沖田ルート

目を覚ましたのは、息苦しさを感じてのことだった。
薄く開いた目の先には何故か総司の顔があり、俺の意識が戻ったことに気付いてにこやかに言葉を掛けてきた。

「おはよう、一君」
「総、司……?」

まだ覚醒しきらない頭で、今がどういう状態なのかを考える――つもりだったのだが。

「目が覚めたなら、もう動いてもいいよね」

直後、下肢から物凄い衝撃とそれに伴う激しい快感が俺を襲った。上に居る総司が前後に身体を揺する度に声が上がってしまう。
喘ぐ合間に止めろと言っても、無理に決まってるでしょ? と熱っぽくも冷静な言葉を返してくるだけの総司は、容赦なく俺を掻き立て攻め上げた。

息苦しかったのは、総司が俺の中に入っていたからなのだろう。
そんな考えが纏まる間も無く総司の激しさに翻弄され、身体の方も上手く動かせない。どうにか止めようと総司の腕を掴むと、それが勘違いを生み総司を煽ってしまったらしい。

「何? 一君、ここが気持ちいいの?」
「違っ……あ、あぁぁ」

否定しようにも、総司の律動がそれを許さない。意味のある言葉は出せないのに、上がる声は止められなかった。
そんな俺を見て、総司が揶揄うような口調で「やらしいんだね」と言った。

その言葉にも口調にも怒りを覚えて反論しようとしたのだが、いきなり総司が俺を深く突き上げてくるものだから、思わず悲鳴を上げてしまった。

「こんな朝から喘いじゃって、やらしくないなら何なの?」

言いながら、総司こそいやらしく動く。最早怒る気も失せ、早くこの状態から逃れたくて止めるよう言い続けていると、総司が動作を緩めてくれた。
あぁ良かったと、総司は漸く俺の頼みを聞いてくれたのだとほっとしてしまった俺は愚かだった。総司は笑って俺に告げる。

「止めてあげてもいいけど、でも僕を離さないのは一君の方だって分かってる?」
「何を、言って……」
「僕のこと、根元まで咥え込んで離してくれないくせに」

その証拠だと言わんばかりに、総司は俺の中に入れているそれを強く擦り上げてくる。唐突な刺激は、気が触れそうな程の快感を伴った。

「俺はそんなことなど……、あっ止めろ、総司! 頼むから……」
「ふぅん、止めていいんだ?」

変わらず止めろとしか言わない俺に、総司が意地悪く笑う。そうして俺の中心の熱へと手を添えた。
あろうことかそこは酷く濡れていて、嫌なのに、それは嘘ではないつもりだったのに、もしかしたら俺は総司の言う通りのいやらしい人間なのではないかと、不安になるには充分な状態であった。

「ちが……う、俺は……違う……」

小さな声で反論し、首をゆるゆると振った。信じたくなかった、自分のこんな姿など。

「ねぇ、ここで止めたら辛いんじゃない? 本当に止めていいの?」

総司の問いには恥ずかしくて答えられなかった。顔が赤らんでいくのも自覚し、益々言葉が出てこない。

「そんな顔して、本当やらしいんだから」

吐息交じりにそう呟いた総司は、結局また激しい律動を再開した。ひたすら突き上げられるその衝撃で、とうとう俺は情けなくも欲を吐き出した。ほぼ同時に、総司の熱が俺の中へと注がれる。
総司は少しだけ震え、熱っぽい息を吐きながら全てを出し切ったようだ。それから名残惜しそうに、緩慢な動作で自身を俺の中から引き抜いた。
身体が離れ、漸く息を整えられた俺は掠れた声で総司に問う。

「何故、あんたがここに居る」
「だってここ、僕の部屋だし」
「では何故俺が総司の部屋に居る」
「酷いな、昨日僕が助けてあげたんだよ?」

昨日? 昨日、俺は――目覚めた瞬間から総司に翻弄されていた為、今更昨夜のことを思い出した。そうか最後に見た人影、あれは総司だったのか……しかし、何故総司が?
俺がその疑問を口にするより早く、総司が言葉を続けた。

