触れ合ったその先に
※SSL
教師として最低だと言われるかもしれないが、週末になると薫を家に連れ込んでいる。もうそれが習慣になって数ヶ月は経つだろうか。
意外な事に薫は最初から素直に付いてきていた――後々分かったのだが、自宅には薫の居場所が無くて余り帰りたくないらしい。
今日は薫が観たいと言っていた映画のDVDを借りて来た。さて見るかとソファに並んだ瞬間、突然薫が手をぼすんと投げ出したから驚いてしまう。顔を向けると、不機嫌そうな表情で俺を見る年下の恋人と目が合った。
「どうした? また何か嫌なことでもあったのか?」
薫の機嫌は大体悪い。そう言えば笑っているのを見たことが無いかもしれない。こいつはいつも何かに不満を抱えているが、原因は全て妹に纏わるだって事を俺は分かっている……つもりだ。
だから俺はそれを全部受け入れてやりたい。こいつの不満を全て受け止めて、出来れば消してやりたい。そう思っているのに、訊ねる俺に向けられたのは「はぁ?」という、怒りを含んだ声だった。
「あれ? もしかして俺が薫に何かしちまったのか?」
「……しないから怒ってんだろ」
「しないから? どういう意味だ?」
本気で意味が分からず首を傾げる俺に、「ほんっとお前は駄目だよな」と呆れたように溜息を吐かれる。意味が分からない。
「本当に分かんねぇんだよ、どうした?」
問えば小さな舌打ちをされる。惚れた弱みか、それすらも可愛い。だが怖い。どうしたんだ、薫は。大体してないから怒るって何だ? 俺は何をしてないんだ?
「お前、何してんだよ?」
「何って? えーと、これから一緒に映画観ようかなって……あれ? これお前が観たがってたのじゃなかったか?」
「そうじゃなくて……あーもー、ほんっと駄目なんだよなぁ、永倉は」
家に居る時は教師と生徒という関係を意識したくないから、先生はつけないでくれと言ったら呼び捨てになった。けれど基本的に「お前」としか呼ばれないから、呼び捨てだろうと名前を呼ばれると嬉しくなってしまう俺は、多分どうしようもない大人だ。
どうしようもないから、薫の言いたいことも未だに分からない。
「悪い、分かんねぇわ。何が駄目なのか言ってくれるか?」
そう言うと薫は先程投げ出していた手をぱたぱたと動かして、「ほら」と言った。
「え、どうした?」
「……馬鹿なのか、お前」
「おいおい、さすがに馬鹿はねぇだろ?」
薫の前では情けない姿になる事が多いけど、でも本当は薫には格好良い奴だって思われたいし、頼りにされたい。だから馬鹿だと思われるのだけは辛くて思わず反論すると、もう一度舌打ちした薫に怒られた。
「早く繋げよ!」
「え?」
「こんな事言わせんなよな。お前の方が年上なんだから、気付けよこんくらい」
「……あっ、手か? 手ぇ繋ぎたかったのか?」
遅れて気付いた俺にまた薫が怒る。怒ってはいるけれど耳が赤くて、素直に繋ぎたいって言えなかったんだなぁと思ったら思わず笑ってしまった。もちろん笑ったことにもキレられたけど、ごめんなぁと言って繋いだ手は、薫の方が強く強く握り締めてきて、指の神経が麻痺しそうだ。
それから一緒に見た映画のエンディングが流れ始めた頃。
「次からは永倉から繋げよな」
薫から偉そうなお願いをされて、「分かった約束する」と言いいながら、不意打ちでしたキスにまた耳を染める可愛い薫を拝めた俺は、何だか凄く幸せな気がする。
2016.03.31