宵の約束


※5000打リク/嫉妬する薫→甘々/微裏


 他の誰にも渡したくなくて、小細工までして薫を僕の小姓にした。それから恋仲になるのに随分と苦労はしたけれど、なってからも苦労は続いている。
 最近になってやっと「お休み」と言ったら「あぁ」と返事をしてくれるようになって、話し掛けたらこっちを向いてくれるようになった。
 こんなことで恋仲と言えるのかと疑問を持たれそうだけど、僕はちゃんと告白をしたし、薫もそれに頷いたのだから間違いなく恋仲だ。僕は、薫が何をしても可愛くて堪らないんだ。だからこんな少しの変化さえ、嬉しくて仕方が無かった。

 そして今日、お茶を淹れに来てくれた薫に口付けをした。
 予想通り顔を真っ赤にして怒ってきたけど、好きなんだからしょうがないでしょ? と言ったら恥ずかしそうな顔をした後、口を閉じていた。
 その隙を突いてもう一度口付けると、一瞬だけ抵抗する素振りは見せたけど、直ぐに大人しくなって受け入れてくれる。けれど欲を出して舌を差し入れたら、突き飛ばされてしまった。

「ひ、昼間っから何考えてんだ!」
「じゃあ夜ならいいの?」
「だっ……だめに決まってんだろ!」
「ねぇ薫、僕は結構待ったよね? もう恋仲になって随分経つのに、軽い口付けしかさせてもらえないなんて、ちょっと冷た過ぎるんじゃないの?」
「それは…………」

 薫は困ったように目を逸らした。もう少し押せば、きっとどうにかなる。

「じゃあ今夜、もっと口付けさせて? いいでしょ?」

 薫は相当時間を掛けてから、渋々頷いた。嬉しくて僕が微笑むと、薫は恥ずかしそうな顔をして、逃げるように出て行く。
 今夜が楽しみだ。拒まれなければ口付け以上のこともしようと決めて、僕は巡察の準備を始める。
 部屋を出た所で平助に会った。明るい声で挨拶をされ、「平助はいつも元気だね」と言ったら「まぁな」と誇らしげに返される。向かう場所が一緒の僕達は自然と肩を並べて歩くことになったけれど、何故か平助がちらちらとこちらを気にしているようだったから、なぁにと訊いてみる。

「うーんあのさぁ、お前の小姓、薫でいいの?」
「何で?」
「だって何か……あんま仕事してるようにも見えねぇし、よく薫が喚く声が聞こえるから仲悪いのかなって」

 僕にとって薫は可愛い子にしか見えないし、仕事も積極的ではないにせよ問題無くやってくれている。 だから周りの人にそう思われているのは、少し不思議な感じがした。

「そう? 別に問題は無いけど」
「でもさぁ、あんま使えないようだったら、小姓変えてもいんじゃねぇの? 総司だって忙しいんだしさ」
「変えるって、薫はどうするの?」
「もっと暇そうな奴の小姓にするとかさ」
「やだなぁ、薫はね……」

 薫を庇おうとしてはっとした。薫の良い所を言って、平助が薫に興味を持ってしまったらどうしよう。平助だけじゃない、皆が恋敵になる可能性があるんだ……。それは困る、薫は僕だけのものなんだから。

「薫は……僕の小姓だからようやく務まってるんだよ、他の人の所じゃ無理じゃないかな?」
「あいつそんなに仕事出来ねぇのかよ?」
「んーそこまででも無いけど、……まぁとにかく、他の人じゃ無理だろうね」
「ふーん。総司も無理してねぇで、邪魔なら言えよな」
「大丈夫だよ」

 調度そこで巡察隊と合流して、僕と平助は別々に見廻りに出た。

 巡察から戻り、僕は土方さんの部屋へと向かう。本当は喋りたくなんか無かったけれど、少し気になることがあったから、後から報告しなかったと怒られるのも癪だし、まぁこれも仕事だしね。
 だけど室には土方さんの姿は無かった。この時間に出掛けるなんて聞いてない。直ぐ戻るだろうと僕は部屋で待った。もちろん大人しく待つ気なんて無い。引き出しを開け、例の句集を引っ張り出した。相変わらず酷い句ばかりだ。我慢出来ずにくくくと笑いが漏れてしまう。

 と、その時。
 障子が開いて怖い表情をした土方さんが入って来た。

「総司、てめぇ何してやがる!」
「巡察の報告のために、こうして大人しく待ってただけじゃないですか」
「大人しくだ? その手に持ってるのは何だ!」
「これですか? そうですねぇ、塵……みたいな物ですかね」

