プラネタリウム

※現パロ


「……ぇ、、ねぇ、ねぇ!」
「……ん……なんだ……?」

ふわふわと心地良い感覚でいたのに、軽く揺すられ一気に重力が戻ってきた。それでも頭はぼんやりとしていて、自分が今どこにいるのか何をしているのか、すぐに分からない。

「ねぇ、もう終わったよ!」

俺を眠りから呼び覚ましたその声が、何か告げている。

「何が……終わったと……」

そこまで言った時ドーム型の天井が目に入り、自分がプラネタリウムに来ていた事を思い出す。
はっとして飛び起きた。そうだ、俺は最近とても疲れていて、今日は何故だか星が見たくなったものの東京ではまともに見られないから、わざわざ途中下車してここに来たのだ。
平日だからだろうか、最終時間のプログラムは人が余り入っておらず、伸び伸びと寝転がれた椅子と静かに語られる星の伝説に、つい寝てしまった――俺を起こす声の主は、この館の者だろうか。しかしカジュアルな格好をしたその人物が仕事をしている人には、とても見えない。

「あんたは……?」
「あ、俺? 俺も寝ちゃったんだぁ」

へへ、と笑うその子の一人称に驚いた。

「女の子が俺などと言うものではない」
「え?」
「だから、女の子が、俺などと……」

そこまで言った時に、俺に話し掛けて来ていたその子が顔を真っ赤にした。 俺は何か恥ずかしがらせるようなことを言っただろうかと思ったら、どうやら怒っていたらしい。
俺は男だ! と大きな声で宣言され、俺はこの日、初対面の人からゲンコツを食らうという失態を犯した。
何度も謝っているうちに、清掃の人が入ってきて2人揃って追い出される。ずんずんと先を行くその子を追い掛け、すまなかったと更に謝った。しつこく謝罪を繰り返す俺に、流石にその子の怒りも収まったらしい。

「俺も、殴ったりして悪かったよ」

しおらしげに謝られた。
お詫びに、と食事に誘う。見ず知らずの俺に一瞬警戒するような表情を見せたが、まぁ食事くらいならと付いてきたその子は、矢張り男には見えなくて、俺は俄かに緊張した。

けれど食事中話していると随分と男らしいと感じて、そのギャップに何だか心がもやもやとした。何故もやもやするのだろうかと考えてみたのだが、よく分からなくて終始その感情を伴ったままに食事を終える。
レストランを出て、もう遅いから送ると言ったら、だから俺は男だって言ってんだろとまた怒られた。
「しかしまだ若いのだから……」と、尚も心配する俺はまた怒られてしまう。怒らせたい訳ではないのにどうしたものかと思って、すまないと言いながら困った顔をした俺に

「んじゃあ許してあげるからさ、またご飯奢ってよ!」

そう言って彼は、明るい笑顔を見せてくる。

「さっきのご飯、美味しかった! 俺あんなん食べたことないし!」

それから携帯の番号とアドレスの交換をした。

「あ、名前! 名前何? 名前知らなきゃ登録出来ないじゃん!」
「斎藤、一だ」
「ふぅん、一君て言うんだ! 俺はね、藤堂平助。平助でいいよ!」
「へいすけ……」

反芻した名前は、何故か特別に感じる。
それから「ちゃんとメール入るか確認するね!」と言って、その場で平助が何かメールを打ち始める。すぐにメールの着信を知らせるバイブが鳴り、自分の携帯を開いて確認すると「明日は無理?」と表示された。
送信者を見れば、先程登録したばかりの「藤堂平助」が表示されている。

「え……?」

その文言に驚いて平助を見ると、恥ずかしそうな顔をしながら、「駄目? やっぱ大人は忙しい?」と訊かれた。
俺がプラネタリウムに来たのは最近残業が続いて疲れていたからで、本当は今日も残業だったのだが、疲れ過ぎて帰ってしまったのだ。
だから明日は今日の分も残らなければならないのだが、出会って数時間の間に何度も俺を怒ってきた時の威勢など失くして、しおらしく聞いてくるその大きな瞳に、思わず「大丈夫だ」と答えてしまう。

「明日また連絡する」

そう言って平助と別れた。明日は朝から頑張ろう、そう思って乗り込んだ電車は、いつもの混み具合すら快適に感じられた。
どうやら俺は明日を心待ちにしているらしい。思い掛けない出会いに、残業疲れも悪くないと思った。