「一君だけ戻って来なかったからさ、ちょっと気になっちゃって」
「何故あの場所に俺が居ると?」
「うーん、何となく、ね」

自分から言い出したくせに、総司は昨晩の話を続ける気は無いらしい。それよりも、と話を切ってまた笑った。

「次は僕の上に乗ってよ」

そう言って布団へと寝転がり、俺の身体を簡単に持ち上げて自分の腹の上に乗せる。
何がしたいのか分からなかった、総司はこんなことの何が楽しいのだ。

「ね、一君、乗って」
「乗っている」
「そうじゃないよ」

総司は眉を少し下げ、困ったような呆れたような複雑な表情を見せた。

「自分で挿れて、ってことなんだけど」
「いれる? 何をだ」
「それ、わざと言ってるの?」
「何のことだ?」
「驚いたな、まさか一君がここまでだったとはね。ねぇ、さっきまで一君の中には何が入ってたの?」
「さっきまで……」

そこではっと気付く。だが嘘だろうと、そんなことあるはずが無いと思った。
だから俺は総司が「冗談だよ」と笑い出すのを待っていたのだが、当の総司は一向にその言葉を発する気配が無い。
では本気なのか? だがそんなこと、どうやってすれば良いのかも分からない。そもそもする必要性も無いではないか。

悩み、考え、それでも理解を超えた現実を受け止め切れず、黙ったまま動かない俺に総司が痺れを切らしたらしい。
仕方ないな、と溜息を吐くなり俺の身体を無理矢理動かした。
されるがままにずるずると移動した俺の腰は、総司の中心へと導かれる。同時に、俺の肌に当たった総司の熱。その熱さと硬さに狼狽した。
しかし嫌だ、無理だと繰り返す俺に総司は笑顔のまま冷徹な返事をする。

「何が無理なの? さっきまで入ってたでしょ」

そう言って俺の腰を自身の熱に擦り付けるように揺すったかと思うと、強引な体勢にも関わらず徐々に俺の中へと総司が侵入してくる。
つい先刻まで掻き回されていた俺のそこもゆっくりと、だが確実に総司を受け入れている。逃げ方が分からず、出したくもない甘い声を上げる羽目になった。

自重も手伝い奥深くまで達したそれは、俺の呼吸の収縮すら快感に変化させて攻めてくる。余りの感覚に、薄く涙が滲んだ。

「一君、僕がやってあげるのはここまでだよ?」

ふいに掛けられた総司の言葉は、快感に耐えることに意識を向けていた俺には意味の分からないものだった。
どういうことかと訊く為に総司を見遣ると、「その顔、わざと?」と溜息を吐かれる。

「そんなに潤んだ目で見られても、可愛いとしか思えないんだけど」

くすくすと笑う総司の発言は、矢張り意味が分からなかった。けれどこちらが意味を問う間もなく、総司がまた喋る。

「ね、自分で動いて?」
「で、出来な……」

軽い口調で言われたけれど、俺は今この状態で既に震える程感じてしまっている。動くことなど出来る訳が無い。
俺の吐く息の乱れできっと総司は気付いている筈なのに、向けられたのは軽蔑するような目線だけだった。

「ふぅん、組長さんともあろう人が弱音吐くんだ?」

そうではない、俺は動けと言われてもそもそもどう動けば良いのかが分からないのだ。けれど何でも知っていそうな総司に素直にそう告げるのは悔しくて、かと言ってどうすれば良いのかは結局分からず、そのままで居ると総司が強行手段に出た。
おもむろに俺の腰を掴んだかと思うと、力任せに前後に揺する。

俺の口からは叫びのような声が出た。抑えようにも叶わない。酷い……酷い、快感だった。

「はっ、あ、ぁ総、司……」

口を閉じることが出来ないまままた揺すられて、口端から唾液が零れるのがみっともなくて、止めろと言いたいのに総司から強制的に動かされている俺は、結局喘ぎだけを発していた。
暫しその状態が続いたが、唐突に総司の腕が止まる。

