無駄にした


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「6時間だ……」
「はぁ? 何がだよ?」

 昨日、帰り間際の薫にキスをした。
 するつもりだった訳じゃねぇが、少し話していたら離れた場所に千鶴が見えたのだ。そしたら千鶴の隣に居る平助も見えて、本当にごく自然に手を繋いだ二人を見ることになって、薫を見たら凄く寂しそうな顔をしていて……思わず、だった。薫が、何だか凄く可愛く思えてしまったんだ。

 その時は驚いた顔だけして逃げるように走り去った薫だったが、今日は朝から俺を捉まえ校舎裏まで連れて来た。昨日のこと、怒ってんだろうなぁどう謝るかな〜と考えていたら、冒頭の台詞を吐かれたって訳だ。
 6時間て……何だ?

「帰ってから、2時間! お前にされた事について考えてた! その後2時間! 学校に言ってやろうか悩んでた! 更に2時間! お前の事だけ考えてたんだ!」
「え……? それは、お前……」
「いいか、合計で6時間だぞ! 6時間、お前のことばっかり考えて俺は時間を無駄にしたんだ! どうしてくれんだ、宿題も終わらせられなかったんだからな! こんなこと初めてだ!」

 薫は怒っている。すっごく怒っている。…………口調だけは。
 だが聞く限り、これはつまりーーーー

「お前、俺のこと好きなんじゃねぇか?」

 そういうことに、なるんじゃねぇか?
 俺の言葉を聞いた薫は一度蒼白になってから、次に顔を真っ赤にさせた。

「どっ、どういう思考回路してんだ! 俺は時間を無駄にしたって言ってるんだ!」
「他のことが手に付かないほど、俺のこと考えてたんだろ?」
「っだから! それが無駄だって……」

 騒ぐ薫を胸に引き寄せた。「え……?」と驚く薫に向かって、我慢出来ずに笑いながら訊いてしまう。

「それで? 悩んだ結果、俺のことを学校側に密告ることにしたのか?」
「い、言う訳無いだろ! 俺が、男にキスされたなんて……そんなみっともないこと、バラせる訳ないだろ!」
「ふーん、なら付き合おうぜ?」
「は、はぁ? 何言ってんだ! どうしてそうなるんだ、俺はっ」

 騒ぎ立てる薫の顎を引いて、目を合わせた。途端、薫は黙ってしまう。それから困ったような、でも期待をするような目をするから、我慢なんて出来なかった。

「……またされちまったなぁ、キス。他の奴等にバラされたくなきゃ、俺と付き合えよ」

 唇を離しながらそう提案してみると、「生徒を脅すなんて最低だ……」と言いながらも、俺は脅されて仕方なく付き合ってやるだけなんだからな! と言って、また俺の元を走り去った。
 意外にも速いその足に驚きつつも、もう声が届かない場所にまで行った薫の背中を見ながら参ったなと、思わず呟く。昨日キスしちまったのは、別に薫を好きだと思ってた訳じゃねぇ筈なんだが。

 手を繋いだ千鶴と平助を思い出し、もしも千鶴が薫だったらと思っただけで、平助のことを迷わず殴れそうだと思ってしまった俺は、どうやら薫に相当ハマッちまっているらしい。


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