土方ルート
目を覚ますと見慣れた天井が見えた。頭がぼんやりして時間の感覚が無い。今が朝なのか昼なのかも分からないが、明るいので夜ではないのだろう。ゆっくりと頭を巡らすと、俺の部屋とは違う家具が見える……。
「ここは……」
どこだ、と続けようとして声が掠れているのに気付いた。少し喉も痛む気がする。その時、「目ぇ覚めたのか」と、聞き覚えのある声に訊ねられた。
「……副長?」
声のする方へ視線を向けると、複雑な表情をした副長がこちらを見ていた。何故俺は副長の部屋で寝ているのだ。
慌てて起き上がろうとして全身に痛みが走り、結局布団に倒れこむ。
「……?」
自分に起きている事態が飲み込めず、考えを巡らせていると副長が「大丈夫か」と声を掛けて来る。続け様に「今日は寝ていろ」と、普段の副長からは想像も出来ない程の優しい声音で言われた。
「……申し訳ありません、ところで何故俺は副長の部屋で寝ているのでしょう」
かねてからの疑問をぶつけてみると、副長は珍しく言い淀み、覚えてねぇのかとだけ問うてくる。
覚えてない? 何のことだ?
そう言えば、昨日俺は何をしていた? 確か副長に言われて、廃屋に行った……。
いや、向かったはいいが、俺は廃屋に行っていない気がする。ではどこへ行ったのだ。どうも記憶があやふやで、しっかり思い出すことが出来ない。
「昨日は、薩摩藩の会合について副長から命を賜っていた気がしますが……」
覚えていることだけ言ってみると、副長は顔を曇らせる。
そんな副長を見ながら、いい男は顔を顰めても変わらないのだな、などと場違いな考えをぼんやりとしていた。
「覚えてねぇんなら……それでいい」
癖のように眉間に皺を寄せた副長の顔は、怒っているというより何だか辛そうに見える。
「副長、何かあったのですか? 辛そうですが……」
布団に寝たままの状態で失礼かとは思ったが、表情の意味が知りたくて質問をすると、副長は苦笑いのような顔になった。
「気にすんな、とにかく今日は寝てろ。欲しい物があれば持って来てやる」
そして不自然なほど優しい言葉を投げかけてくる。
「……俺は、何か失敗でもしたのでしょうか」
「そんなことはねぇよ。いいから気にすんな、思い出さなくていい」
優しい副長に違和感を感じ、考えられる事態を想定して質問してみるも、静かだが有無を言わさぬ口調で返されるだけだった。
しかし気にするなと言われても、これだけ不自然な態度を取られて気にならない訳が無い。
だが、副長にしつこく聞いたところで答えてはもらえないだろう。俺は別の疑問をぶつけてみる事にした。
「ところで、身体中が痛いのですが何故でしょうか」
「……いいから、寝ていろ!」
しかしこれさえも、怒ったように言い付けられるのみで、俺はもう静かにするしかなくなる。副長は俺が大人しくなったのを見て机に向かい、そして俺に背を向けた状態で続ける。
「俺はここに居るから、何かあったらすぐに言え」
「……有難うございます」
意味が分からなかったが、これ以上の質問などさせてもらえそうにない。
それに少し話しただけなのに、何故だか疲れてしまって俺は素直に寝ようと思い目を閉じた。
――その瞬間、突然昨夜の事が思い出された。
「うっ……!」
記憶の衝撃で、俺は声を上げる。
「どうしたっ!」
副長が慌てた口調で俺へと振り返るが、嫌悪感と恐怖に似た感情が湧いた俺は、副長の前で呼吸を荒げていく事しか出来なかった。
苦しそうな俺を見た副長は、何かを察したのか一度動きを止めたが、すぐに近付いてきて……そして、寝たままの俺を抱き締めた。
「……副、長?」
副長にあるまじき行為に、俺は驚きを隠せない。何故、副長がこんな事を……。
「斎藤……」
俺の名を呼び、俺を抱き締める力が強まる。
「ばかやろう! 俺は廃屋の見回りをしろ、つっただけだろうが! 勝手な事しやがって、こんな……」
言葉は俺を責めるのに、その声が、伝わる肩の震えが、俺を心配しているのだと言っている。今の副長は、とても普段「鬼の副長」と呼び称されるような男になど見えない。
「副長……申し訳ありません」
先程見えた副長の辛そうな表情…その原因が自分だと思うといたたまれない気持ちになり、俺は謝るしか出来ない。
