罪の数だけ嘘をつく

「土方と離れたくねぇなら、来なくていいんだぜ」

三木三郎からそう言われたのは、新選組を抜ける前日の夜だった。それも真夜中だ。俺が間者としてついていくことに気付かれたのかと驚いて、見上げた三木の目は普段の強気なそれと違って苦しそうに見える。
その目で、疑われているのは別のことなのだと気づいた。

「あんたと共に行くと言っただろう」
「ならお前は、俺を選ぶんだな?」

三木に想いを告げられたのは、御陵衛士の話が出るよりも前のことだ。あまりに突然言われたものだから、その言葉を信用出来ずにずっと答えを出さずにいた。
そしてどういうわけか、三木は俺が副長に懸想をしていると思い込んでいる。何度も違うと言っているのに、なぜだかその疑いが晴れることはなかった。
同時に、ことあるごとに俺を気遣う三木の優しさに、思いがけず惹かれていた。だから「俺もあんたが好きだ」と言った次の日に、御陵衛士の話が出たのだ。

副長からは間者として入るように言われている。俺にとって新選組が一番大事である気持ちに嘘はない。だから、迷わず頷いた。
それなのに、いざ三木を前にすると胸が苦しくなる。俺はずっと好きになった人に嘘を吐き続けなければならないのだ。それどころか、どこかで裏切らなければならなくなる。
それが分かっているくせに、俺は澄ました顔で嘘を吐く。

「俺はとっくにあんたを選んでいる」

この言葉に、三木が微笑んだ。
そんな顔をするな――そう言えたらどんなに良いか。けれどそう言ってしまったら、また三木は俺の気持ちを疑い、なにかやましいことでもあるのかと問うだろう。
やましいこととは、つまり俺が本当に好きなのは副長だということだ。そんなことは無いというのに。

どうしたら信じてもらえるのか考えて、直後にこの先自分が裏切ることをも考える。こんな立場であるのに、嫌われたくないという欲が出た。
間者になることは納得していたはずなのに、そんな約束などかなぐり捨てて、三木と共に歩む未来を手に入れたいと願う――自分の浅ましさに、苦笑が漏れる。
俺が笑ったことに気づいた三木が、何を笑っているのかと問うてきた。

「新選組を離れたら、あんたは俺の気持ちを信じるのか?」
「なんだ、そんなこと心配してたのか? 信じるさ、お前は土方から離れないと思ってたからな。言っただろ、俺たちについてくるならお前を信じるって」
「そうだったな」

俺が三木に好きだと告げたとき、三木は俺の言葉を疑った。その後出てきた御陵衛士の話を受け、もしも俺が伊東さんの誘いに乗るのであれば、三木は俺の気持ちを信じると言ったのだ。
どのみち、ついていかなければ俺たちは水面下では敵になる。それはつまり、結ばれることなどない立場になるということだ。俺が伊東さんの誘いを断るということは、三木との断絶を示している。
逆を言えば、俺が御陵衛士となるのは新選組との関わりを断つということになる。当然、副長とも関わることはなくなるだろう。 俺がそれを選べるのか、三木は疑っていたのだ。
いや、不安に思っていたのかもしれない。

「何度も言っているが、俺は副長を好きなわけではない。尊敬しているだけだ」
「あぁ分かったよ、それも信じてやる」

三木の言葉の最後には、吐息が混じっていた。いつの間にか俺の頬に、三木の掌が添えられている。その熱が、俺を求めていると告げていた。
顔が近づく。口づけをされるのだと気づいて目を伏せたけれど、あと僅かばかりの距離を残して、その唇は俺に触れずに止まったままだ。
しばしの逡巡の後に、三木が俺から顔を離した。見上げたその目が、愛おしげに俺を見下ろしている。

「なぜ……」

なぜ、口づけをしなかったのか。そう問いたかったのに、言葉が出なかった。答えを聞くのが怖かったのかもしれない。
すると三木は、その場に似つかわしくないほど嬉しそうに微笑んだ。

「口づけは、明日まで待つ。その代わり、明日の夜は俺と過ごせよ?」
「…………」

黙ったままでいる俺に、三木の表情が不機嫌なものへと変化する。

「おい、返事はどうした?」
「……俺は、今したいのだが」

俺の返事は予想外だったのだろう、三木は驚きで目を見開いてからすぐ、楽しそうに笑った。笑って、そして俺を優しく抱き締めた。

「安心しろよ、これからはずっと一緒にいられるだろ?」
「あぁ……俺も、ずっと一緒にいたいと思っている」

言いながら、三木の背中に腕を回す。回した先で俺の掌が、三木から離れまいと着物の端をぎゅっと握った。
この言葉も気持ちも、嘘ではないのに。時代と立場が、いつかこの言葉を嘘にするのだ。

罪悪感に潰されそうなこの気持ちを、三木の熱で消せたら良かったのに。そんなことを考えた罰なのか、この夜は口づけさえなく、ただ三木に大切に抱き締められただけであった。

2017.11.21-11.23
title/箱庭様



もうちょっとイチャついてるのを書くつもりだったのに、どうしてこうなったのかなと、自分でも不思議に思ってます。
三木くんが「土方←斎藤」を疑っているのは、三木くんの勘が鋭くて、この二人には何かあると、無意識下で気付いてるためです。無意識なので、三木くんは斎藤=間者とは気付いていませんが。

いつか機会があったら、御陵衛士行ってからの18禁ネタを書きたいです。
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