「こうやって動けば良いんだよ、出来るでしょ?」
「……む、りだ……」

答える声が震えてしまった。情けない。

「どうして? 簡単でしょ」

総司の方は、笑顔を崩さず問うてくる。しかし俺は感じ過ぎて動けない……などと言えるわけもなく、再び黙る俺に小さな諦めの言葉が投げられた。

「一君て、結構手が掛かるんだね」

言うなり今度は下から強く突き上げてきた。先程とは違う動きと刺激に狂いそうになり、頭を振って快感を逃そうにも総司から与えられる衝撃が勝り幾度も総司の名を呼んだ。
その内に脚からは力が抜け、総司の上で姿勢を保つことさえ困難になってきた。
荒い息を吐いて総司の胸に顔を寄せた俺に、気持ちいいの{emj_ip_0797}と総司が笑う。随分と嬉しそうな声音が癪に障った。

「でも、まだ終わりじゃないからね」

その言葉の後、また俺が布団に押し倒される体勢にされ、そして総司は容赦無く動いた。どうして良いのか分からない程の感覚に、俺はこれまでとはまた違う嬌声を上げていたように思う。
息をするのすら難しかった。何かに縋りたくて布団を強く掴む。固く閉じた目からは雫が零れた。

直後、総司の欲を俺の中に感じた途端に意識が白んできて――目を覚ますと布団を掴む腕はそのままで、事後処理も何もされていなかった。どうやら瞬間的に気を失っていたらしい。だが総司が居ない。
起き上がろうとしたが、全身を襲う疲労に負けてとても無理だった。唯一自由になる目を忙しなく動かしてみたけれど、矢張りどこにも姿を確認出来ない。

と、その時障子の向こうから副長の責めるような声が聞こえてきた。

「てめぇが斎藤のことは自分に任せろっつーから頼んだけどな、一体何してやがんだ?」

そう、確かに責めるような声ではある。だが同時に動揺しているようにも聞こえた。まさか先程の俺の声が屯所内に響いていたのか?
もしもそうであるなら消えてしまいたい。俺の羞恥心を余所に、総司の軽い返事が聞こえる。

「別に、普通ですけど?」
「斎藤は大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫ですよ」

しかし副長は訝しんでいるようだった。

「どうにも信用ならねぇな、ちょっと斎藤の顔見せやがれ」

そう言って障子に手を掛ける気配がした。
これまで幾つの死線を潜り抜けてきたか分からない俺が、未だかつて無い恐怖を味わった。こんな姿を副長に見られでもしたら、俺はもうここには居られない。絶対に死を選ぶ。

俺と副長を隔てているのが薄い障子一枚だと思うとそれも心許無かった。
けれどどうにも動けず、緊張したまま成り行きに任せていると総司が副長を止めていた。

「一君はさっき寝たばかりなんです、起こさないであげて下さいよ」

その言葉に副長は納得はしていない様子ではあったが、大人しく手を引いてくれたようだ。それから重く深い声で総司に告げた。

「斎藤の代わりはいねぇんだからな」

“俺の代わりはいない”――今しがたの恐怖が掻き消される程の言葉だ。他でも無い副長にそう思ってもらえていることに、喜びだけが湧いてくる。
副長の言葉を受け、総司は何故か拗ねた口調でそんなこと分かってますよと言い返していた。

一瞬、総司は相変わらず副長に対して失礼だと思った。けれど直ぐに拗ねた口調の真意に気付く。
組長のくせに弱音を吐くのかという先刻の言葉、あれは「こんなことくらい乗り越えてみせろ」と言いたかったのではないか?
副長の言わんとすることを、総司も総司なりに思ってくれていたのだろう。だから副長に言われるまでもないと拗ねた気がしてならない。

俺が総司の何を分かっているのかと言われてしまえばそれまでだが、けれど実際総司に翻弄されて俺は昨夜のことなど殆ど思い出さなかった。
今だって思い出そうにも、つい先程の総司との行為に思考は導かれ結局総司のことばかり考えてしまう。恐らく、総司の狙いはここにあったのだろう。
忘れがたい屈辱の記憶を薄れさせようとしてくれたに違いない。