「うるせぇ、そんな言葉だけで許すか!」
「申し訳ありません、俺は……」
俺は副長命令に背き、その結果こんな状況に陥ったのだ。俺には心配してもらう資格など無い……そう続けようと思った時、突然口を塞がれた。俺の言葉を奪ったのは副長の唇であった。
「……んっ」
思ったよりも深く口付けられ、俺は息苦しくなる。何故こんな事をされているのか……。理由を聞く為に唇を離してもらおうと副長の肩に手をやったが、その腕はあっさり掴まれ布団に押しつけられる。
強く押しつけられている訳ではないのに、抵抗出来ない。やっと唇を離されてから、副長は俺の顔を覗き込んできた。
「反省してんのか」
「勿論です……」
もっと何か違う事を言われると思った俺は、副長の質問に少し動揺した。いや、動揺するなど……俺はどんな言葉を期待していたのだろうか。
それにしても、相変わらず俺の腕は布団に押し付けられたままだ。副長はこれから何をしようというのか。
「あの、」
「嫌だったか?」
疑問をぶつけようとした俺の言葉に、被せるように副長が質問をしてきた。嫌だったか、とは今の口付けの事だろう。
「いえ、そんな事は……」
そうだ、俺は嫌だなどとは思わなかった。ただ何故そんな事をされたのか、それが聞きたい。だが俺が質問するより先に、また副長が質問してくる。
「そうか、ならこれから仕置きをするが、構わねぇな?」
訊いておきながら俺の返答も待たず、即座に副長は俺の胸元に手を差し入れ、前を肌蹴させた。その手で俺の胸をまさぐりながら、再度口付けてくる。
触られている胸が、俺の意志とは無関係に敏感に反応し、更に先程よりも熱い副長の唇にも翻弄され、俺は痺れるような感覚に陥った。
思わず副長の袖を掴んだ時、やっと唇を離された。俺達の繋がりの余韻が、俺の口の端から零れる。
「はぁっ……副長、何を……」
「口だけの反省じゃ、意味ねぇじゃねぇか」
言うなり、今迄に無い程の激しい口付けをされる。副長の舌が、俺の口内を蹂躙してくる。しかしどこか俺を求めるような感触があり、普段冷静な副長の熱さを感じて、俺の胸も熱くなった。
仕置きと言われたが、これがそうなのだろうか・・・その時、突如俺は大事な事を思い出し、副長を強く押し戻して伝える。
「副長、申し訳ありません。三番隊に間者がおりました」
俺の言葉に副長が小さく舌打ちをする。
「後にしろ」
「そう言う訳にはいきま……」
言い掛けた俺の顎を副長が掴み上げたかと思うと、強引に俺の口を塞いできた。副長を押し戻した俺の腕も、いつの間にか副長の手によってどかされている。
こんな大事な事なのに、副長ともあろう方が聞く耳を持たないなどとは……しかし、深い口付けは終わる気配を見せず、俺は言葉を繋ぐ機会に恵まれない。
「んっ……」
長く続くその行為の余りの熱さに、蕩けそうになる。
やっと離された副長の唇は濡れていて、その艶めかしさに俺は知らず心臓が高鳴った。
普段は尊敬の念でしか見ていなかったが、副長の美しさを目の当たりにして、よく今迄普通に話せていたものだと自分自身に驚きさえ感じた。
ふいに副長が口を開いた。
「昨夜、お前以外の三番隊が全員戻ってきた」
「全員? そんな筈はありません、一人俺と一緒に居た者がおります」
「……そいつは隊士じゃねぇ。三番隊は全員居る」
「え……」
「てめぇはそんな事も把握出来てなかったのか!」
訳が分からず、返事が出来なかった。黙った俺に副長が続けた。
「昨日のお前の行動を、許す訳にはいかねぇ」
「……はい、申し訳ありません」
それからまた口付けをされた。深く、熱く、永遠に続くかと思う程に長く。
もう俺の口内で、副長の触れていない部分など無く、俺の全てを副長に知られたような恥ずかしさと嬉しさが交錯する。
口付けながら、俺の胸を手で弄っていた副長は、俺から口を離すと胸まで下って舐め始めた。
その顔が動く度、副長の長い前髪が優しく触れてくる。
肌蹴させられただけで脱がされてはいない着物も擦れ、俺は必要以上に感じてしまった。
「あ、副長っ……」
思わず副長の頭に手を置いてしまうが、副長に対して失礼だと思いすぐ手を引いた。すると俺が引いた手を掴み、
「触っていていい」
