桜霞み

朝から雲が重く垂れていた。
屯所の皆の気持ちも空と同じように重くなっていたが、俺だけは違った。

「斎藤、桜を見に行かねぇか」

副長に誘われた。
羅刹化が随分進み、普段は余り部屋からも出なくなっていた副長が外へ行こうと誘ってくれたのは、こんな日だからこそだ。

「はい」

副長と出掛けられる嬉しさと、副長が羅刹になっている辛さが交錯し、俺はどんな表情をすれば良いのか分からず、無表情で返事をした。

副長の少し後ろを漫ろ(そぞろ)歩く。
揺れる長い髪が美しく、もう見えてきている桜よりも副長の髪に見蕩れてしまう。

この日はとても寒かった。
着いた場所には誰も居らず、歩いている者すら居ない。
しんと静まるこの空間に、居るのは俺と副長のみ。

まるで世界に二人きり。

副長の身体を想えば喜ぶなんていけないのに……。
それでも矢張り嬉しくて。
少しだけ上がってしまった口角を必死に真一文字に引き結ぶ。


桜の下に来てから、共に見上げた。
ひらりと降って来る桜が目に入るのも厭わず、副長は真剣に桜を見ている。俺は桜を見る振りをして、そっと副長を窺う。

黒髪に、はらりと落ちる花弁。
美しいのは桜だろうか、副長だろうか。
俺の心を奪うのは、一体どちらであろうか――


その時ふわり、と何かが頬に触れた。
手で確認するも、それは消えていて。
何であろうかと改めて上を見上げると、桜が降って来る。
あぁ花弁であったかと思った時に、花弁と違う速度で降って来る何かが見えた。

ふわり、とまた俺の頬に何かが触れる。
手で確認するも、それはまた消えていて。これは一体……。

「雪か」

小さく呟く副長の声が聞こえた。

「え……?」
「雪だ、斎藤。道理で寒い訳だな」

苦笑する副長にまた見蕩れるが、副長の言葉を確認するため慌てて空を見上げると、確かに雪が降っている。

「春なのに……?」
「珍しいがな、こんな日もあるんだ。何だ、見た事ねぇのか?」
「はい。初めてです、春に雪など……」
「そうか。こういう日をな、桜霞みって言うんだ」
「そうなのですか?」
「あぁ、雪の白が桜の色を霞ませるんだ。それで"桜霞み"だ」

景色よりも、それを話す副長の穏やかな笑顔が何よりも美しくて。
雪が副長の顔を霞ませる事など無いようにと、俺は願う。その時。

「ぐっ……」

苦しそうな声と共に、副長の顔が歪む。
胸の辺りを握り締め、その場にしゃがみ込んだ副長の髪がどんどん白くなり始めた。

「副長っ!」

近寄った俺を手で制して、副長が叫ぶ。

「近寄るな、斎藤!」
「副長……」

副長の命令に背く訳にはいかない。
そうは思うのに、目の前で苦しそうに息を吐く副長を見て何もしないでいる事など……。

俺は自分の着物を大きく肌蹴させ、持っていた小刀で鎖骨の近くに傷を付けた。
途端、血の匂いが漂う。その匂いに気付いた副長が、こちらを見る。

「な、何してやがる……!」

苦しそうで、辛そうで、それでも血を認めた副長の目はどこか輝いていて。

「副長、俺の血を貰って下さい」
「出来る訳ねぇだろ!」

柳眉を顰めた副長が、慌てたように俺から目を逸らす。
その副長に、俺から近付く。

「副長に貰って頂かなければ、俺の血が止まりません」

副長の目の前に、鎖骨を持って来る。
驚いて目を見開いた副長が俺から逃げようとするので、その肩を掴んで引き戻した。
俺が動く度に血が流れて行く。
どんどんと息が上がっていく副長は、濃くなっていく血の匂いにとうとう我慢が出来なくなったようで。

「悪い」

と小さく呟いた瞬間、副長が俺の身体に舌を這わせた。
胸元にまで流れてしまった血を、下の方から掬い取るように舐められ身体が震える。

雪の降る寒い中、副長の舌だけがやけに熱くて。その熱とその感触が、俺自身を熱くした。
けれど副長であるこの人を、俺が抱き締める訳にはいかない。
ぴちゃぴちゃと音を立てて俺の血を舐め取る副長を、ただ間近で見ていた。

