるやかなその行為は、また俺にもどかしさを募らせていた。
とうとう自分から腰を動かし始めると、それを合図に総司の動きが突然速まり、いきなりの刺激に思わず噛んでいた紐を落としてしまう。

「あっ、あぁぁ、そう、じっ……」

俺の声を聞いた総司は、すぐ俺の口を自分の手で塞ぎ俺を激しく攻め立てた。出す声が、総司の掌に飲み込まれる。
総司の手からは、総司の匂いがした。

前からも後ろからも総司を感じて、訳が分からなくなりそうな快感に耐える為木の幹に先程よりも強く掴まると、総司から受ける衝撃が木に伝わり枝まで揺れて、桜の花びらがはらはらと舞い落ちる。夢のような情景に、結局俺は訳が分からない程の快感に負け、ぱたぱたと地面に欲を吐き出してしまった。
程なくして総司も俺の中に熱を出したが、まだ足りないと言って息つく間もなく総司の攻めが再開される。俺はもう自力で立つ事が出来なくなり、最後には総司に腰を抱えられ、ただひたすら総司に穿たれていた。


「そろそろ戻らないとね」

そう言って総司が微笑んだ時、冷たい風が吹く。
俺が幹を揺らした時より多く舞い降りた花弁が、総司を隠してしまう気がして不安になった。俺は、思わず総司に抱き着いてしまう。
普段はしない俺の行動に、総司は不思議そうな顔をするが、すぐに嬉しそうな口調で訊いてくる。

「どうしたの、一君? 外でするの、そんなに悦かった?」

そうではない。
そうではないが、総司が桜に攫われるかと思った瞬間、俺は怖くなった。
この感情は間違い無く――

「好きだ」

予想外の俺の返事に、総司は「え……?」と驚いた声を出す。
それから俺を抱き締めた。

「そんなこと言ってもらえるなら、次も外でしようかな」

笑いながらそう言ってくる総司に、いつ誰に見られるとも知れない場所ですることを考えたら、思わず身体が強張ってしまう。
それに気付いた総司が、やけに優しい口調で言った。

「ごめん、嘘だよ」

その直後に俺の耳元に唇を寄せ、腰が抜けてしまうのではないかと思う程の甘い声音で囁いてくる。

「嬉しい、一君……。大好きだよ」

それから身体を離され、顎を取られた。総司の目に映る俺の姿が、徐々に大きくなっていく。近付く総司の顔に、俺は静かに目を閉じた。
その時、俺達の抜けた花見の輪の方角から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。その盛り上がりは、俺達の居る場所の静寂さを際立たせた。
まるで外界から閉ざされたような桜の下で、香るのは秘密の匂い。
俺達の口付けは桜だけが見ていた。

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2010年03月14日 - 2010年04月10日

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