蜂蜜よりも甘い愚考

「武田さん、別れ際の口づけはしないんですか?」
「えっ」

これまで何度も逢瀬を重ね、身体の関係まで持ったというのに、なぜか武田さんは別れ際に口づけようとすると逃げ腰になる。
彼の性格から考えて、僕以外の人と遊んでいるとは思えない。それにこんな関係になっておいて、嫌がっているわけではないだろう。
だからこそ理由が分からない。さっきまであんなことまでしていたというのに、いまはまるで純情な少年のような表情を浮かべているのも不可解だ。

「僕のことが、嫌になったんですか?」
「いや、そんなことはない。そうではなくて……その……」
「何ですか? 武田さんらしくもない、思っていることがあるなら言ってください」
「こんなことは、言いたくなかったのだけれど……」

一度僕から目を逸らし、躊躇いがちに畳に視線を落としてからようやく武田さんが僕を見る。

「口づけてしまうと、離れたくなくなってしまうから、あまりしたくないのだ」
「…………え?」
「聞こえてなかったのなら、私はもう帰るよ」
「いえ、聞こえてました。聞こえてましたけど、そんな理由だとは思いもしなかったもので」
「だから言いたくなかったと言っただろう」

確かにこんなこと、武田さんなら言いたくないだろう。
じわじわと、胸の奥から温かい感情が湧き上がってくる。我慢出来ずに、僕は吹き出して笑ってしまった。
笑うなと怒る武田さんが愛しくて堪らない。

「武田さん、好きです。ほんとうに、大好きですーーいつか離れずにいられるようになる日が来ると良いですね」

僕の言葉に、武田さんは悲しそうに微笑むだけだった。そんな日が来ないことを、きっと分かっているのだろう。
だけど刹那の幸せでも、幸せに変わりはない。
また会いましょうと言って、僕らは別れた。次に会ったときは、すぐに口づけをしよう。そのあとの少しの時間だけでも、離れずにいられる証として。



拍手ログ@掲載期間
2018.01.21 - 2018.03.31
title/誰花様

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