後日談のその後:異体同心編

あれからどれだけ経ったであろうか。

時代が変わり、剣など必要の無い生活に落ち着くかと思われた斎藤は警視官となり、常に何かと戦っていた。
俺は約束通り、その斎藤の生き様を陰から見守っていた。

そんなある日、斎藤に結婚の話が持ち上がった。
離れていても俺を忘れないと、その心は俺のものであると約束をした斎藤は一体どうするのであろうか。ふと不安になった。
今でも斎藤は、俺との約束を忘れてはいないのだろうか。

あの日から随分経っている。
もしかしたらこうして俺が見守っている事すら、斎藤は忘れているかもしれない。
俺の不安は的中した。

どうやら結婚の話は進んでいるようであった。俄かに斎藤の周りが華やぎ出す。
相手の女は随分と名の知れた名家の娘のようで、それを知った時の俺は立っているのがやっとであった。

仕方の無い事だ。所詮人間との約束など、守っている俺がおかしいのだ。会っても居ない俺の事など、斎藤はとっくに忘れていたのかもしれない。
俺とてかつては女鬼を探していた身。婚儀が人間にとっても大事な物である事など、頭では分かっている。

それでも――悔しかった。
屋敷に戻り、すぐに女鬼を探す手筈を整えようと思った。
それなのに斎藤と共に過ごした思い出のある寝所に入った途端、そんな気持ちは消えてしまった。
少しの時間しか一緒に居なかったというのに、思い出すのは斎藤の言葉。

「俺は、離れていてもあんたを忘れない」

そしてそれを言った時の真摯な目。
忘れる事など出来なくて、それがより悔しい気持ちを高まらせる。俺だけが、忘れられずに居るなんて……

悔しいと思うのに、斎藤の方から反古にされた俺達の約束などもう守る必要など無いのに。
それでも俺はまた斎藤を見に町に下りる。

それから幾日経った頃であろうか。どうにも雲行きが怪しくなってきたようだった。
斎藤と結婚の約束をした筈の女が何か怒っているようで、斎藤は冷静に宥めてはいたが、その態度が気に入らないのか女は余計に怒っていた。
次の日も、次の日もそれが繰り返されていた。

俺は二人が何を揉めているのか気になって、かなり近くに寄ってみた。
聞こえてきた声は、俺の呼吸を乱すものであった。

「一さんは忘れられない方でもいらっしゃるのですか?」
「……いや」
「では何故私を見て下さらないのです?」
「女性がそう怒るものではない」
「はぐらかさないで下さい、いつも一体誰を想ってらっしゃるんですか? 私が気付かないとでも……」

そこまで聞いて、すぐに離れた。
その後も女は斎藤を責めていたが、斎藤は至って冷静に返事をしていたようだ。

数日後、あれだけ華やいでいた斎藤の周りは閑散としていた。
どうやら結婚の話はなくなったようで、それでも斎藤の表情に悲しみはなく、それどころかどこか安堵しているようにも見えた。
それから幾度か持ち上がった結婚の話を、斎藤は全て断っていた。

「人間が信じられるものであると、俺が証明してみせる」

斎藤はそう言った。もう充分だと思った。今では人間を信じていると、だからもう自分の人生を歩んで良いと、言いに行こうと何度も思った。

けれど。
会えばきっと俺は言う事なんて出来なくなる。その目を見たら斎藤が欲しくなる。見守ってやると約束したのに、手に入れようとするのでは約束を違える事になる。
だから会いになど行けなくて、結局俺達は一度も会わないまま斎藤はその生涯を終えた。

鬼と人間では寿命も違う。
残された俺は改めて女鬼を探そうかと思った。
もう約束を守るべき相手も居らず、何も俺を縛るものなど無いというのに、それでも俺は出来なかった。

言葉こそ交わさなかったが、斎藤の生き様は生涯俺を忘れずに居たのに間違いは無く、俺も斎藤程に夢中になれる者など居ないだろうと思った。
会う事も無かったのに、それでも俺達の心は誰よりも深く繋がっていたに違い無い。
例えこの世に居なくとも、これからもそうでありたいと願う。

俺の残された生涯は、斎藤を想って過ごす事になる。



2010.04.13