忌み月

鉄の味がした。
血など流したのはいつ以来であろうか。
久しく記憶に無かった為、最初は血であるとすら気付かなかった。

ぎしり、と鈍い音がすれば腕に痛みが走り、目の前の真紅の瞳が喜色を湛える。
俺の腕を締め上げるのは、其れ程にも楽しい事なのであろうか。
口元へと視線を移せば、楽しげに歪められていた。まがい物の、狂気染みた笑顔だった。

そいつの手が服の中へと滑り込む。
冷たい月明かりを受け凛冽になったのか、其れとも元々なのか。凍ったような手の平に触れられた途端、俺の身体は小さく震えた。
喉奥に止めろと叫びたい衝動が押し寄せていたが、口にするのは矜持が許さず俺はきつく唇をかみ締めた。


ふ、と耳元に笑いが掛けられる。
其れは瞬間的なものであったのに、嘲りの色が強く出ていた。
まがい物めと罵れば、弱い本物である方が余程不様だと返される。

ただ触れていただけの手が動き、服を裂かれた。俺の肌を見て、斎藤が自分の唇を静かに舐める。
舌の通った唇の艶が、紅さを際立たせていた。


怖気が走った。
俺の胸を、手の平が蹂躙する。
起ち上がっていた部分をきつく抓まれ、危うく声が出そうになったがかろうじて堪えた。

意思とは無関係に息が上がる。
ぎしりと不快な音がして、また腕が痛んだ。傷は直ぐ消えるけれど、痛みは少し後を引く。
俺が眉を寄せると斎藤は嬉しそうな顔をする。

何かを言ってやろうと思ったが、抓まれて紅くなった部分を舐められ、言葉を出すのは叶わなかった。
代わりに俺の口から不快な音が漏れる。然し不快であるのは俺だけで、斎藤は聞く度に喜び、嗤った。

其の顔が近付いて来る。
触れ合った其処の余りの冷冽さに、口付けだと気付いたのは斎藤の顔が離れてからであった。

「副長が待っている、今宵は帰らなければならない」

言葉の意味する処が解らず、俺は黙っていた。

「続きは明日だ、其れまで大人しく待っていろ」

そう言って、足に枷を付けられた。

「何を待てと……」

俺の問いに笑った顔は、不吉を孕んだ月を思わす。
闇夜に浮かんだ三日月が、去り行く斎藤を照らしていた。

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