昼の三日月


※現パロ


 随分上機嫌な原田から、「美味いもん食わせてやるから車乗れよ」と言われた。腹なんて減ってないと断ったにも関わらず、いいからいいからと結局無理矢理助手席に押し込まれる。
 迷わず車を進め始めた原田が、運転しながら一瞬空へと目を向けた。前方に視線を戻してから「まだ昼間だってーのに月が見えるぞ、三日月だ」と嬉しそうに教えてくる。俺はふぅんと気の無い返事をして、月など見上げずただ過ぎて行く外の景色をぼんやりと見ていた。

「なぁんか得した気分だよなぁ、太陽も月も一緒に見られるなんてな」
「へぇ」
「何だよ冷めてんなぁ、ほら見てみろよ、白くて綺麗だぜ?」
「興味ない」

 俺の返事に原田は苦笑して、それ以上しつこく言ってくる事は無かった。けれど少ししてから唐突に話し始める。

「普段は目に見えなくても、間違いなく存在するものはあるってこった」
「いきなり何の話しだよ」
「見えなくたって本当は昼でも浮かんでる月とか、俺の、お前への気持ちとかな」
「……今は見えてるじゃないか、あの月」
「そう、だから俺も自分の気持ちを見せようと思ってな」

 そう言うと、原田は路肩に車を寄せた。周りを見ても何も無い。

「どこに食べ物屋があるんだよ」
「お前、何聞いてたんだ? 俺の気持ちを見せるって言ったろ?」
「それと車を停めるのと何の関係が……」

 言葉の続きは原田に飲み込まれた。特に抵抗しないでいたら、背中に手を回されて原田の方へと引き寄せられる。けれどシートベルトが邪魔をして、思った程近付くことは無かった。
 愛おしむように触れ合わせていた唇を静かに離され、「まぁこういうことだ」と微笑まれる。俺は気の無い振りを装って。

「……早く美味いもん食わせろよ」

 それだけ言い、また視線を外に向けた。原田は「はいはい」と苦笑して車を発進させる。
 外を見ながら店が遠くにある事を願った。もしも直ぐに着いてしまったら、赤くなった顔を見られてしまうから……。何で俺がこんな事を気にしなきゃいけないんだ。そう思ったら段々悔しくなってきた。

「お前の気持ちなんてバレバレなんだ、いちいち見せてこなくていい」

 そう言ったら、静かな車内で原田はぽつりと「好きだ」と告げてくる。順序が逆だろと怒ったら。

「俺の気持ちはバレバレなんだろ? だったら言ったも同然じゃないのか?」

 なんて揚げ足を取ってくるこいつは嫌な奴だ。なのに何で俺は嬉しいなんて思ってるんだろうか。
 それから店に着く前にもう一度キスをされた。
 原田の頭越しには、真っ白い三日月が見えていた。


一覧ページへ戻る




.