あいのことば

かたりと何かが置かれる音がして、ぼんやりと意識が覚醒してきた。
見慣れない天井が目に入り、ここがどこなのかゆっくりと思考を巡らせていく。

漸く思い出せたのは、新八や左之と飲み比べをしていた所までだった。
かなりの速度で飲んでいたのは覚えているし、左之に「お前顔色良くねぇけど大丈夫か?」と言われたのも覚えている。
それから無理すんなよと言われ、新八が何か下らない事を言って笑いながら俺の背中を叩いて……そこからの記憶が全く無い。

重い身体を何とか動かして起き上がる。
調度その時「起きたのか」と声が掛けられ、振り返ると部屋の入り口近くに三木が居た。

その手には、恐らく酒が入っているであろうお猪口が持たれている。
そうか、先程の音はあの猪口が机に置かれた音だったのか――まだ回りの遅い頭でそんなことを思った。

「ここは……どこだ……?」

舌も思考も上手く回らない。
ぼんやりとしている俺に、俺の部屋だよと言いながら三木が近付いてきた。

「お前、酒に弱かったか?」

ずくりと腰にくる、低い声で問われた。
この男は、普段からこんな話し方をしていただろうか――傍らの畳の上にお猪口が置かれ、心許無く中の液体が揺れる。まるで俺の心情を表しているかのようだ。

「いや、弱くなどないが」
「そうだよな、お前は強かったよな? なら何で今日はぶっ倒れたんだ?」
「……分からない」

そう言って首を振ると、呆れたような溜息を吐かれた。

「自分の体調管理も出来ねぇのか、三番隊の組長さんはよ」
「体調? 俺は、体調が悪かったのか?」

問い返した俺に、俺が知るかよ三木が笑う。

「俺も飲もうとしてたのによ、行く途中で原田にお前のこと頼まれちまったんだよ」
「左之に?」
「あいつも結構足にきてたみてぇだからな、酔ってない奴に任せたかったんだろ」
「そうか、すまない……」

無関係の三木に迷惑を掛けたことは申し訳なかった、それを素直に謝ったというのに、三木は怒ったような表情で俺に顔を近付けてくる。
謝り足りなかったのだろうか、そう思った瞬間、三木が俺の耳朶を食んだ。

痛かった訳ではない、けれど全身に痺れるような感覚が走っている。
それは俺の酔いを覚ますのに充分な威力があったが、何故こんなことをされるのかは、幾ら考えを巡らせても分からなかった。

「……何か、怒っているのか?」
「はぁ? 別に怒ってねぇよ」
「なら、今のは……」

言いながら顔を上げると、目の前に三木の顔が迫っており、驚く間も無く口付けられた。
酒独特の甘やかな味を残した三木の舌が、俺の歯列をいやらしくなぞる。
その行為に、俺の身体が俄かに熱くなる。酔っているのとは明らかに違うその熱に、俺は酷く狼狽した。
何なのだ、これは……

「少しは察しろよ」

唇を離した三木が、情欲を隠さぬ声音で俺に囁く。

「み、三木……」

酔いは醒めたはずなのに、身体が上手く動かせない。まるで熱病に罹っているようだ。
焦る俺を尻目に、三木が着物の上から俺の身体に触れてくる。流石にこの行為が何を意味するのか、気付かない訳にはいかなかった。

「おい、何をしている……!」
「何だよ、嫌なのか?」
「俺は、男だ」
「今更何言ってんだ、んなことは承知の上だよ」

どういうことだ、三木こそ強か酔っているのだろうか。
その割に口調はしっかりしているようにも思えるが……。

「あんたも酔っているのか?」
「酔ってねぇよ、まだ数口しか飲んでねぇし」
「ならば、何故こんなことを……あ、っ」

問答している間に、三木の手が着物の中へと侵入する。突然のことに構える暇も無く、俺は恥ずかしい声を上げてしまった。
その声を聞いた三木が満足そうに笑う。

「やっぱりお前は男にも感じる奴だったか」
「何を言う、そんなわけが……おい、本当に止めろっ」
「さっきの俺の言葉、聞いてなかったのか? 察しろって言っただろ?」
「何を、察しろと……」
「この俺が、好きだなんて言える訳ねぇだろ。お前はこのまま酔ったふりして、流されてりゃいいんだよ」


……好き?


聞き間違いだろうか。
いや、確かにそう聞こえた。

「あんたは、俺のことが、好き…………なのか?」

俺の問いに三木はうんざりしたように溜息を吐く。

「無粋にも程があんだろ、お前」

そう言って、先程よりも深い口付けをされた。
劣情を誘うあからさまなその舌使いに俺の腰は簡単に崩されてしまい、体勢を保っていられなくなった身体は、三木の腕にしっかりと抱き留められることになる。
唇を離した三木が、ふっと小さく笑って問うた。

「好きだって言ったら、抱かせてくれんのか?」

その声は反則だと、言えたらどんなに良かったか。
しかし俺は声など全く出せなくて、ただ小さく頷くことしか出来なかった。三木は参ったな、と呟きながら。

「俺にこんなこと言わせたの、お前だけなんだからな」

そう前置きをして、愛の言葉を少しだけ恥ずかしそうに囁いてくれたのだった。

2016.06.19

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