騙し愛

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横で寝ている後輩が、んん〜と小さく呻いた。
瞼が薄く開いてまた閉じて、再び開いてを繰り返して睫毛がはたはたと動くのを見ながら、南雲がきちんと目を開けるのを待つ。
その目が俺に向けられたら「お早う」と言うつもりでいたのだが、眠そうなままの目で俺を捉えた南雲は、もぞもぞと俺に近付いてきた。

「なぐも、」
「き……s」
「何だ?」

呼び掛けた俺の声に被さるように、南雲が何かを言う。元々小さな声だったそれは当然聞き取れなくて、聞き返してもまだ眠そうな南雲の口調は判然としない。
だから耳を近付けて、もう一度何だと訊ねた。
相変わらず眠そうな小さい声であったが、どうやら南雲が「きすしてよ」と言っているのだと気付き、俺も寝起きであったのに一気に頭が覚醒する。

「な、な、何を言っている」

一人で動揺している俺は、どう考えても情けない。しかしこういう経験が無いのだから、仕方がないだろう。
動揺している俺の服の端を、南雲の小さい手が弱い力できゅっと掴む。その様が余りにも可愛かったから、「分かった」と変に意気込み、俺は南雲に口付けた。

離れる時にちゅっと小さな音が立ったことがまた恥ずかしくて、朝食の準備でもしようと思った矢先に、後頭部を引き寄せられた。
驚く間もなく熱を感じる唇。
塞がれた唇を無理に開いて「南雲」と呼ぼうとしたのは失敗だった。開いたそばから南雲の舌が潜り込み、声も出ない程強く吸われてしまう。
逃げようとした顔は南雲の手に阻まれて、南雲の方を向くしかなくなっていた。

苦しくて南雲の服を掴めば、口付けたままふっと笑われる。こいつは絶対、俺のことをばかにしていることだろう。
数秒後、やっと解放された俺は「何をする」と涙目で問い詰めていた。涙目なのも情けない、だが苦しかったのだ。
俺の質問に南雲が笑う。何だその爽やかな笑顔は。

「だってお前が起きるの遅いからさ」
「何を言う、あんたより早く起きていた」
「あ〜ほんと、お前ってすぐ騙されるよな」
「どういう意味だ」
「あんなの寝たフリに決まってるだろ、俺はお前より早く起きてたんだからな」
「そうなのか?」
「そうだよ、寝てるお前にも一回キスしといてやったからな」
「してやったじゃないだろう、勝手にそんなことをするな」
「俺の隣で無防備に寝てるお前が悪いんだ」

何だその理論は……と言った俺の声が、小さくて情けない。最近は南雲の前で、全く年上の威厳が出せていない気がする。
そんな俺を南雲が笑う。何を笑っている、と言おうと思ったのに、笑顔のまま南雲が「斎藤はそのままで良いんだよ」などと言うものだから、言葉が出なくなってしまった。

2016.03.25

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