記憶喪失


※SSL/薫を溺愛する原田


 薫が頭を打ったと聞き付け、急いで保健室へ向かうと山南さんが笑顔で出迎えてくれた。その顔を見て、あぁ良かった大した事無かったんだなと思った俺は、どうやら山南さんて人を甘く見ていたらしい。

「記憶喪失みたいです」
「え?」
「ですから、南雲君は記憶喪失になってしまったみたいです」
「何だとっ!? 大事じゃねぇか、何で笑ってんだ!」
「記憶を失くすと人は本来の姿に戻るんですかねぇ? 今の南雲君は、とても可愛いですよ」

 そう言って山南さんは、慌てる素振りも見せずにくすくすと笑っている。何言ってやがる、急いで病院だ! と思った俺の腕に、何かが巻き付いた。視線を下げると薫が俺の腕に、抱き着くように縋りついている。

「薫っ! どうした、頭が痛いのか? 今病院に連れてってやるからな!」
「いい」
「え?」
「いい、お前と一緒に居たい」
「…………」

 ちょっと待て、誰だこれは。本当に薫か? それより記憶喪失なんだろ? 俺と付き合ってたことも忘れてるんじゃねぇのか?

「記憶が無くなっても、貴方のことを好きだったというのは覚えてるみたいですね。どうです? 可愛いでしょう?」
「いや、まぁ……否定は出来ねぇが……」

 実際、俺に縋り付いて大人しくしている薫はとても可愛かった。しかも俺を好きだったことは覚えてるだと? 反則だ、可愛過ぎるだろ。
 いやいや駄目だ、打ったのは頭だぞ? 大体記憶喪失なんて大変な事じゃねぇか、今直ぐ精密検査を――。

「お腹空いた、ご飯食べたい。お前と一緒がいい」

 よし、そうだな飯が先だ。飯を食ったら必ず病院に連れてってやるからな! あぁ絶対だ。
 薫の可愛さに絆されてしまった俺は、結局食堂に向かった。移動中もずっと薫は俺の腕に抱き着いている。夢のようだ。今迄は指先でも触れようものなら「触るな、エロ教師!」と怒鳴られていたからな。
 食堂に着き、薫が食べたいと言った定食を頼んでやる。席に着いてさぁ食べるかって時に、食べさせて欲しいと頼まれた。

「ここはまだ学校だぞ?」

 と言った俺の鼻の下は、伸びてる気がする。新八じゃあるまいし、俺がこんなだらしない表情をするなんて有り得ない……筈なんだが。小さい口を開けて俺の運ぶスプーンを待つ薫の可愛さは、筆舌に尽くし難いものだった。親鳥の気分だ。そりゃこんな可愛い子供がいたら、親は必死で育てるよなぁ。
 食事が終わると薫はまた俺に抱き着いてくる。あぁ病院に行かないといけないのに……。

「病院行く前にトイレ寄ってくか?」
「お前と一緒なら行く」
「もちろん一緒だ、個室に入ってキスしような?」

 そう言うと、薫は嬉しそうに笑った。こんな顔、初めて見た。というより笑う所を初めて見た。お笑い番組を見ても「こいつら馬鹿じゃないのか」と言うだけで、微笑むことも笑うことも無かったこいつが、今俺に微笑みかけている。奇跡だ。
 早足でトイレに連れ込み、個室の扉を閉めるなり早急にキスをした。普段は嫌がられる深いキスもいまの薫は必死で受け止めていて、俺に応えようとしている。あぁ、可愛くて堪らない。
 しかし顔の角度を変えてもう一度キスをしようとした時、不自然な体勢で俺とキスをしていた薫の足がずれたらしく、一緒にいながら不覚にも壁に頭をぶつけさせてしまった。

「悪い、大丈夫か?」
「…………………………原田?」
「痛いよな? 悪かった、今すぐ病院に連れてってやるからな!」

 俺は名前を呼ばれたことに気付いていなかった。慌てて薫の腕を引っ張ると、その腕を払われる。

「薫?」
「触んなっていつも言ってんだろ!」
「え? お前記憶が……」
「記憶? 何言って……は? 何だここ、トイレじゃんか。何で俺がお前とこんな所にいるんだよ、この変態教師が!」
「お前、記憶が戻ったんだな! 良かった、良かったなぁ」

 薫の罵りは無視して、俺は薫を抱き締めた。腕の中で薫が暴れているが、あんまり力が無いので大した抵抗になっていない。
 あぁ短い夢だった、だけどやっぱり俺は今の薫が一番好きだ。

「薫、俺はお前がどんな状態になってもずっと好きだからな」

 記憶の無かった間の記憶が無い薫は、意味が分からないようで「キモイこと言うな!」と叫んでいたけれど。

「お、俺も……お前に何かあっても見捨てないでいてやるよ」

 と、小さな小さな声で言ってくれた。

2011.09.14




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