花落つる咎

以前、花を貰ったことがあった。
誰から貰ったものだったか、それはどうしても思い出せないけれど、花の美しさだけは今も鮮明に覚えている。

目覚めた時や巡察から戻った時、休憩をする時から寝る前まで、常にその花を愛でていたというのに、その花はたった数日で枯れてしまった。
酷くがっかりした。
同時に、こんなに早く私から楽しみを奪った花を、罪深いと思った。
以来私は、朽ちた花を見るのが嫌いになっている。


――無理矢理畳に押し倒した三木君の、私を見上げる目がやけに澄んでいることに違和感を覚えた。
これから私が何をしようとしているのか分かっていないのかとも思ったけれど、三木君の方から「いいぜ」と言われる。そう言った時にはもう、彼の目は不敵に細められていた。

「いい、と言うのは?」
「そのまんまの意味だよ、俺を襲う気なんだろ?」

驚いた。彼は私のやろうとしていることを、はっきりと理解しているようだ。
その上で、私の欲に任せて良いと言う。

「……何故」

自分から仕掛けておいておかしな質問だとは分かっている。けれど、訊かずにはいられなかった。
彼が男色だとは聞いたことが無い。それなのに、この物分かりの良さは何だろうか。
体勢の優位を取っているのは間違い無く私なのに、この不安は何なのだろうか。

「てめぇは兄貴が憎いんだろ?」

そして唐突に当てられた真実に、私の方が怯んでしまった。

「兄貴に手を出す根性は無ぇくせに、恨みを消す方法も分からないから、こうして俺に手を出して疑似的な満足を得ようとしてる訳だ。負け犬らしい、捻じ曲がった復讐心だな」
「…………」

三木君の淡々とした口調が、私の鼓膜を翳めていく。
聞きたくなくて塞いだ唇は、私の唇が離れるとまた不快な音を発する。

「お前は俺に手を出すことによって、今の立場も、なけなしの矜持さえも地の底に落とすんだ」

あぁ、その通りだろう。彼の言葉に、自分の行動を後悔した。
けれどどこか諦めたようなその声音が、私の興奮を呼び起こしてもいた。
再び塞いだ筈の唇の端から、「永遠に俺の兄貴に負け続けてりゃいい」という呪詛が吐き出されたけれど、そんなことのために私に身体を差し出せるこの子も、歪な欲に囚われているのだと気付いてしまった。

「君は、お兄さんが好きなんだね」
「当たり前だろ、兄弟なんだから」
「君のは、兄弟以上の感情だろう?」
「…………だったら何だよ」

真実を指摘すれば怒り出すのではないかと思ったが、三木君の口調はいつまでも静かだった。
彼の純粋な想いは美しくて、まるで花のようだと思う。
そしてあの日、簡単に枯れてしまった花のことを私は思い出した。
三木君のこの想いは、告げることも、許されることも無いまま、いつか呆気無く枯らされてしまうのではないだろうか。

「私は、美しい花が枯れるのは罪だと思っている」

伊東さんのことは、私の立場を脅かしたから憎らしく思っていたのだが、三木君の揺らぐこの瞳を見たら、彼の気持ちに気付こうともしないことが憎らしくなってきた。傍に居ながら、あの人は三木君の何を見ているのだろうか。
突然の私の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべた三木君は、「いや」と短い否定を返してくる。

「枯れる前に摘み取る方が、余程罪だと俺は思うね」

三木君の返事に、私は首を傾げる。
そうだろうか。
朽ちて醜くなる前に、その美しさを記憶しておくのは花のためになるのではないだろうか。
三木君のこの気持ちだって、報われずにただ朽ちていくよりも、哀しくも美しいまま思い出にした方が良いと思うのだけれど……そんなことを思っていると、私の髪をぐいと力強く三木君が引っ張った。

「だから、俺がてめぇの人生を摘み取ってやるよ」

無理矢理近付けられた三木君の口から、熱っぽい息遣いと共にそんな言葉が発せられた。
不穏な内容とは裏腹に、まるで愛を囁かれているような錯覚に陥る。

「それは、私のために君が罪を負うということかな?」
「てめぇのための訳ねぇだろ、兄貴のためだ。兄貴にとっても、お前の存在は邪魔なんだよ」

兄貴のためなら何でもしてやると、健気な言葉が続けられた。
あぁそうかと、私は納得する。
彼の想いは永劫続くのだろうけれど、彼の希望の花はとっくに朽ちていたのだ。

矢張り、花が枯れるのは罪だと思う。
私は、朽ちた花を見るのが嫌いなのだ。

「私を、好きになってはどうだろう?」

思わず出した提案は、罵倒と軽蔑と非難だけしか返してもらえなかったけれど、堪らずに貪った口付けは、その罪の味は、恐ろしい程に甘かった。



2017.02.28
title/Lump様

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