桜色の誘惑

ふ、と離された唇から立ち上るお酒の香りすら色気に変えてしまう一君に、どうして夢中にならずに居られるだろうか。
胡乱(うろん)気な目で僕を見つめる一君は、普段は酔ったりしないのに、どうしてだか今日はその頬を桜色に染めていた。いつもだったら自分から僕に寄ってくることなんてないのに、いまは一君の方から僕の首に腕を回して唇を何度も寄せてきている。

驚きはしたけれど、下手なことを言って離れられたら困るから、僕はただ一君のしたいようにさせていた。
随分と長い時間、飽きる事無く僕に口付けてくる一君は凄く可愛くて、流石に口付けだけでは物足りなくなって、一君の腰に回していた腕の力を強めた。
ん……と出された声にはいつも通りの恥らいが混じっていて、体勢を変えようかなと思った時に「総司……」と熱い息の間に名を呼ばれ、なぁにと返せば予想外の返事。

「好き……」
「え?」

聞き間違いかと思ったけれど、また好きと言われた。
いつもだったらぎりぎりまで一君を追い立てて、解放を求める一君に

"好きって言ってくれなきゃ達かせてあげないよ"

と半ば無理矢理言わせるてはいるけれど、そうでもしなければ一君は言ってなどくれないんだ。
だからいま僕が嬉しくなるのと同時に、もっと言わせたくなってしまったのは仕方のない事だよね。

「なぁに、一君。よく聞こえないんだけど?」

普段であれば、こんな事を言われたら困ったような表情をするのに。今日に限って一君は凄く素直に僕を見つめて言った。

「好、きだ、総司」

ちょっと舌足らずな調子で、その言葉を繰り返す。変わらず染められている頬にも、潤んだ瞳も可愛くて堪らない。
揶揄うつもりで聞き直しただけだったのに、僕の方が緊張してしまうなんてとんだ誤算だ。そんな僕にお構い無く、一君は素直に続けている。

「好き……」

尚も言いながら口付けてくる一君に、押し倒されるように布団に横になった。
珍しく一君の方から舌を入れられ、口付けられているだけの時には触れる事の出来なかった舌の奥の部分を舐め上げれば、ほんのりと甘いお酒の味。

とても我慢など出来ずに、僕の上に居る一君を強引に横に倒そうと思ったけれど、この状況を使わない手は無いと思い直す。
勿体無いなとは思いつつ、一君の顔を離して訊ねる。

「ねぇ一君、もしかしてしたいの?」

そうすると、素直に頷かれた。

「ふぅん、僕はそんな気分じゃないんだけど?」

言えば泣きそうな顔をされて、少し胸が痛んだ。けれどそれに気取られないよう気を付けながら、さらに言葉を続ける。

「したいなら僕をその気にさせてくれないと、ね?」

実のところ、こう言ったら一君がどうするかなんて予想は付かなかった。
まず一君が酔うなんて事が初めてだったし、素直な一君も初めてだったからだ。もしも諦められても、さっきより少し深い口付けをされるだけでも、きっとその可愛さで僕は最後までしてしまうだろうとは思っていたけれど、今度ばかりは嬉しい誤算が生じた。

そろそろと僕の足元の方へと下って行った一君が、僕の着物の袷を捲ってその下の履物も取り去り僕自身に触れてくる。
行動とは裏腹に恥じらうような顔をされてしまえば、嫌でも僕は反応してしまう。その僕の変化に気付いて少し自信が湧いたのか、一君は僕自身を手で擦り始めた。でもそれだけでは刺激が足りない。

「ねぇ、それじゃいつまでも最後までなんて出来ないよ?」

僕がそう言うと一君は困った表情になり手を止めてしまって、あぁ失敗したかなと思った矢先に僕の先端に熱い感触。
どうやら舌で舐められたらしいと思った後にすぐに咥えられ、僕が普段させている事を忠実に実行して僕の好い箇所を舐めたり吸ったりし始める。
いつもより本能的になっている一君のその動作は段々と躊躇いがなくなってきて、「ん……」と今度は僕が小さく声をあげてしまう。
いつもやりたくなさそうにしている割には、きちんとやり方を覚えているなんて、一君の普段は見せないいやらしさを感じて僕はまた少し興奮してしまった。
必死に僕を昂ぶらせようと揺れ動いてる蒼黒の髪をそっと撫でて、どうしたのかと顔を上げた一君にもういいよ、と囁いてからいつも通りに組み敷いて、いつも通りに一君を追い立てた。

ぎりぎりまで追い詰めた所で手を離し、何か言わせようかと思ったけれど、いつも言わせている「好き」はもう言ってもらってる訳だから、じゃあ何を言わせようかなと悩んでいると。

「早く……」

そう言われた気がした。
でも一瞬何を言われたのか分からなくて一君の顔を見ると、苦しそうに熱い息を吐きながら潤んだ目を僕に向け"挿れて欲しい"と震える声で告げてきた。

素直な一君にこんなにも煽られるとは思ってもみなかった。焦らす事無く、僕は直ぐに挿入した。
煽られて普段よりも質量の増している僕を挿れるのは少しだけ苦労したけれど、一君から腰を動かし僕を最奥まで受け入れられてしまえばその後は何の障害も無い。
僕が動く度に僕の名を呼び、角度を変えてゆっくりと突き上げれば"そこがいい"と、普段であれば絶対に言わない素直な言葉を伝えてくる。
浮かんだ汗すら魅力に変えて、素直に快楽を享受する一君に僕は夢中になってしまった。一君がいいと言った場所も、普段高い声を上げる箇所も何度も滅茶苦茶に攻め立てて、それを抜かずに繰り返す。
とうとう一君の意識が無くなったところでやっと僕を抜き、一君を抱き締めて眠りについた。


翌朝、目を覚ますと既に着替えを済ませた一君が居た。
起き上がってから、すぐに抱き締めて「お早う」と言う。
甘い時間は続くと思っていたのに、一君は僕の目も見ず冷たく言った。

「忘れろ」
「昨日の一君を? そんなの無理だよ」

揶揄うように言うと、必死に僕を睨みつけようとしているらしい。きっと一君なりに一生懸命怖い顔をしてるんだろうけど、やっぱりどうしたってその顔は可愛い。
だから僕からすると、ただ見つめられてるようにしか見えなかった。

「忘れないのならば、あんたとはもう何もしない」

そう言う一君の頬は、昨夜を彷彿とさせる桜色に染まっている。

「じゃあ忘れてあげるから、今からもう一回しようか?」

明るいうちから何を、と言いだした一君の口を塞いで有無を言わさず着物を脱がしてしまえば、見えるは桜色。拒絶の言葉を紡ぐその唇も、桜を思わす淡い色。

どうしたって僕は、この色の誘惑に勝てそうにない。

2010.05.01
+竜胆様に捧げます

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