・・・気付かなければ良かった、総司のこんなひねくれた優しさになど。
気付いてしまえば総司への気持ちは愛しさとなり、その感情が胸を占め、同時に胸を締め付ける。掴んでいた布団を更にぎゅっと握り込み、息を吐きながら気持ちを整理しようと試みるが、上手くいかなかった。
その間も障子の向こうの会話は続いていた。

「新選組のことを想ってるのは土方さんだけじゃないんですよ? ところで、いつまでここに居るんですか?」
「あぁ?」
「一君が起きちゃったらどうするんです?」

総司の険のあるの言い方に副長は舌を打ってはいたが、渋々任せるからなと言っていた。

「斎藤がおかしなことになったら、てめぇも覚悟しとけよ!」
「はいはい、分かってますよ」

最後まで憎たらしい口調で返事をする総司に、副長は小言を言いながらも去って行く。総司も総司で何か暴言めいたことを呟きながら部屋に入ってきた。
俺は意識の無い振りをしながら、今の会話を反芻する。

「斎藤の代わりはいねぇ」
「新選組のことを想ってるのは土方さんだけじゃないんです」

たった今、総司は俺のことを想ってくれているのだと思った。だからこそ、総司に特別な感情が湧いた。
けれど、総司の更なる真意は別にあるのかもしれない。「新選組のことを想っている」、それはつまり局長を想っているということではないだろうか。
あぁそうだ、間違い無い。俺は一体何を勘違いしていたのだろうか、総司が局長を好きなことなどとっくに知っていたではないか。総司にとって一番大切な人、それは俺ではなく――局長だ。

副長が言った「俺の代わりは居ない」、つまりは俺が駄目になれば新選組の均衡が崩れるということで、それは詰まる所局長が困ることに繋がる。
総司はきっとそれが許せない。
新選組の為にも昨夜のことに俺が潰されてしまわないようにと、総司はそう考えてこんなことをしたのだ。

そう気付いたところで、優しさを出すのが下手なのに、優しさを隠すのも下手な総司がとても愛しくて――嗚呼、俺のこの気持ちはどこへ向かわせれば良いのだろうか。

調度その時、総司が俺の背中側に座った。
総司は俺の意識が戻っているとは思ってもみなかっただろう。

「……あんたは、下手過ぎる」

突如放たれた俺の言葉に、総司が驚く気配がする。

「えっ、一君起きて……それよりあんなに感じてたのに、下手ってどういうこと?」
「そ、そのことではない」
「じゃあ何? もしかして、僕一人じゃ足りなかった? 昨日みたいに複数居ないと一君は満足出来ない?」
「何を言って……! 違う」

俺が言いたいのは、総司は気持ちを隠すのが下手だということなのだが、どう説明すれば良いのだろうか。
総司は俺の続きを待っているようだが、言葉を選んでいた所為でなかなか続きを言い出せない。
少しの間があり、結局総司の方が口を開いた。

「一君だって、僕の上で全然動けなかったくせに」
「俺は、初めてで……」

言いながら振り返ると、言葉尻と俺の唇が総司に飲み込まれた。直ぐに俺から唇を離した総司が「やっとこっち向いた」と切なそうな笑顔で呟いた。
眉の下がったその顔を見て、言うつもりだった強がりは喉の奥へと引っ込んでしまった。

「今言ったのって、初めてじゃなければ動けるってことだよね?」
「そ、そんな意味で言った訳では……」
「じゃあどういうつもりだったの?」
「それは……」
「まぁいいや、それよりも僕が下手だなんて心外だな」

そう言うなり総司は俺の中に指を差し入れ性急に解し出した。

「一君が上手いって言うまで止めないよ」

総司が指を引き抜いて、俺の秘所に自身を宛がう。散々総司を受け入れていた俺の窄みは、そのまま突き付けられた総司自身を敢え無く受け入れていた。

「あっ、総司、総司っ!」

違う、こんなことがされたい訳ではない。
総司が俺のことを好きでしている訳ではないのだと思うと俺の身体が自然と強張ってきた。このことに気付く前までは快感となっていた総司の攻めが、今は辛いだけになり、

