忘れな雪

口付けたのは、雪が降っていたから――

何しやがる、と俺を押し退けた土方の手は悴(かじか)んで力が無かった。
その手を掴み、温めてやろうと思っただけだと笑って言えば、頼んでねぇだろと目を逸らすくせに俺の手を振り払わぬのだから罪なものだ。
嫌ならば逃げれば良いと言えば、嫌だとも言ってねぇだろと困った反応を示す。一体どうすればこの男はもっと素直になるのだろうか。

嫌でないのであれば、もう一度しても良いのだな。そう確認した俺に、返されたのは舌打ちだった。直後、俺の胸元を土方の手が思い切り掴み、強い力で引っ張られた。無理矢理合わせられた唇は、やけに冷えている。
てめぇの思い通りにされてたまるかよ、と言うその下らない意地が愛おしい。口付ける事が目的なのだから、貴様の方からしたとて結局俺の思い通りなのだが、と言えば案の定怒り始めたけれど。

話している間も雪は降り続け、土方の髪の上に白が積もる。
融ける事の無いそれを見て、気付けば再び口付けを落としていた。少しだけ離した唇の先で、土方はまた何しやがると言った。だがそれは随分と静かな口調だった。珍しい事もあるものだと思った矢先、土方がまた口を開いた。

それだけで止めるんじゃねぇよ。

聞き間違いかと土方を見れば、その紫の目は真っ直ぐ俺に向けられている。自分の吐いた息が白い。空気に融けたその白には期待が含まれていた。

無論、そのつもりだ。

囁く俺の声に土方の髪が僅かに揺らぐ。期待をしているのは俺だけではなかったようだ。

寂びれた宿へと向かう道すがら、雪の所為だと嘯かれた。羅刹を思わせるその色に、居た堪れなくなるのだと言う。
だから束の間だけでも忘れさせてくれと、凍えた指を絡められた。
握り返したその指にも口付けて、忘れられぬ日にしてやろうと言った俺に、微笑み返した男の顔を俺の方が忘れられなくなってしまったのだけれど。



(拍手掲載文)
2016.03.16

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