次の日、俺は朝から目まぐるしく動き回っていた。自分以外の仕事まで回ってきて、まともな時間に帰れないことなど昼には分かっていた。それでも心のどこかで帰れるかもしれないという希望と、帰りたいという願望が平助に断りのメールを打つことを躊躇わせる。結局、連絡を入れずに夜になってしまっていた。
まずい、と思った頃にはメールの着信が2桁になっている。それは全て平助からのもので、一番最新のメールを見ると

「来るまで待ってる」

俺は帰るとも何も言わずに、会社を飛び出した。池袋に着いた時、すぐに電話を掛けた。平助は電話をずっと待っていたのかもしれない。ワンコールで繋がった先の声はとても沈んでいて、どこに居るのかと慌てて訊くと、サンシャインだと答えられた。

「すぐに行く!」

電話を切って走り出す。すぐに行くと言ったのに、サンシャインに着くまでに通る信号の全てに引っ掛かった。
苛々しながら信号が青になった途端に走ることを繰り返した俺は、目的地に着いた頃には息が上がっていて、それでも急いで平助に電話をする。

「着いたが……どこに居る?」
「展望台」
「分かった」

入場料を払う時間にすら苛々して、俺は60Fへと向かった。着いた先には夜景を前にして立つ平助の後ろ姿。それまで急いで走っていたのに、いざその姿を見ると足が止まってしまって、恐る恐る近付いて声を掛けた。

「平助……」

くるり、と振り返った平助は何故か笑顔だ。

「あ、一君! お疲れ様!」
「……怒っていないのか?」
「ん〜? まぁ待ちくたびれたけど、怒ってないよ!」
「何故……」
「それよりさ、折角来たんだから一緒に見ようよ!」

手を引かれ、共に外を見る。俺が苛々しながら走って来た道も、ここから見下ろせば綺麗な夜景の一部でしかない。

「星は見上げると寝ちゃうもんね、俺達。見下ろした方が良いよね?」

そう言って俺を見る平助の目が、外の光を受けてきらきらと瞬く。いままで見た中で一番美しい星空。その目を見ながら謝罪する。

「すまない、平助……連絡も入れず」
「いいよ、遅くなっても一君は来てくれたんだし!」
「しかし約束したのに……」
「本当は忙しいんでしょ? 昨日寝てたのも疲れてたからじゃないの?」
「それはそうだが、約束は守らねば」
「だからいいって、来てくれたんだから!」
「それでは俺の気が済まない! そうだな、昨日より美味い店に連れて行」

そこまで言った時にぐいと平助に引っ張られた。
突然傾かされた身体を立て直そうとする間に、唇を塞がれる。驚く間も無く離れた平助が言った。

「ご飯もいらないよ」
「な、何を……」
「俺、兄ちゃんが働いてるからさ、分かってるんだ。社会人は忙しいんだってこと」
「平助……?」
「だから今日は俺が会いたくて、無理言っちゃったなって思ってたから……、来てくれただけで嬉しいんだ」

そう言って照れたように笑った平助は、矢張り可愛くて、昨日のもやもやとした感情がまた浮かんでくる。いや、それよりも今のは一体……。

「それは……俺も会いたいと思っていたから……それより今の」
「嫌だった?」
「嫌では無いが……、何故俺に?」

そう訊くと、とても恥ずかしそうな顔をして平助が言った。

「ひっ、一目惚れ……!」
「え?」
「だから、一目惚れしちゃったんだ! 昨日、寝てた一君に。だから今日も会いたくて、その……来てくれて、嬉しくて。だから、あの」

行動はいきなりなのに、素直な表情と反応の子供らしさがとても可愛いと思った。俺から思わず笑顔が零れる。その顔を見た平助が「あ!」と叫んだ。どうしたのかと問えば、困ったような表情をしてから、また恥ずかしそうな顔をした。

「また好きになっちゃった……」

小さくこう告げて、俯いてしまう。
それから視線だけをこちらに向け、上目遣いで俺を見ながら訊いてきた。

「俺に好かれるの、迷惑?」

俺を見つめるその目に星が映る。俺が見たかったのは、この星かもしれない。

「いや、嬉しい。俺も、きっと平助が――」
「えっ、俺が? 俺が、何?」

言いながら、平助が顔ごと上げてくる。
期待の色に染めた目で俺の袖口を掴んで続きを促す平助に、

「好きだ」

と告げると、泣きそうな顔をして、それでも元気な声で叫んできた。

「俺も! 俺も好き! 俺は大好き!」

それからお互い見つめ合い、今度は奪うのでも奪われるのでもなく、ゆっくりと顔を近付け、俺達は夜景を横目に口付ける。
平助に好きだと告げた後、俺の中に生れていたもやもやした気持ちは消えていた。

* 拍手ログ@掲載期間 *
2010年04月10日 - 2010年04月25日

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