「いやだっ!」

本気の拒絶をした。思ってもみなかった俺の反応と、今迄に無い俺の口調に流石の総司も驚いたようで、動きを止めて俺の名を口にする。

「一君……?」

どうしたのだと聞きたげなその口調は妙に優しくて、俺は総司の好意が自分に向けられていないことを益々辛く感じてしまう。拒絶した時の威勢などとうに無くなり、俺はか細い声で総司に告げた。

「痛い……」
「え……」

――胸が、痛い。

俺とて新選組を想う気持ちはある。先程副長に俺の代わりはいないと言われ、どれ程嬉しかったことか。
けれど総司が新選組を想っているのとはきっと違う。総司の気持ちはとても純粋で、ただただ純粋に局長を好きで、だからこそその想いもまた愛しくなってしまう。

それでも俺は総司の気持ちが欲しいと、そう思ってしまった。俺を想って欲しいと願ってしまった。
自分の気持ち、局長のこと、総司の想い……色んな考えが渦巻き、思考に感情が追いつかない。すると総司から思い掛けない声が掛けられた。

「一君、どうしたの? 痛いから泣いてるの?」

今度は俺が驚いた。泣いている? 俺が?
そんな筈は無いと自分の頬に触れると、そこには濡れた感触がある。急速に湧きあがった想いは、俺の感情を制御出来なくさせていたようだ。
何も答えぬ俺に総司が幾度も声を掛けてくる。

「泣いてる理由、教えて?」「ねぇ、本当に痛いの?」

何を聞かれても俺は答えられず、とうとう総司はゆっくりと自身を抜き始める。その動作は俺に刺激を与えないようにと配慮されてるようで、その優しさがまた俺の辛さを助長した。
抜き終わった総司は俺の顔を覗き込み、頬にそっと手を添える。

「もう何もしないから、泣いた理由だけ教えて?」
「…………」
「お願いだよ、一君……」

総司のその口調もその目も、本気で俺を心配しているようで、黙り続けることに罪悪感を感じて流石に口を開いた。

「俺は、局長のようにはなれない……」
「え、何で近藤さんの話になるの?」
「……総司が…………局長を好きだから……」

俺の言葉を受けた後、総司は何を思ったのか黙ったまま動きもしなかった。やや時間を置いてから驚いたように問うてくる。

「一君は僕のこと、衆道だとでも思ってるの?」
「そんな風に思っている訳では……」
「あのね、好きじゃなきゃ勃たないんだよ?」

そう告げる総司は溜息交じりだった。

「しかし総司は局長を……」
「確かに近藤さんのことは好きだけど、近藤さんにこんなことしたいなんて思わないよ?」
「では何故俺にこんなことを」
「ねぇ一君は何を聞いてたの? 好きじゃなきゃ、って言ったでしょ?」

つまりそれは――

「嘘だ……」

信じられない、総司が俺を好きだなどと。

「嘘じゃないよ」

そう言うと総司は涙の跡が残る俺の頬に軽く口付け、そのまま耳元まで持っていった唇からはっきりと告げた。

「好きだよ」

急速に顔が熱くなる。

「一君が信じるまで何度でも言うよ。僕は、一君が好きだよ」

顔を赤くしたまま何も言わない俺に、総司が優しく訊ねてくる。

「一君は?」
「……」
「教えて、一君」

わざわざ聞くまでも無いことのはずなのに、総司は随分としつこかった。いや、敢えて言わせようとしているだけなのだろう。
不意にまた、総司がくすりと笑う気配がした。

「もしかしたら、土方さんが様子を見に来ちゃうかもね」

だから早く答えろと、そう急かしてくる。その顔はまるでいたずらを楽しむ子供のようで、悔しくなった俺は「嫌いだ」と答えた。
けれど総司は本当の気持ちを聞くまでどかないと言う。