 僕の言葉に土方さんは大層立腹したようで、句集を取り返そうと襲い掛かってくる。僕はそれをひらりとかわした。それから僕等は少しの間、屯所内を走り回ることになる。
 屯所の隅で、とうとう追い詰められて句集を返した。必死な顔がまた笑えて僕は声を立てて笑う。土方さんは益々恐ろしい顔をしたけど、それがまた笑えて仕方なかった。
 余りに笑う僕の頭を土方さんがぶってきて、土方さんの部屋に戻る間に僕等は何度か小競り合いをした。それでも、部屋に戻れば土方さんは副長の顔に戻り、僕も真面目に報告をする。
 報告が終わり部屋を出る時、僕は最後にもう一度揶揄った。怒った土方さんは廊下に出てまで僕を捕まえ、何事か怒り散らして部屋に戻って行く。掴まれた腕が少し痛かったけれど、あんな土方さんの姿を見るのは楽しくて仕方がなくて、自室へ戻ってからもなかなか笑いが止まらなかった。
 そこへ薫がお茶を持って来る。ありがと、と言って受け取ったけれど、それは直ぐに机に置いて、僕は薫の腕を引き寄せた。そのまま僕の胸の中に納まる薫。――そうなる予定だった。
 胸元に痛みを感じる。突き飛ばされたのだと気付いたのは、少し離れた場所に薫が居るのを見てからだ。薫は俯いていて、表情が全く分からない。

「薫……?」

 呼びかけても返事が無い。

「ねぇ、どうしたの? 痛かった?」

 問いながら近付けば、その分薫は後ずさっていく。そのまま僕に何も言わず、薫は部屋を飛び出て行った。残された僕は長いこと呆然としていたようで、薫が持って来てくれたお茶はとっくに冷めていた。
 その日の夜、口付けの約束をしていたのに薫は部屋に来なかった。昼のことがあったから、僕も何となく薫の部屋に行きにくくて、余り眠れないままに朝を迎えた。
 徐々に屯所内に音がし始め、皆も起き出したようだ。僕も起きようと思って布団から出た時、聞こえていた足音の一つが部屋の前で止まる。すっと障子が開き、そこにはお茶を持った薫が立っていた。

「おはよう、薫」

 挨拶をしたのに、薫は無言で入ってきてお茶を置くなりさっさと出て行ってしまう。
 また返事をしてもらえなかった。
 でも最初の頃の薫はそうだったし、特に珍しいとも思わない。それに薫は朝食の用意とかもあるから、忙しいのかもしれない。
 この時の僕はまだ、少しだけ楽観的だった。
 けれど薫の無言はずっと続いた。お茶は淹れてくれるし、用を頼めばやってくれるけど、一切返事をしてくれない。触れようとすれば逃げるか抵抗したりする。抵抗と言っても喚いたりせず、全て無言だった。
 そんなことが続き、流石に異常だと思って、夜にお茶を運んできた薫を捕まえた。また無言で抵抗されたけれど、この時は逃す気なんて無かった。
 ぎりぎりまで抵抗されて僕は必死で取り押さえ、最終的に薫に覆い被さるように畳に押し倒した状態になった時、やっと薫は観念したようだった。

「薫、何で僕の事無視するの?」
「…………」
「僕のこと、嫌いになった?」

 何度か同じような質問をした。

「ねぇ、どうして何も答えてくれないの?」
「この間の夜、約束してたのにどうして来てくれなかったの?」

 けれど薫は僕から視線を逸らしたまま、ずっと無言だった。僕の心に、不安と怒りが同時に湧き上がる。

「答えないなら、今すぐ薫の事無理矢理襲うよ」

 自分でも分かる程に僕の声は冷徹だった。薫も気付いたらしく、漸く視線を僕に向けた。の目は怯えているようにも怒っているようにも見える。

「いい加減答えて、何で返事してくれないの? 僕が何かした?」
「…………お前って」
「何?」
「お前って、土方と仲良いよな」
「僕が? 土方さんと!? 何で? 全然仲良く無いでしょ。むしろあの人のことは嫌いなんだけど」
「でも、屯所の中を一緒に……走り回ったり……」
「あんなの僕が揶揄ってただけで」
「だからっ! 揶揄うってことは仲が良いって証拠だろ!」
「……薫?」