副長が俺の行動を許可して下さるので、遠慮がちにではあったが俺はその美しくたおやかな髪にまた触れてみた。
胸を吸い上げられ、感じる度に副長の頭を強く掴んでしまう。その都度、俺に快感を与えてくるのが副長であるのだと再認識する。
甘美なお仕置きだと思った―――この時までは。
口付けも長かった副長は、一箇所を攻めるのが長い。
俺の胸で、これ以上無い程に起立した突起を副長はまだ攻め続けていて、俺は気持ち良さで息苦しくなっていた。
「副長、、もう止めて下さい……」
「それじゃ仕置きになんねぇだろ」
「……申し訳ありません」
そうだ、これは副長のお仕置きなのだ。俺の意見など聞いてもらえる訳が無い。
だから、口付けられている時から既に熱を持ってしまっていた俺自身になど、触れてもらえないだろう。
しかし熱を持って久しいそこが余りに辛くて、俺は自分で自身を触ろうとした。するとその手を掴まれ、叱責される。
「何勝手な事してやがんだ、大人しくしていろ」
俺は熱に触れる事すら許されず、けれど副長も触ってはくれず、もどかしくてたまらない。刺激を求めて腰を動かすと、それも副長に咎められた。
「何してやがる、大人しくしてろっつっただろーが」
熱くてじれったくて、苦しいのに我慢をさせられて、俺は辛くて薄らと涙が浮かぶ。
それに気付いた副長が触って欲しいかと訊いてくる。素直に答えたらまた咎められるのではないかと思い、俺は震える声で「いいえ」と答えた。
副長は俺の返事に対しては何も返してくれず、黙って俺の着物の前を完全に開き、体を露呈させて胸から臍までを丹念に舐めてきた。
その刺激でまた震え、俺自身が更に熱を持ってしまって辛かったが必死に耐える。徐々に俺の下の方へと下りた副長は、とうとう俺自身に到達した。
そして膨張しているそこを、下から上へとゆっくりと舐め上げる。
身体が大きく反応してしまう。これからされる事を思うと、その想像だけで俺は達してしまいそうになった。
しかし俺の思いとは裏腹に、一度舐めただけで副長は俺自身は放置し、後ろの窄みへと舌を這わせる。
一瞬だけの罪な刺激を受け、俺は最早我慢など出来ずに再び自分で触ってしまう。それに気付いた副長がまた俺の手を強引に剥がし、俺の熱の解放を許してくれない。
「副長っ……触らせて下さい」
辛くて辛くて、とうとう俺は懇願する。
「駄目だと言ってるだろう、聞き分けろ」
しかし副長は許してくれない。
「お前の勝手な行動の罰だ、我慢しろ」
熱さと辛さで、先程浮かんだ涙が滲む。副長のお仕置きは、俺には充分過ぎる効果があった。もう二度と勝手な行動はしないから、早く俺を解放して欲しい。
「副長、もう二度とご迷惑はお掛けしませんから……」
だから、触らせて下さい……。そう続けようと思った時、副長が
「何回言えば分かるんだ? 駄目だ」
そう言って俺の腕を、先程脱がせた俺の腰紐で縛り上げてきて……俺は、昨夜と同じ格好にされていた。
「副長……!」
昨夜の事が鮮明に思い起こされ恐ろしさが蘇った時、眼前に副長の顔が迫り、また口付けをされた。
「んっ……」
変わらず熱く深い口付けは、恐ろしい記憶を少し霞ませる。そして口付けたまま、突然俺自身を副長が握って来た。
口が塞がれているので、くぐもった声が出る。焦れて焦れて相当に膨張していた俺は、突然の刺激にすぐに出そうになってしまった。
しかし副長は俺の根元をきつく握り締めて、出せないようにしてくる。やっと唇を離され、最初に言われたのは「勝手に出すんじゃねぇぞ」。
矢張り副長は俺の解放を許してはくれなかった。そしてそのまま俺の窄みに指を押し付けてきた。
先程舐められはしたけれど、まだ完全には解れきっていないその場所に、副長はゆっくりと指を挿入し始める。
お陰で傷付く事無く俺の窄みは指の侵入を受け入れ、すぐさま一本目の指の付け根までが入った。
その指を、俺の中であらゆる方向へと折り曲げながら動かしてくるから、もどかしい感覚に襲われ、知らず腰が動いてしまった。それに気付いた副長が、指を増やした。
増やされた指が俺の中を蹂躙してきて、段々と水音が聞こえ出す。その卑猥な音に俺は恥ずかしさが募り、きつく目を瞑った。
その所為で、俺は副長の次の行動に気付かなかった。
