キスの順番


※SSL



「お、俺達って、付き合ってるんだよな?」

 放課後の理科実験室。
 風紀委員としての雑務をこなしている最中、南雲薫が唐突に訊ねる。隣に居た斎藤一は、きょとんとした顔で返事をした。

「あぁ、そのつもりだが」
「じゃあ、恋人らしいこともするべきだよな?」
「恋人らしいこととは何だ?」
「えっと、き、キス、とか……」
「……………………」

 薫にとって気まずい時間が流れた。勇気を振り絞って言ったのに、この反応では気持ちが萎む。言わなければ良かったかと後悔し始めた時、斎藤が口を開く。

「そうだな」
「えっ、いいのか?」
「構わんが、ただ俺は今迄したことが無い」

 実は薫も同様であったが、それを素直に言うのは躊躇われた。

「俺は……ある。だから俺からしてやるよ」

 結局、嘘を吐いた。他の誰にどう思われても構わないけれど、斎藤にだけは見栄を張りたかったから。この嘘に、少なからず斎藤が傷ついたことにも気付けない程、薫は必死だった。

「座って、目ぇ瞑ってよ」

 薫の指示に斎藤は大人しく従い、座って目を瞑る。けれど緊張からか、やや下向き加減になってしまう。両膝の上にこぶしを作った両手を乗せるが、その手は小刻みに震えていた。
 立ったままそれを見ていた薫も緊張してきて、顔を上げてくれの一言がなかなか言い出せない。薫が行動に移さないので、斎藤の緊張も更に高まっていく。
 随分と長い時間が経った気がする。斎藤はもしかしたら薫が居なくなったのではないかと、そっと目を開け顔を少し上げた。時を同じくして意を決して動き出した薫の顔が、眼前に見えることになる。
 改めて「あぁキスをされるのだ」と思った。けれど薫の唇は斎藤の額に熱を送っただけで、直ぐに離れてしまった。

「……え?」
「さ、最初だからな、今日は額からだ!」
「キスというのは、順番があるのか?」
「あるさっ! 初心者には分からないかもしれないけどな!」
「そうなのか……では口にはいつするのだ」
「あ、明日……、だよ」
「明日は委員会は無い筈だが?」
「何だよ、委員会がなきゃ俺と会わないつもりなのか? 付き合ってるんだろ? 一緒に帰れよ!」
「あぁ……あぁ、そうだな。一緒に帰ろう」

 斎藤が柔らかく微笑む。それを見た薫は直ぐにそっぽを向いて、拗ねるような口調で言った。

「明日だけじゃないからな、俺達はずっと一緒に帰るんだ」
「了解した」

 斎藤の素直な返事に薫はふんっ当たり前だろと言ったが、表情は嬉しそうだった。そんな薫を見て、斎藤が口を開く。

「南雲」
「何だよ」
「今してもらうのは叶わぬのか?」
「何の話だ?」
「明日ではなく、俺は今してもらいたいのだが…」

 斎藤の言葉に、薫は顔を赤くして……この後、二人がキスをしたのかどうかは二人しか知りません。


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