 叫ぶ薫の声が悲痛さを孕んでいて、どうしたのかと改めて顔を見ると泣きそうな表情になっていた。

「そんなに僕達が仲良く見えるの?」
「だって沖田……楽しそうに、笑ってたし……廊下で土方に、だ、抱き締め、られてたじゃないか」
「抱き締……ちょっと、気持ち悪い事言わないでよ! 僕がいつそんなことされたの?」
「前に……廊下で……」

 廊下? すぐには思い出せなかったけれど、どうやら句集を揶揄っていた日のことらしい。そういえば、最終的に廊下に出てまで僕を怒っていたっけ。粘着質な男だ。あんな人を、どうすれば好きになれるのか分からない。
 薫はどこから見ていたんだろう。角度によっては、もしかして抱き締められているように見えたのかもしれない――鳥肌が立った。

「冗談でも止めてよね。土方さんになんて……気持ち悪い」
「でも、沖田は楽しそうで……」
「楽しくなんてっ……あれ? もしかしてそれが嫌で僕を無視してたの?」
「…………」

 僕は一つ溜息を吐いた。

「どう見えてたのか知らないけど、僕は土方さんのことは嫌いだし、大体好きなのは薫だけなのに、どうして信じてくれないのかな?」
「……じゃ、なぃ」
「え?」
「土方の事だけじゃ、ない……沖田は俺のこと、邪魔だと、思って……」

 そこまで言って薫は嗚咽を漏らした。突然のことに僕は焦る。

「どうしたの? 何で泣いて……それより、僕がいつ邪魔なんて言ったの?」
「と、ど……に……」
「え、何?」
「と、藤堂に……俺の事、役立たずだって……」

 平助に? 僕が? 何の話だろう、大体平助と薫の話をした事なんて――そこで僕は唐突に思い出した。平助が、薫を僕の小姓から外せばと提言してきたことが一度あったじゃないか。あの日のことだろう。

「薫、どこで聞いてたの? 大体僕は、役立たずだなんて言ってないでしょ?」
「でもっ、邪魔だって言った……俺が、役に立たな、いから……なんだろ」

 泣き声の薫はつっかえながら訴えてくる。不謹慎かもしれないけれど、その姿がまた可愛くて、僕は押し倒していた薫をぎゅっと抱き締めた。

「僕自身は邪魔だなんて言ってないと思うけど?」
「でも、平助、に言われて、否定し、なかったじゃないか……!」
「だって薫の良い所を他の人に教えたら、他の人も薫を欲しがっちゃうかもしれないでしょ?」

 僕の胸の中で泣いていた薫が、ゆっくりと僕の背中に腕を回してきた。そしてぎゅっと抱き着かれる。驚いた僕に、薫が口を開いた。

「沖田が、俺の事……、要らなくなったんだと、思っ」
「そんなわけ無いでしょ? 僕は薫のこと、凄く好きなんだから。誰にもとられたくないだけだよ」

 そっと薫の髪を撫でると、薫の泣き声がさっきより少し大きくなった気がした。

「もう沖田に、飽きられたんだと、思って……、俺……」
「飽きるわけ無いでしょ? 大体薫を僕の小姓にしたのは、裏があるんだから」
「う、ら……?」
「そ、小細工して僕の小姓になるように仕向けたの」
「嘘だ……」
「嘘じゃないよ、気付いてなかったの?」
「…………」
「本当だよ、僕は薫が大好きなんだから」
「でも、藤堂に否定、しなかっただろ……」
「だからそれは薫を誰にもとられたくないからで」
「それでも、俺は悲しかったんだ……」