「嘘ではない、いま嫌いになったのだ」

そう言ってみたところで総司は全く動じなかった。仕方なく好きだと告げたというのに、離れる気配が無い。

「それだけ?」
「どういう意味だ、他に何がある?」
「好き、の後に何か続くんじゃないの?」
「特に言うことなど無いが……」
「本当?」

首を傾げた総司は唐突に俺自身へと手を伸ばしてきた。思いがけない刺激にびくりと震える。

「気持ちいい? ね、好きなら普通こういうことしたくなるよね?」
「も、もう何もしないと言ったではないか」
「それは一君が痛がってると思ったからだよ。違うなら、僕はしたいな」

だめ? と俺を覗き込む目が余りにも嬉しそうで、断る言葉が出てこなかった。

「ねぇ、一君は?」
「……俺が何を言っても、結局あんたの好きなようにされるだけではないのか」
「それならもうとっくにやってるでしょ、僕は一君の気持ちが知りたいの。ねぇ一君はどうしたい?」

今更になって「嫌なら何もしないけど」と言って総司が微笑む。俺の返事など、お見通しだと言わんばかりの表情だ。

「俺は……」
「うん、なぁに?」

しかしいざ言う段になった途端、どう伝えれば良いのか分からなくなった。自分から求めるなど、到底出来ない。
そんな俺の態度すらお見通しであったのか、返事も待たずに総司が手を動かし始める。

「何をする」
「え、何のこと?」
「俺はまだ何も、答えて、は……あっ」
「なぁに? ちゃんと言ってよ、一君」

総司はそこを扱きながら、指先で鈴口を幾度も撫で擦った。その快感に身体も声も震え、結局俺は何も言うことが出来なくなる。

「はっ、総司、やめ……」
「何を止めて欲しいの? ちゃんと言わなきゃ分からないよ?」
「手、を……」
「手? 繋ぎたいの?」
「俺の手ではない、総司の、あぁ」

総司の手の動きが俄かに速まる。その手を剥がそうにも力が入らず、俺はただ高みへと連れていかれるばかりだった。あと少しで、、という状態でいきなり総司の手が止まる。

「一君、僕はいつまで待ってればいいのかな?」
「何の、話だ……」

もう少しで達けそうであったのに、解放を塞き止められた辛さで総司の言葉を理解するのに時間を要した。
虚ろな思考で言われた言葉を反芻していると、耐えかねたらしい総司が再び問うてくる。

「一君はどうしたいのって何度も訊いてるのに……僕と何もしたくない?」
「そんな、ことは……」
「僕は一君の気持ちが聞きたいんだよ? ちゃんと言って?」
「俺も……総司と……」
「うん、僕と?」
「……」
「しょうがないなぁ、一君は」

溜息混じりの言葉は俺への呆れを含んでいるようで、何故だか胸が痛くなった。それは不甲斐無い自分自身の所為か、それとも意地の悪い総司の所為か……。
どちらであれ、矢張り俺には総司の望む言葉など言えそうにない。こんなにも無理をしなければならないと言うのであれば、もう何もされなくとも構わないと思った。

「……もう良い」
「え?」
「もう何もしなくても、良い……」

小さな声でそう呟く俺に、総司があははと笑い出す。

「ごめんごめん、一君にはちょっと難しかったかな?」

言うなり唐突に止めていた手を動かし始めた。既に一度、限界近くまできていたそこを急速に扱かれ、俺は呆気無く果ててしまった。
荒い息をつく俺に、続きしても良いんだよねと言って総司が再び侵入してくる。刺激に敏感になっている今、その熱さが堪らなくておかしくなりそうな程の快感が俺を襲う。

「あっ、いやだ総司、ぁ、熱い、あつ……」

総司から逃れようと思った、だが俺の微弱な抵抗などあっさりと捕らわれてしまう。

「ね、逃げないで一君」

俺を穿つものより熱い息で総司が言う。それから中の熱を感じさせるように、殊更ゆっくりと動き出す。
掻き回すでもなく、攻め立てるでもないその動きで幾度かの抽挿をされた後、感じたのは総司の優しさだった。

