水族館の夜
※武田さんが水族館の警備員
どうしてこうなったのかは思い出せない。
覚えているのは、水槽の色が映されて青く見えた武田の瞳。
それが今、自分一人に向けられている。
余りに綺麗で、柄にも無く緊張した。
からからに乾いた唇が、水を欲している。
こくりと喉を鳴らした小さな音は、夜の水族館に木霊した気がした。
水槽に押し付けられてる俺の腕を、掴む武田の掌が熱い。
意識を腕からまた目の前の武田に戻す。
制服の武田を見るのは珍しいけれど、警備服はなかなかに似合っている。
今夜武田が臨時で水族館の警備をするのだと知った俺は、早速見回り時間を調べ上げて中に進入した。
誘うつもりで入ったのに、いざそれが成功したら緊張してしまうだなんて。
「武田……」
その名前が、喉に張り付いたような錯覚。
俺はきちんと呼べただろうか。
武田の顔が僅かに揺らいだ気がした。
いや、気のせいなんかじゃない。近付いてくる。
俺に陰を落とす武田の瞳から、光が消えた。
同時に熱。
軽く触れられただけなのに、掌よりずっと熱い。
「防犯カメラに映っちまったんじゃねぇの? お前が、男の俺にキスしてるとこ」
離れた武田にこう言ったのは、照れ隠しに近かった。
怒るかと思ったのに。
「どうせ映ってしまっているのなら、もう一度しようか」
武田はいつだって俺の予想を超えてくる。
されそうになった二度目のキスに、ぎゅっと目を瞑った。
俺に掛かる息が笑っているような気がしたのは、気のせいだろうか。
2017.03.14