 薫が僕に縋る力が強くなった。堪らない気持ちになる。

「ごめんね、でも僕は薫を邪魔だなんて思ってないから、それは信じて」
「…………き……」
「え?」
「俺も、沖田が……好き…………だ」

 初めて言ってもらえた。薫がこんなことを言ってくれる日が来るなんて、思ってもみなかった。

「嬉しいよ」

 素直に言うと、薫はまたぎゅっと抱き着いてくる。それから喋れなくて寂しかったと、耳元で言われた。

「僕は話し掛けてたのに、無視したのは薫でしょ?」
「だって……土方と……」
「ふぅん、嫉妬しちゃったんだ?」

 薫は否定すると思ったのに、こくんと小さく頷いた。それから「続きして」と小さな声で言ってくる。

「続き?」

 続きって何だろう。でも薫はそれ以上は何も言ってくれなくて、折角しおらしくなっている薫を傷付けないよう、僕は必死で頭を巡らせた。もしかして――

 僕は薫に口付けた。
 続きというのは、結局薫は来てくれなかったけれど、きっとあの約束の夜の続きなんだと思ったから。そしてどうやらこれは正解だったらしい。唇を離して薫を見ると、涙を流した後のそれはそれは綺麗な瞳で僕を見上げていた。
 もう一度顔を近付けると、畳から頭を少し上げて薫の方から僕に口付けてくる。畳との間に出来た隙間に素早く手を入れて、薫の頭を抱くようにして僕は口付けを深めた。
 僕に縋る薫の手が震えている。どうしたらいいんだろう、可愛くて堪らない。

 どれだけ繰り返しただろうか。
 いつの間にか外は雨が降り出していて、夏を待つ匂いが部屋に満ちている。僕はやっと薫から顔を離し、昂ぶる気持ちを抑える為に外へと誘った。

「紫陽花でも見に行く?」

 けれど薫は首を振る。

「沖田と……二人で居たい」
「嬉しいけど、このままだと僕はもっと先がしたくなっちゃうよ?」
「……ん、いい」

 さっきまで泣いていたのに、その表情はいつもの恥ずかしそうなものに戻っていた。僕は思わず微笑んだ。

「本当にいいの? ずっと薫に触れなかったし、加減なんて出来ないかもよ?」
「いいって言ってんだろ、早く触れよ」

 しおらしい薫もいいけど、やっぱりいつもの薫が一番好きだ。もう一度だけ口付けて、そのまま薫の袷の中に手を差し込んだ。少し撫でるだけで、薫はびくびくと震える。随分と感度が良いらしい。胸を触ると「や、やだ……」と首を振られた。

「いや? 気持ちいいの間違いじゃないの?」
「っ、やだ」

 また涙目になっていた。
 もう少し触ろうと思ったけれど、触れ合っている薫の下半身が反応してきたのに気付き、僕の方も我慢がきかなくなる。手を下に滑らせ、着物の上からそこに触れた。薫の片足が上がって、可愛い声を出される。

「あんま煽らないでくれる? まだ明るいんだから、そんなに激しいことなんて出来ないでしょ? 人が来ちゃうかもしれないし」
「俺は、煽ってなんか……」

 反論してきた薫の顔は、普段の幼いものと違って随分と色っぽく見えた。布の上から触れていただけの手を中に差し入れ、直接触るともう先の方は雫が滲んでいる。

「あれ? もしかして触らなくても達けそう?」
「そっ、そんな訳無いだろ!」
「じゃあどうして欲しい?」
「さ、さわ……触って、ほし……」
「触るだけ? 舐めてあげようか?」

 僕の言葉に、薫は目許まで赤くした。返事に窮していたようだけど、結局恥ずかしさが勝ったようで「そんなことしなくていい」と言われてしまった。
 僕は分かったと言ったけれど、言葉に反して身を下げていく。裾を捲くって、触れていた薫自身を躊躇いなく口に含む。空気を飲む音が聞こえ、一拍置いてから薫は離れろ! と怒ってきたけれど、先端を吸い上げたら大人しくなった。
 丁寧に舐め上げると、快感を押し殺す薫の吐息が聞こえてくる。本当は声が聞きたいけれど、今はそれよりも気持ち良くしてあげたかった。
 しつこいほど舐めて吸って、先端の割れ目を舌で何度も攻め上げた。とうとう薫の限界が来たようで、薫が僕の名前を呼ぶ。僕の顔を離そうとしてか、髪を引っ張られたけれど僕は離れなかった。
 口内に熱が吐き出され、横目には薫の太腿が見えている。それは震えていて、女の子よりも白い気がした。
 薫の出した物を全て飲み込むと、「そんなもん飲んで、馬鹿じゃないのか!」と喚かれたけれど、薫の表情はどこか嬉しそうだった。
 あぁ、本当に可愛い。
 それから簡単な後処理だけして薫の前を整えると、薫は困ったような顔をした。

「続き……しないのか?」
「ん? して欲しい」
「っ、そういう訳じゃ」
「続きは、今夜したいな」

 薫の視線が僕を捉える。けれど直ぐに外されてしまう。その頬が少し赤い。この間の口付けの約束は反故にされてしまったけれど、きっと今夜こそ薫は来てくれるだろう。

2011.06.04
+憂里様に捧げます




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