まだ二本しか入れられていなかった指を抜かれると、突如副長が挿れられた。
「あっ、あぁぁ!」
昨夜、何人もの男を受け入れていた俺の入口は、迷う事無く副長を取り込む。
「斎藤……何だ、きついじゃねぇか」
しかし入れている副長は、自身の質量に対して俺の中が狭かったようで、息苦しそうにしている。
俺は俺で、強く握られている俺自身が辛くて息苦しい。そんな中、副長が動き出した。
最初は動かし辛そうにしていた副長も、徐々に俺の中の滑りが良くなり、どんどん攻める速度を速めてくる。
「あっ、あぁ、っあぁ、あぁぁっ」
俺は副長の動きに合わせて声を上げてしまう。
副長の長く激しい追い立てに、本来だったらとっくに達している筈の俺自身は、抑えつけられ解放を許されない。
狂いそうな程の快感に見舞われた。このままされ続けたら、俺は俺でなくなってしまいそうだ。
それでも止まらぬ副長の律動に、究極の快感と苦痛が同時にきて、涙が零れ落ちてしまう。
「副長っもぅ、もぅ許して、下さ……」
俺は恥も外聞も無く、喘ぎの間に間に副長に許しを請う。けれど副長は決して手を離してくれなかった。
そのまま律動を最高に早め、俺の中に副長の熱が吐き出されたのを感じた。
俺の背中を快感が走る。けれど俺の根元はまだ握りしめられていて、もどかしさだけが募っていく。
副長は、自分が果てたにも関わらずまだ俺を離してはくれなくて、
「一回で終わりだとでも思ってんのか」
そう言って、抜かずにまた動き出した。既に副長は回復しつつあり、動きながら俺の中でどんどん質量が増していく。
「あ、もう無理です、副長、副長っ」
俺は何度も極まるが、達する事が出来ず昨夜よりも激しい声を上げていた。絶え間無く突き上げられ続け、休む暇も無く声を上げ続ける俺は、口を閉じる事が出来ずに目からも口からも滴が流れ出す。
そんな俺を見ても副長は何も言わず、ただ動きを早めていくのみだ。
啼き過ぎて思考も虚ろになってきた俺に「まだ寝るなよ」という、副長の低い声が掛けられた。
その後副長が俺の中で果て、引き抜かれる。
俺はやっと終わったのだと思い、息を整え始めたのだが、気付けば副長が俺の顔の側まで来ていた。
そして、俺の呼吸が整いきらないうちに、俺の口の中に副長自身が差し込まれる。
その大きさに、俺は全てを含む事など出来ない。しかし副長は俺の頭を押さえ、容赦無く喉奥まで突っ込んできた。
喘ぎ続けて涸れた喉に、副長の先端から流れ出ている蜜が絡み付いて苦しくなるが、息をしたい余りに俺は喉を鳴らして副長の流す液を飲み込んでいた。
「何だ、飲みたかったのか? これじゃあ仕置きにならねぇな」
そんな俺を見て副長は呆れたように言い、俺の口内で達する事無く自身を引き抜いた。それからまた俺の上へと移動し、俺の熱を握り直し、先程まで副長を飲み込んでいた俺の窄みへと自身を入れ直す。
また、俺の啼く時間が始まる。
激しく俺を攻め立てる副長の動きに、とうとう俺は涙が止まらなくなった。泣き出した俺を見て、副長がやっと俺を握っていた手を離した。
次の副長の突き上げで俺は直ぐに果てるが、我慢させられていた分熱くなっていたものが、俺の腹に長い事出続けていた。
欲が全て吐き出されたのを確認した副長が、俺の左足を持ち上げて自分の肩に掛けた。その所為で俺の身体が右へと傾き、俺の腹の上に出ていた白濁液が流れ落ちるが、副長は気にせずその格好のまま激しく突き始める。
今迄とは全く違った刺激が俺の快感を強め、あられもない声が出るが、止められなかった。
副長に揺すられる度に、俺の下に流れた液が俺の下でびちゃびちゃと音を上げ、俺と副長の繋がっている部分がグチャグチャと音を立てる。
二箇所からあがる卑猥な音も、俺を攻め立てていた。
―――それからは、何度達したか分からない。
俺はだらしなく蜜を垂れ続け、副長が動く度に相変わらず啼き続けていた。
俺の中に、もう何度目になるか分からない副長の欲が吐き出される。それでも副長はまた俺を攻め上げる。もう声も嗄れていた。
とうとう俺自身の限界が来る。
朦朧とし始めた俺が最後に果てる直前、副長が俺の耳元に顔を寄せ
「斎藤、俺が忘れさせてやる」
