夢か現か
「副長、少し宜しいでしょうか」「あぁ、入れ」
斎藤が襖の間から顔を覗かせる。
その目が真っ直ぐ俺を見るので、俺はいつも少しだけ目を逸らす。
それから静かに俺の傍に来る斎藤は、俺の気持ちなど知らずに淡々と話を進める。
あぁ、あぁ、と頷いてはいるものの、斎藤が隣にいると思うだけで話よりもその存在の方が気になってしまう。
「副長、聞いてらっしゃいますか?」
訝しげに訊ねてくる斎藤に、また「あぁ」とだけしか答えられない。
「副長、何かお悩みでもあるのですか?」
「そんなことはねぇが……」
「では最近、上の空なのは何故ですか? お疲れでしたら……」
「疲れてなんかいねぇよ、気にすんな。それより今ので話は終わりか?」
「はい」
「ならもう出て行ってくれ」
上の空か……斎藤にはそう見えてんだな。
斎藤が来ると柄にもなく緊張しちまって、それが俺の態度をおかしくしているのは分かっている。
だがそんなことを斎藤に言える筈も無い。
いつもは俺の命令に背くことなどない斎藤が、俺に「出て行け」と言われたにも関わらず、この日は珍しくそこに留まった。
斎藤を見ると、正座をしたまま俯いている。
「どうした、斎藤? 気分でも悪いのか?」
質問するとふるふると首を横に振った。
「なら何だ、言いたいことがあんならはっきり言え」
自分は斎藤に対する気持ちを言えないくせに、俺はいつもの癖で人には命令してしまう。
「……副長は、俺のことがお嫌いなのですか?」
素直に疑問をぶつけてきた斎藤の言葉は、意味が分からないものだった。
「何言ってやがんだ、お前を嫌う理由なんかねぇだろ」
「では、何故俺と目が合うといつも逸らすのですか?」
……気付いていたのか。
「そんなつもりはねぇが……別にお前と見つめ合う理由もねぇしな」
そう言うと斎藤は黙ってしまい、出て行く気配も無い。どうしたもんかと思っていると、いきなり顔を上げて俺を見る。
予告無く間近で見てしまった斎藤の瞳に、俺は言葉が出せなくなった。
「副長、俺は……」
そして続けられた内容に言葉を失うことになる。
「副長を想うと、夜も眠れないのです……」
夢にまで見た展開に現実味を感じられなかった。何も言えずにいる俺に斎藤が近寄って来たかと思うと
「副長は、俺のことがお嫌いですか?」
切羽詰まった瞳で問い掛けてながら、俺の首に手を回して来た。
斎藤の行動に驚いているうちに、唇に熱を感じる。斎藤がこんな積極的なことをするなんて……
いや、それだけ斎藤は思い悩んでいたんだろう。俺の首に回された腕を掴んで、即座に斎藤を押し倒した。
「なら今夜は寝かせてやるよ」
そう言って口付けから始める。深めていく口付けに、俺の背中に回された斎藤の手の力が強まっていく。
焦がれ待ち望んだ斎藤との口付けは癖になりそうな程に心地良く、散々味わってから離した唇は、艶めき俺を誘うかのように薄く開かれている。
今迄抑えてきた分、とても抑えがききそうにない。斎藤の着物を脱がす手付きが自分でも分かる程に覚束なくて、それだけ斎藤を求めていたのだと自覚する。
帯を解き、袷を強引に開く。桜色の突起に舌を這わせると斎藤が小さく喘いだ。
声をもっと聞きたくて、必死に舌で愛撫する。その刺激だけで斎藤が薄く涙を浮かべ、頬も桜色に染めるのでもう我慢など出来ず、斎藤の中心へと手を持っていくと――
かくん、
と頭が落ちる感覚で目を開いた。
目の前には斎藤では無く見慣れた文机があるが、余りに生々しく残る余韻のせいで仕事の途中で居眠りをしていたのだと気付くのに、少々時間を必要とした。
……どこから夢だ?
今も唇に残る熱が夢と現の区別を曖昧にした。
同じ体勢で寝ていた身体は少し硬くなっていて、眠気覚ましに部屋を見渡してみたが、斎藤がいた気配などどこにも無くて溜息が出た。
俺が斎藤に特別な感情を持ち合わせているのは夢ではない。斎藤が来る度に目を逸らしているのも事実であり、あんな夢を見たのはどこかにその気持ちと態度に対する罪悪感があったからだろう……
「何してんだ、俺は……」
自重気味に呟いて、止まっていた仕事に手を付けようとしたその時
「副長、少し宜しいでしょうか」
夢の中と同じ声が聞こえた。俺はまだ夢を見ているのか?
