風邪をひいた日


 薫が風邪を引いたらしい。
 らしい、というのは含み笑いをした総司にたった今そう教えられたからだ。笑っているのが気になった。何か怪しい。
 けれど今日はまだ一度も薫の姿を見てないことを思い出す。本当に風邪だった場合も考えて、先日屯所に届いた果物を一つ持って薫の部屋に向かった。

「おい、入るぞー」

 返事も聞かずに障子を開けると、そこには布団で寝ている薫の姿があった。俺の声で起きたのか、重そうに目蓋を開けてこちらにゆっくりと視線を寄越す。

「悪い、寝てたか? 風邪だって聞いたからよ」
「何だよ、笑いに来たのか?」
「おいおい、どうしてそういう発想になるんだ? 笑う訳ねぇだろ?」
「沖田は笑ったぞ。あと何か俺の頭とか弄って……そん時も笑ってた」
「頭?」

 薫に近付き頭を確認すると、後頭部の方に幾つか細かい三つ編がされていた。そうか、総司がさっき笑っていたのはこれのことだったのか。何かされてたのは気付いていたくせに、何をされていたのか知らないまま寝ている薫は随分愛らしく思える。
 俺は薫の顔の近くに座って話し掛けた。

「髪の毛結ばれてるぞ? そのまんまでいいのか? 可愛いけどな」
「あいつ……! 風邪が治ったら絶対仕返ししてやる!」

 薫は怒っているが、寝たままで髪を直そうとしない。俺が思っている以上に、結構重症なのかもしれない。

「解いてやろうか?」
「別にいい」
「でもよ、」
「いいって言ってんだろ、しつこいな」
「そうか……あ、そうだ、果物持って来たんだ。食うだろ?」
「……」

 薫は返事をしなかったけれど、頭が小さく揺れたので、頷いたのだと分かる。さて皮を剥いてやろうと思った所で包丁を忘れたことに気付いた。

「悪ぃ、剥くもん忘れたから取って来るわ」

 そう言って後ろを向いて立ち上がり掛けると、つんと服が引っ張られる。何だ? 振り返ると薫がさっきより深く布団を被って、顔を隠すように寝ているのが見えた。おかしいな、どこに服が引っ掛かったんだ?
 視線を更に下に落とすと、俺の服の裾を掴む薫の指先が見える。

「薫? どうした、何か他に持って来て欲しいもんでもあんのか?」
「…………」
「おいって、言ってくれなきゃ俺はわかんねぇからよ」
「…………ょ……」

 布団の中に隠れたまま、くぐもった声で薫が何か言っているのは分かった。だけど何を言っているのかが全く聞き取れない。

「何だ?」
「…………ぃ……」
「聞こえねぇって。顔出してくれよ、薫」

 暫しの沈黙の後、相変わらず顔は出さなかったけれど布団の中から「そこに居ろよ!」と叫ぶ声がする。完全に場違いで頓狂な質問になってしまったが、果物はいらねぇのか? と訊けば、馬鹿かお前と罵られた。

「果物なんかいいから……傍に居ろよ」

 それから、かろうじて聞き取れる程度の声で呟かれたのだ。俺の服を掴んでいた薫の指先が震えていて、何でこいつはこんなにも可愛いのだろうかと溜息が出る。

「あんま可愛い事すると襲うからなー」
「永倉、お前気持ち悪いよ」
「新八って呼んでくれよ〜」
「…………新八、気持ち悪い」

 薫の言葉にへへっと笑うと、何喜んでんだ気持ち悪いと言われた。頼んだ途端に新八と呼んでくれた事が嬉しかっただけなんだが、そういや俺の名前の後に何か余計なもんが付いてたな。でもいい。
 俺の服を掴んでいた薫の指先を、そっと解いてその手を俺の手で包む。一瞬、薫の手がびくりと震えた。嫌だったのだろうか。そう思った時、静かに握り返された。

「お前、手は素直なんだなー」
「うるさい! 俺が素直なのは手だけじゃない、お前のこと気持ち悪いって素直に言っただろ?」
「あぁ、そうだったな」

 思わす声がにやけてしまった。それに気付いたらしい薫から「笑うな気持ち悪い」と言われたけれど、俺と繋いでいる手はそのままだ。
 総司のやつは薫の風邪のことを俺に教えてきたが、こんな可愛い薫のことを、俺は他の誰にも言えそうにない。

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