最後に俺の傷口を吸い上げてから、副長が俺から少し離れる。
髪は白く目も紅いままなのだが、上がった息が正常に戻った副長は一度俺の目を見つめてから、すぐにまた俺の身体に舌を這わせてきた。

「副長……?」

そのまま地面へと押し倒される。
傷口だけでなく、首筋から胸元へとその舌が動く。
その舌は変わらず熱い。
違うのは、その舌の動きに別の意図が感じられること。
それから俺の胸の突起へと行きついた副長は、躊躇う事なくそこを吸う。

「あっ、何を……」

俺の疑問に、やっと顔を上げた副長が熱っぽい口調で告げる。

「俺が欲しいのは、血じゃねぇんだよ」

血ではない? では何を……訊く間も無く口付けられた。
それは、少し血の味がする。
口付けている間に俺の着物の帯は解かれ、あっと言う間に脱がされた。外気に触れた肌が寒さで震えるが、副長の熱が雪の存在を気にならなくさせる。
副長の口付けが、貪るようなものに変わってきた頃、俺は夢中で副長の肩を掴んでいた。


唇を離された頃にはもう、俺の中心は熱を帯びていて。
だからもう、副長が欲しくなっていて。
けれどそんな事を言える立場ではないと分かっていて……。

そんな折、副長の手が俺の中心に触れてきたので俺は嬉しくなってしまった。だからこの時、俺の口から高い声が上がってしまったのを、どうか責めないで欲しい。

反応をしている俺自身に触れた副長が笑顔を作った。
その顔に胸が高鳴った瞬間、俺自身を扱かれ始める。

「あ、あ、あぁ副ちょ、やめ……」

副長の手を使ってこんなはしたないことをするなど、許されないと思った。けれど副長は気にせず、俺を昂ぶらせる。

「はっ、は、あぁ、あ駄目です副長……そんな」
「何が駄目だってんだ?」
「ふ、副長の手を、汚すなど……」
「何だ、お前は俺のもんになるのが嫌か?」
「え……」

副長が、何を言ったのかと思った時に手を離された。
起ち上がったそこは、刺激を求めて震えていて、俺は自分で手を伸ばすも
その手は副長に呆気無く捕えられる。

「何で今日お前を誘ったと思ってんだ、誰でも良いとでも思ってたのか?」
「え、いえ、」

ぎりぎりの状態で放置された俺自身が辛くて、副長の質問がよく分からなかった。
副長は、何と言ったのだろうか……。
分からないまま、副長は俺の両手を自分の片手で纏めて掴み、空いた自分の片手で俺の秘所へと指を這わす。

「あ、何をっ」
「いいから黙っていろ」

それからその場所を副長の指で解されていき、指だけで訳が分からなくなるほど気持ち良くなった時に、副長自身を挿れられた。
挿れられる時に聞こえた俺達の密着音が、俺を耳から犯してくる。
最後迄挿れられた時、副長が掴んでいた俺の手を離した。

身体を重ねるようにして俺に近付いた副長から口付けを与えられる。
それは圧迫感で少し息が上がった俺を労わるようで、それでも俺を求めているようで……。副長が、愛しくて堪らなくなる。
それから、ゆっくりと抜かれ始めた。
その刺激と快感は俺を攻めるのに、副長が離れて行くような感覚が俺を切なくさせる。

いつまでも繋がっていられたら良いのに……そう思った瞬間、自分のおこがましさを感じる。
それなのに、動きを速める副長の揺れる髪が俺の独占欲を強めてしまう。


俺を突き上げる角度を変えるため、副長が半身を起こした。
それまで副長が被さるように居た為に、存在を忘れかけていた雪が、はらはらと舞い落ちて来る。

その雪は、俺の肌に触れた途端に俺の熱で掻き消えた。
雪色をした副長の髪も、俺の熱で消せたなら――


涙が出た。

辛いのではない。
悲しいのではない。

副長が好きで、
どうしようもなく好きで、
傍に居られることが、俺の存在が、その血で副長を助けられることが、嬉しくて堪らない。
これが刹那の慶びだと分かっていても、俺は涙が止められなかった。


見上げた桜が、涙で霞んだ。

  

2010.04.18

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