後日談のその後:大団円編

新選組で斎藤が何をするのか見届けてやると、俺は約束をした。
時代が変わり新選組が無くなった今、その約束を守る必要も無くなった。

斎藤が新選組に戻った夜、上がっていたあの月が今夜も微笑んでいた。
美しくも不吉な月。
けれどもこの夜、俺は斎藤の元へと向かった。

斎藤の泊まる狭い宿に忍び入る。
人の気配を察した斎藤は布団から飛び起き、すぐに刀を構えた。
ここまで来て、斬られては堪らない。俺はすぐに声を掛けた。

「俺だ」

斎藤は驚いた表情を見せ、信じられないといった響きでもって俺の名を呼んだ。

「風間……?」

何故、と言いたげなその口振りに俺は目的を告げる。

「迎えに来たぞ」
「何を言って……」
「何だ、離れて過ごして結局俺を忘れたか?」
「そんな事は無い」
「新選組が無くなったな、これで俺達が離れていなければならない理由も無い」
「……俺は……」

新選組が無くなったところで、斎藤には斎藤の生活があるのは分かっていたし、すぐには決断出来ないであろう事も分かっていた。
それでも俺が来たのは、もう離れている事など出来なかったから。
俺と知って刀を下ろしたものの、悩んで困っている斎藤に俺は静かに近付いた。

「ずっとお前を見続けて来た、お前の事だけ考えていた」

声を掛けながら、更に近付く。
その場を動かぬ斎藤を、そっと抱き締めた。

「共に暮らしたい」

耳元で告げると、斎藤がぴくりと動き緊張したのが分かった。

「明日まで待つ。それまでに決めろ、俺はもう待てん」

我慢のきかない男だと思われるだろうが散々待ったのだ、斎藤を手に入れる機会を。
斎藤は俺の腕の中で大人しく頷いた。
では明日、返事を聞きにまた来る……と言いかけた時に斎藤に着物を引かれ、斎藤から口付けられた。
長く触れ合う事など無かったその熱に、俺はみっともなくも胸が高鳴りすぐに対処が出来なかった。

唇を離した斎藤を見ると、潤んだ目で俺を見上げていて、そんな目を見せられれば我慢など出来る訳も無く―――
斎藤が寝ていた布団へと押し倒し、堰を切ったように深く激しい口付けを交わした。

口付けながら斎藤の胸に手を這わす。
斎藤は俺の手の動きに反応を見せながらも、必死に俺の着物を脱がせようとする。
積極的な斎藤など初めてで、俺は久々の斎藤にもその行為にもとても熱くなってしまった。

急いで斎藤も脱がす。
暗がりでも分かるその白さに、何度か味わった筈のその肌に、俺は少し緊張をした。

けれどすぐ斎藤が俺自身に触れ、小さく「風間」と呼ぶ声のその切羽詰まった息使いを感じてしまえば、緊張などはすぐに消え、前戯を施す余裕も無いまますぐに斎藤の奥へと指を向かわせた。

余りに夢中でよく解せないままに挿入したが、斎藤は嬉しそうに受け入れた。
少し腰を動かしただけで斎藤は高い声を上げ、そして何度も俺の唇を求めてきた。どこもかしこも斎藤と深く繋がり、嬉しくて幸せで、達する際には思わず愛の言葉を囁いてしまった程だ。

一度では終わらず、何度もお互い求め合う。
最後に果てた後は、強く強く抱き締めた。斎藤も俺の背にきつく抱き着く。
その状態で息を整えていると、斎藤が呟いた。

「俺の気持ちは決まっている」

俺は慌てて顔を上げた。
斎藤が気持ちを決めた時、それはいつも俺から離れる時だったから……けれど見つめた斎藤の顔は穏やかだった。

「あんたと一緒に居たい」

―――言葉が出せなかった。ただ、斎藤を見つめる事しか出来なかったのに、何故かその斎藤の顔がはっきり見えない。
どうしたのかと思った時に、斎藤が「泣くな」と言った。

「鬼は泣かん……」

返した声が震えていて、俺は自分が泣いているのだとその時初めて知った。
恥ずかしくて、斎藤から離れようとしたのだが斎藤に引き戻され強く抱き締められた。

「あんたが好きだ……」

言われた言葉にまた目から光が零れるが、抱き締められている俺の顔は斎藤にはきっと見えないから。素直に目を閉じ、流れるままに涙を落した。

落ち着いた頃、すぐにでも斎藤を連れて行こうとしたのだが、世話になった者達に挨拶をして行くと言って、俺の元へは明日来ると告げられた。
離れ難かったが、俺は自分の屋敷へと戻った。


次の日、俺は気が気ではなかった。
本当に斎藤は来るのだろうか、気が変わってはいないだろうか、俺の夢だったのではないだろうか―――

一日をこんなに長く感じたのは初めてであった。
夜になり、昨日よりも少し膨らんだ月が世界を照らす。思ったよりも早く訪れた斎藤を、俺は駆けて迎えに行ってしまった。
今にして思えばみっともない。もう少し落ち着いて迎えるべきだったと思う。

斎藤の少ない荷物を屋敷に入れてから、酒を持って外へ出た。斎藤が来た事を祝う為だ。
飲みながら月を見上げる。その姿の何と美しい事か。やっと斎藤を手に入れた俺は、世界が輝いて見えた。
大して強い酒でも無いのに、俺は酔ったのかもしれない。

「月に手が届きそうだ」

思わず口に出してしまい、斎藤が可笑しそうに笑った。

「随分可愛い事を言うな」

すぐに我に返った俺は今の言葉を悔いたが、それでも改めて見上げた月の大きさに、矢張り手が届くのではないかと思った。

「木に登ればもっと近付けるぞ」

そう言って斎藤を見ると、静かに微笑まれる。月を思わすその雰囲気に、思わず口付けてから斎藤の手を取る。

「どこへ行く?」

訊かれてすぐに指をさす。

「あの木へ登る」

近くに大きな木があるから、そこの枝から見える月はきっと今より大きいだろう。
斎藤を連れ、枝へと腰掛けた。
先程俺を笑った斎藤も、そこから見える月に見惚れているようであった。
暫しの間静かに月を見上げていたが、斎藤がぽつりと呟いた。

「月を見る度、あんたを思い出していた」

その言葉に驚いて、俺は月から斎藤へと視線を移す。

「あんたの髪の色によく似ているからな」

そう言った斎藤の視線も俺に移る。その表情は矢張り月を思わせた。

「俺も……月を見る度、お前を思い出していた」

去って行く斎藤の、あの後ろ姿を。
俺の言葉を聞いた斎藤は、静かに微笑み

「そうか、俺達は……最初から同じ気持ちだったのだな」

月を見る為に上った枝で、俺は結局斎藤に夢中になる。
引き寄せ、唇を求め、素肌に触れた。
こんな場所でと言われたが、拒絶の言葉など聞きたくなくてまたすぐに口を塞いだ。
抱き締めて、斎藤に触れる。
既に熱を持った斎藤を解放してから、俺達は木を下りた。

これからは月を見ても辛くは無い。
見る度思い出していた斎藤は、もう隣に居るのだから。



2010.04.13