「はっ、総司……」
「なぁに?」

身体だけでなく、もっと総司と繋がりたいと思った。
けれど言うのはどうにも恥ずかしく、俺はまた黙るしかない。すると総司は寂しそうに眉を下げた。

「一君は、何も言ってくれないんだね」

そう言ってゆっくりと、俺に口付けてくる。そのまま優しく舌を差し入れられ、味わうように口内を舐め上げられた。

そうだ、俺は何も言わない。……言えない。
ならばせめてと、総司の首に腕を回して口付けを返す。最初は優しかった総司の舌は次第に貪るような動きへと変わっていき、それに応えるのに必死になった。
余りに必死で、知らぬ間に俺は総司を強く引き寄せていたらしい。楽しそうな形に変えた唇を離した総司が、幸せそうな声音で告げた。

「一君、そんなにくっつかれたら動けないよ?」
「あ……すまない」
「ううん、いいけど」

目で笑いながら総司が首を振る。再び甘い口付けを寄越してから動きを再開するが、矢張りその動きは酷くゆっくりで……認めたくはなかったが、俺は徐々に物足りなさを感じ始めていた。
けれどそんなこと、当然口になど出来ない。

だが、足りない。
知らず俺の腰は動いてしまっていたようだ。そしてそれに総司が気付かぬ筈も無い。

「一君、どうしたの?」

くすくすと総司が笑う。恥ずかしくて消えたくなる。

「ねぇ、一度くらい言ってくれても良いんじゃないの? 一君はどうしたいの?」
「そ、んなこと……」

言えない、何と言えば良いのだ。激しくしてくれと、俺が頼めると思うのか。
何も言わぬ俺に、総司の動きは変わらなかった。言えぬのだから仕方が無い、物足りなくとも我慢しよう、そう思った時に総司が口を開いた。

「一君、僕が君を好きだって言ったこと、覚えてる?」
「覚えているが……」
「なら僕が、大好きな一君の気持ちを聞けなくて悲しいってこと、分かる?」
「…………」

総司の想いに、申し訳なくて胸がちくりと痛む。けれどこれまで押し殺していた本音を告げるなど、俺にとっては簡単なことではなかった。

「まぁ、そんなところも好きなんだけどね」

今度は寂しそうに笑ってから、総司は突如動きを速めて俺の感じる部分を狙って突き上げてきた。
喘ぐ間に、総司の名を呼ぶ。俺に出来るのはそれだけだった。どうかそこから俺の気持ちを感じ取って欲しい。あんたの名に、あんたを好きだと想いを込めるから。だから、どうか――総司が俺の中で果てるのを感じた。ほぼ同時に俺も達する。

息が乱れていた。呼吸を整えている中、離れた場所から足音が聞こえた。
そして怖くなる。誰かがこの部屋に来てしまったらどうしようかと。いや、それだけではない。

「総司、俺の声は屯所に響いていたか?」
「声? 一君の声なら、もう殆ど出てないけど」
「今ではなく、今朝の話だ」
「今朝も途中から声なんて出てなかったよ」
「本当か」
「なぁに、そんなに気持ち良かったの? 声が出たって勘違いするほど?」
「いや、副長に聞かれたのではないかと……」

それまで笑顔だった総司の顔が、一瞬で凍りついた。

「何で今土方さんの名前が出るの? 一君は僕より土方さんの方が気になるってこと?」
「いや、そうではなく……」
「そんなに土方さんが良いなら、今から呼んできてあげるけど」
「だから、そうではなく……、もしも聞かれていたら、もう屯所にはいられないではないか」
「へぇ、やっぱり土方さんの方が一君には重要なんだ?」
「違うと言っているだろう、そうではなくて……」
「何?」

声色から、総司の機嫌がとことんまで悪くなっていることには気付いていた。

「ここに、居られなくなったら……あんたと会えないだろう」

だからこう言った後、総司の顔を見るのが怖かった。けれどふっと優しい息が漏れ聞こえる。

「やだな、一君」

そう言って笑う顔が、余りにも幸せそうだったから。思わず俺から口付けて、「今夜はあんたの好きにして良い」と、言葉が自然に零れてきた。

2010.02.08 初出
2015.01.21 改訂
2018.03.23 修正