低く、小さくそれだけ呟かれたのを聞いた気がする。俺は言葉の意味を理解する事無く意識を失った―――
目が覚めた時、俺はまた副長の部屋の布団に寝かされていた。
違うのは、副長が部屋に居ない事だ。
縛られた腕は解かれていて、着物もきちんと着せられている。腕を見ると、縛られていた場所に薄く血が滲んでいた。
その時、副長が俺に呟いた言葉を思い出す。
"俺が忘れさせてやる"
そうか、俺が昨夜浪士達に付けられた傷は、全て上から新しく副長が傷を付けていた。俺の痛みは全て副長が与えたものに変えられている。
「副長……」
俺は自分の傷を見ながら副長へと想いを馳せるが、今目覚めたばかりだというのに疲労でまたまどろみ始めてきた。その時、副長の足音が聞こえた。
元々そうなのか、俺に気を遣ってなのか、静かに自室に入ってきた副長が俺を見て
「目ぇ覚めたのか」
今度は厳しい口調で訊いてくる。俺はまた掠れた声で返答する。
副長は俺の元まで来ると、俺の顔の両側に自分の腕をついて俺の顔を覗き込んだ。
そしてその美しい唇で俺を責める言葉を紡ぐ。
「斎藤、俺は怒ってるんだ」
「申し訳ありません、俺は副長命令に背き……」
「その事を言ってるんじゃねぇ」
「では、何を……」
「昨日、お前以外の三番隊が戻って……お前だけが居ないと知った時の俺の気持ちが分かるか?」
「いえ……」
「俺は、お前だけを特別扱いする訳にはいかねぇ! なのに……気付いたらお前を探しに出ちまってた。お前を見付けた時、お前は……」
副長は昨夜の事を思い出してか、一度言葉を止める。つられて俺も昨夜の事を思い出す。
そうか、昨夜、最後に見た人影は副長だったのか……そう思っていると、副長は気を取り直したようにしっかりした口調で言葉を続けた。
「俺は、お前が武士だって事も、その事に誇りを持っている事も知っている。お前が武士として死ぬ事を恐れてないのも知っている。だが、昨日のあれは……お前のその誇りを踏み躙るもんだ、そうだろ?」
「……はい」
「だから今、お前は死ぬより辛い思いをしているって事も分かってる。なのに……」
副長は、ここでまた言葉を止めた。
顔を見ると、柳眉を寄せて辛そうに睫毛を震わせている。
「副長……どうされたのですか?」
俺は副長が言わんとしている事が想像出来ず、そしてその辛そうな表情の意味が分からず声を掛けた。
「斎藤、俺は……お前がそんな思いでいるのを知っているのに、それでも……」
続きを言おうとして、副長はまた言葉を止めた。いや、止めたというより続けられないと言った方が正しいのかもしれない。
何かを言おうと口を開くのに、音を発する事なくまた口を引き結んでいる。
「副長……申し訳ありません」
何にせよ、副長が怒っているのは俺に対してであるのは間違い無いと思い、俺は再度謝罪の言葉を述べたのだが。
「そうじゃねぇ……俺は、、俺はそれでも、お前が生きていて嬉しいと思っちまう」
その言葉に、俺は息を飲む。
「お前が死ぬより辛い思いをしているのを知ってて、それでもお前が生きてるのが嬉しい。俺はお前の気持ちより、自分の気持ちを優先させちまう……そんな自分に腹が立つ」
「副長……」
驚いた。副長は他の人よりちょっと厳しいという程度で「鬼の副長」と呼ばれている訳ではない、この人に感情など存在するのかと思う程、冷酷な男だからこその「鬼」なのだ。
その副長が、俺が生きていて嬉しいと言った、そう言ってくれたのだ。
「俺は……お前にこんな思いをさせたくて、昨日見回りに行かせた訳じゃねぇんだよ」
それから最後に、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で
「二度と、心配掛けさせんじゃねぇぞ」
それだけ言うと、俺から離れた。
「今夜はここで寝ろ、俺はやる事がある」
そう言って、俺を振り返らずに部屋を出て行く。
去り行く副長の長い髪を見ながら、俺はもう涸れたと思っていた涙が滲むのを止められなかった。
あの人が、愛しくて堪らない。
厳しくて、けれど優しくて。
誰よりも新選組を大切に想っているあの人を、そしてあの人が大切に想っている新選組を、俺が裏切る事は無いだろう。
俺は副長に付けられた自分の傷に口付け、生涯を誓った。
2009.12.26