エイプリルフール


※SSL


「あ、薫! 千鶴ちゃんが、土方先生と学生結婚するらしいよ」

今日も偉そうに重役登校(またの名を遅刻)してきた沖田が、校門で俺を見るなりそう言って来た。
馬鹿だろこいつ。今日はエイプリルフールだ。この時間までに既に3人も嘘を吐きに来たんだ、今更こいつの嘘に気付かない俺じゃない。
最初は原田先生だった。

「新八が大穴当てたぞ、今日はお前ら全員に旨いモン奢ってくれるってよ」

その数秒後、ガックリ肩を落とした永倉先生が来た。手に持った財布はいつもより軽そうだった。
次は何と校長だった。

「やぁやぁ風紀委員諸君、ご苦労だね。ところで今日を以って学校を閉鎖することにしたよ」

これには斎藤がすっかり騙され、その狼狽ぶりに掛ける言葉が見付からず、仕方なく俺も騙されたフリをしてやった。
直ぐに走り寄って来た土方先生が慌てて否定し、もっと小さな嘘にしてくれと近藤校長に頼んでいた。
斎藤以外にこんな馬鹿な嘘を信じる奴なんていないのに、土方先生は斎藤に随分と甘い。
次に嘘を吐いたのは、何と斎藤だった。

「南雲……今迄黙っていたが、俺は本当は女なのだ」

何十分もの沈黙が流れた。
そう、俺は騙されたんだ。
まさか斎藤が嘘を吐くなんて思わなかったからだ。
斎藤本人は校長の大嘘に騙されていたというのに、随分と生意気な行動だ(斎藤の方が年上だけどな)。
それから冷静に冷静に考えて、

「ならお前は千鶴と付き合えないな」

そう言ったら斎藤は驚いた顔をして、「すまん、今のは嘘だ」とあっさり白状してしまった。
斎藤は嘘を吐くのに向いてない、と思った所に現れたのが沖田だった。そして冒頭の嘘を吐かれたって訳だ。

沖田が俺に話し掛けるのを見た斎藤は、先に行くと言って校舎に戻った。残った俺は、沖田に返事をしてやる。

「へぇ、千鶴と土方先生か。お似合いじゃないか、祝ってやるよ」

俺の返答を聞いて沖田は驚いた顔をした。少し楽しい。
そう言えば俺自身は今日一つも嘘を吐いていない。騙す相手は……そうだな、目の前のこの男にしよう。

「俺も好きな奴が出来て、妹の相手をしてられる余裕なんてなくなってたから調度良いな」
「えっ、好きな子? 薫に?」
「あぁ、別におかしなことじゃないだろ?」
「………………誰」
「え?」
「誰? 教えてよ! 本当に薫に見合う子かどうか、僕も確かめてあげるから!」

想像もしなかった剣幕で訊ねられ、俺は驚いてしまった。好きな子が出来たってのはもちろん嘘だったし、まさか沖田がこんな反応するなんて思わなかったから。
元々は好きな子が出来たと言って、誰だと問われたら「お前だよ」と言うつもりだったんだ。そこで驚いた沖田に「嘘だよ」と言って笑ってやるもりだったのに。
予定が狂った。どう言えば良いんだ。
というよりも自分は俺に嘘を吐いておいて、俺に騙されるってどういうことだ。今日がエイプリルフールだなんて、こいつが一番よく分かってるんじゃないのか。

「な、何で沖田が必死になってんだよ、関係無いだろ!」
「あるよ! だって僕……薫が好きだもん!」
「はぁ?」

何言ってんだこいつ。
いや待て、これは俺が最初に吐こうとしていた嘘と同じだ。俺は沖田を好きだと言うつもりだった。もしかしたら、いまのも4月1日にちなんだ沖田なりの本格的な冗談なのかもしれない。沖田ならやりかねない。
そう思った俺は驚いた気持ちを必死に鎮め、努めて普通の口調で沖田に告げた。

「お前だよ」
「え?」
「だから、俺が好きなのはお前だよ、沖田」

問い詰めてくる際に俺の肩を掴んでいた沖田の手が、少し震えている。その直後、手と同様に震えた声で「ほんとに?」と確認された。
沖田はいつまでこの嘘吐きごっこを続けるつもりなんだろう? ただ何となく、先に「嘘だ」と言った方が負けな気がする。

「あぁ、本当だ。俺は嘘なんか吐かない」

俺の返事に沖田は泣きそうな顔をして、笑ったように見えた。

「じゃあ僕達、両想いなんだよね? 恋人になるってことでいいんだよね?」
「恋人? 何でそこまで……」
「だって僕は薫が好きで、薫も僕を好きなんだよ? 恋人にならなくてどうするの?」
「な、何だよ、お前のそれ、嘘なんじゃないのかよ!」
「え? 何で僕が嘘なんか吐かなきゃいけないの?」
「エイプリルフールだからだろ? さっきの千鶴達のこと、あれ嘘なんじゃないのかよ?」
「あ、そうだった。うん、あれは嘘。でもそれで僕の嘘はおしまい。薫を好きなのは本当だよ?」
「…………」
「ねぇ、まさか僕を好きっていうの、薫の嘘だったの?」

エイプリルフールは1人1個までしか嘘を吐いちゃいけないなんてルール、あったっけ? 有り得ない、どうしたらいいんだ。
黙っている俺に、真実を感じ取ったらしい。沖田は俺から手を離して俯いてしまった。

「酷いよ薫……こういう嘘は、幾らエイプリルフールでも吐いちゃいけないんだよ」

その声は震えていて、凄く悪いことをした気になってきてしまう。

「嘘じゃない、お前が好きだ。だから泣くなよ」
「……ほんと?」
「あぁ、本当だ」

流石に気が引けたて、俺は予定を変えた。好きなのは本当だけど、恋人になる気は無いと言おう。これで万事解決だ。……解決する、はずだった。

「じゃあキスして」
「は?」
「薫からキスしてよ、僕のこと好きなんでしょ? 嘘じゃないんでしょ?」
「あ、う、嘘……じゃ、ない……けど……」

沖田はずっと俯いたままで、声がとても暗い。その後もう一度「薫」と言った時の声が震えていた。

「分かったよ、してやるよ!」

俺も男だ。キスなんて減るもんじゃないと、覚悟を決めた。それでも恥ずかしかったから、沖田の胸倉を掴んで引っ張ったあと、目を瞑って無理矢理キスをする。見ていなかったせいで照準がずれ、カツンと歯が当たったけれど許容範囲だろう。
そう思ったのに、目を開ける前に沖田に抱き締められた。驚く間も無く、今度はきちんとキスをされる。目を開ければ沖田の笑顔。こいつは泣いてなんかいなかった。

「ふふ、騙された」

沖田は嬉しそうに、俺の耳元でそう呟く。かっと顔が熱くなり怒ろうとしたけれど、騙したのは泣き真似をした部分だけだと告げられる。

「僕と恋人になるのは本当だからね」

そう言った沖田から、本鈴の鳴る校門の前でもう一度キスをされた。


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