短編詰め
【土斎】「斎藤、ちょっと手伝ってくんねぇか?」
「はい、何でしょう副長」
俺は副長に呼ばれ、部屋へと入る。
「これなんだが、綴じるのを手伝ってくれ」
頼まれたのは、報告書を綴じる作業。かしこまりましたと言って、副長の隣へと腰掛けた。
黙々と作業を続けていると、体調は平気なのかと問われる。俺が羅刹となって数日。昼も夜も変わりない俺を気にかけての言葉だった。
普通を装いながら俺を心配してくれる副長に、俺も努めて冷静に返事をする。
「変わりありません」
「そうか」
素っ気無い言葉が返され、また黙々と作業を続ける。
ふと、副長が声を低くして俺に言った。
「おい、ここきちんと綴じられてねぇぞ」
「申し訳ありません、どこでしょうか……」
自分の不備を確認しようと副長の手元へと顔を向けると、何故か目の前に紫紺の瞳があり……直後、唇に熱を感じた。
すぐに離れた唇からは「俺の見間違いだったよ」と言葉が発せられる。
そうですか、と答えた俺の顔は、先程唇に施された熱より熱くなっていた。
【沖斎】
「一君、ちょっといい?」
「何だ」
振り返った途端、目の前に総司の顔。驚く間も無く口付けられた。直ぐに離れた総司は不可解な事を言う。
「うん、この位置で大丈夫だね」
「な、何の話だ……」
突然のことに慌てた俺は、不本意だがどもってしまった。
「何って、振り向き様の一君に口付けする位置の確認」
「何を言っている」
「あれ? 一君はしなくていいの?」
「"しなくていい"のではない、そんなことを"するな"、総司」
「ふぅん、じゃあ金輪際しなくていいんだね?」
「それは……」
「何? 僕は一君が嫌がるならしないよ、もう二度とね」
口付けが嫌だったのではない、廊下でされるのが嫌だったのだ。こんな、誰に見られるとも知れない場所でなど。
「別にいいけどね、口付けしなくたって出来ることはいっぱいあるから」
「そうではなくて……ここでは嫌だ」
俺の返事に総司はくすりと笑う。
「ごめんごめん、分かってるよ。じゃあ僕の部屋に行こうか? 一君が望むこと、全部してあげる」
そう言って、俺の手を引き総司の部屋へと向かい出した。俺は前を歩く総司に声を掛ける。
「総司」
「何? 一く……」
ちゅ、と音が出てしまった。
「え?」
驚く総司に言ってやる。
「この位置で大丈夫だな」
【平斎】
「はぁーじめくんっ!」
この声が聞こえた後に起こる事は決まっている。がしっと背中から回される両腕。その手の主は……。
「平助」
「何っ、一君!」
「……少し、苦しい」
「えっ、ごめんね!」
それからすぐに離される腕。毎度同じなのに、毎度繰り返される。それから大きな目を、これでもかと寂し気に伏せて言ったのだ。
「でも一君が、これ以上すると嫌がるから……」
だから抱きしめるくらいは許して欲しいのに、とこちらが抱きしめたくなる程の切ない口調で続けてくる。
「……すまない」
事実、平助が望む口付けとやらはどうにも慣れず、いつも恥ずかしくて俺は拒んでしまっていた。
次の朝、まだ日の昇らぬうちに平助の部屋へと忍び込む。すぅすぅと寝息を立てる平助の頬に、そっと唇を落とした。
徐々に差し込み始める朝日に照らされる平助の顔は、徐々に赤くなっていく。まさか――
「起きているのか、平助」
「……うん」
だって嬉しくて、と言われ起き上がった平助から与えられた唇を、俺が拒むことは無かった。
【原斎】
「斎藤、代わりに持ってやろうか?」
大量の荷を運ぶ俺に、左之が声を掛けてきた。
「いや、一人で持てる」
「そうか?」
俺とて男だ、左之に頼ってばかりはいられない。すると
「じゃあ俺はお前を持つわ」
荷を持った俺ごと、左之に抱え上げられた。驚く間もなく質問される。
「どこまで運べばいいんだ?」
「俺の……部屋に……」
「ははっ、調度良いな」
俺の部屋まであっと言う間であった。中に入り、降ろされる。後ろから左之が襖を閉める音。礼を言おうと振り返ると、唇に温かい感触。
「運び賃くらい貰ってもいいよな?」
顔が熱くなるのを感じる。
「でも、本当に貰いてぇのはお前なんだけどな」
穏やかな眼差しで頼まれては、断る言葉が見つからない。俺の部屋の襖が次に開くのは――――数刻後。
【風斎】
新月の夜にしか、俺達は逢わない。
月に一度きりの逢瀬。
七日に一度逢いたいと風間が言ってきたのを、強く突っ撥ねたのは俺だった。
明るいのが嫌だと言い訳をして、月の無い晩だけにしろと言ったのも俺だった。
それでも俺に逢えるならと、寂しそうな笑顔で頷いてくれた風間。
だから今更、こんな我儘を言えるはずがない。もっと逢いたいなどと、言える筈が……
「斎藤、」
今宵は新月、俺達の逢瀬の日。逢うなり風間が真剣な目で俺に訊く。
「せめて、もう一夜逢いたい」
答えの代わりに抱き締めた。離れたくない、けれどそれは叶わない。ならばせめてもう一夜。
「明日、逢いたい……」
「斎藤……、それでは次の逢瀬までの時間が辛い」
「俺が、我慢など出来ないのだ」
俺の叫びに、風間が俺を抱き締める。
「では、あともう一夜」
この日から、月に三度の逢瀬に変わる。
逢えば必ず口付ける。
去り際必ず口付ける。
それは次に逢う迄、忘れられぬ程の甘い口付け。
【永斎】
「よぉ、斎藤!」
「何だ、新八」
「今日も可愛いな〜」
そう言って俺を抱き締め、顔を擦り寄せてくるのが新八の癖になっている。
可愛いと言うな、と何度も言っているのに全く聞く耳を持たない。
仕方がないので俺が諦めているのだが、人前でも構わずやるので困っている。
「新八」
「何だ?」
「次に人前で俺を抱き締めたら、あんたとは縁を切る」
「え……」
「それから可愛いと言うな」
悲しそうな顔をする新八を置いて、俺は部屋に戻る。少しして、真剣な面持ちの新八が部屋に来た。
「これからも、お前と一緒にいてぇ」
「先程言った事を守れば済む話だ」
「じゃあ、部屋ん中ならいいか?」
「……構わん」
直ぐ様抱き締められた。
「斎藤、今日もかわ……」
そこまで言って、はっとした新八が悩んで出した言葉は
「斎藤、今日も綺麗だなぁ〜」
注意しても限(きり)が無い。
結局こんな新八を嫌いになれない俺の負けだ。
土斎/沖斎/平斎
2010.01.30
原斎/風斎/永斎
2010.02.12