「副長、寝てらっしゃいますか?」
けれど夢と違う科白を聞いて、現実と知り返事をする。
「いや……、入っていいぞ」
「失礼します」
あんな夢を見てしまった為にいつも以上に意識してしまい、襖を開けて入って来る斎藤からまた目を逸らしてしまった。それでも何の用だ、と訊くのは忘れなかったが。
斎藤は静かに俺の傍に寄ると、悲しそうな声で訊ねてきた。
「副長は、俺のことがお嫌いなのですか?」
「何だと……!」
俺が驚いたのを見て斎藤も驚いた顔をする。だがそんな斎藤に構っているゆとりは無かった。
矢張りまだ夢なのか? 俺は一体何度同じ夢を見れば俺の斎藤への気持ちが治まるのだろう。
どうせ夢なら、と思った。
「嫌えるもんなら嫌いてぇよ」
そう言って遠慮無く斎藤を引き寄せ、逸らし続けてきた視線を俺からぶつける。
その瞳に俺が映り、今この瞬間斎藤の世界は俺だけが占めているのかと思うといやに興奮した。
夢だと思うと強気になれたが、相手が斎藤だと思うと必死になった。
これが初めてな訳でもないのに、口付ける時に何度も歯がぶつかり、その度に自分がどれだけ斎藤に夢中になっていたのか思い知らされた。そして気付いた、
夢と違う……
慌てて口を離すと、斎藤が濡れた目で俺を見上げてくる。
「悪い……」
身体も離そうとした時、斎藤に抱きつかれた。
「副長、続けて頂けませんか――」
躊躇いが無い訳ではなかった。また夢かもしれないと疑う気持ちもあったし、夢で無いなら取り返しが付かないかもしれないという不安もあった。
けれど斎藤が小さな声でお願いしますと呟いたのが聞こえた瞬間、理性が飛んだ。
いきなり押し倒し、夢で触れられなかった斎藤自身に手を掛けた。まだ特に反応を示していなかったそれを強く擦ると、徐々に熱を帯び始める。俺の手に素直に反応を見せるそれを、もう口に含んでしまおうとした時、副長……と呼ばれた。
斎藤の顔を見ると、変わらず潤んだ目で何かを言いたげに俺を見ていた。
「どうかしたか?」
視線の理由が分からず訊ねると、
「もう少しお傍に……いて頂けませんか?」
か細い声で頼まれた。
それを聞いて、夢を見ていたのは俺だけだったんだと今更ながら気付き、少しだけ理性を取り戻す。
「悪かった、急ぎ過ぎたな……」
斎藤自身を握ってる手を離し、俺の両腕は斎藤を抱き締めるのに使う。改めて斎藤に口付け、ゆっくりと味わうように舌を入れて舐め上げた。俺の背中に回された斎藤の腕がどんどん力を増してくるので、口付けだけで感じているのが分かり、そんな斎藤が愛しくて仕方なくなってしまう。
唇を離すとその頬は桜色に染まり、同じ色をした胸元のものへと下りて行く。そっと舐めると斎藤は大きく反応し、声を殺す為に口を押さえてしまう。その手を剥がし、声を聞かせろと言うと恥ずかしそうに俺を見た。そんな目を向けられては、取り戻した理性など手放すしかない。
斎藤自身すら飛び越して、斎藤の秘所へと指を向かわす。瞬間斎藤が怯えたように身体を震わせるので「続けて欲しいんじゃねぇのか?」と訊くと、また恥ずかしそうな顔をしてこくりと頷いた。
傷付けないようゆっくりと挿入を始めるが、一本目の指ですらキツくて今日中に俺自身を挿れられんのかと不安になる。
だが根気良く解すと余裕が出来てきた。二本目の指を差し込んだ時もキツさを感じたが、根気良く中で動かしていると、くちゅくちゅと卑猥な音が聞こえ始める。指の動きを速めるとその音は大きくなり、三本目の指を挿入する頃には最初に息苦しそうにしていた斎藤の声も甘いものに変わっていた。
まだ早いかとも思ったが、斎藤の感じる姿を見ていて俺の我慢も限界だった。
指を抜いて俺自身を挿入する。解れたと思っていたそこも俺を受け入れるにはまだキツく、挿れてる最中に達してしまいそうな程締め付けてくるので、正直参った。
必死に耐えて、奥まで挿れ込む。それから少し腰を動かしただけで斎藤が「あぁ……っ」と鳴くのでもっと鳴かせたくなり、最初から勢い良く攻め立てた。
「あぁ、あぁぁ、副長……アッ、」
最早口元を押さえるのも忘れ、斎藤は声を上げ続けた。
聞けば聞く程もっと聞きたくなってしまって、どんどん激しく動いていると斎藤が一際大きく鳴いて果てる。果てた瞬間、俺を引き千切りそうな程締め付けるので、俺もとうとう欲を吐いた。
荒い息をつきながら斎藤を見ると、その顔は涙で濡れていた。どうしたんだと訊ねると、自分の乱れた姿を俺に見せたのが恥ずかしいと言われる。
やっぱり夢なんじゃねぇかと思って、後始末もそこそこに斎藤を抱き締める。今夜はここで寝ろと言うと、また恥ずかしそうな顔をしたが、嬉しそうに頷いた。
目が覚めた時、真っ先に自分の腕の中を確認した。
そこにはきちんと斎藤が収まっており、夢でないことに安心したらまた眠ってしまったようだった。
もう一度目が覚めた時、斎藤は腕の中どころか部屋にもおらず、一度目が覚めたと思ったことすら夢だったのかと焦った。
慌てて斎藤の部屋に行くと着替え中の斎藤がいて、俺の顔を見た途端に頬が桜色に染まったから、俺は漸く安心出来たのだった。
* 拍手ログ@掲載期間 *
2010年03月01日 - 2010年03月14日