沖田ルート:悲恋編

※死ネタを含みますので苦手な方はご注意下さい




むせるような鉄の臭いで目が覚めた。
意識が朦朧とする中、影が動くのが見えたかと思うと影の先が紅く染まる。ドシャッと人が倒れる音を最後に、室内が静かになった。
見渡せば、つい先程迄俺を取り囲んでいた男達が全員床に倒れている。その床は元々紅かったのかと思う程、見事なまでに血の海と化していた。
倒れる男達の中に唯一人佇む影が、俺を見遣り不自然な程楽しそうな声と笑顔を向けてきた。

「あ、一君起きた?」
「そう……じ? 何を……している」
「何って、一君に手を出したから殺しちゃった」

そう言うと彼は笑った。その顔も表情もとても綺麗なのに、何故か俺は背筋が凍る。

「殺した、だと……」

思わず聞いてしまったが、聞くまでもない。俺の周りで動かぬ男共の息のないのは明らかだ。生きていたとて、この出血量では死ぬのは時間の問題であろう。
総司は血の中をバシャバシャと音を立てて俺に近付いて来た。俺の目の前まで来ると先程の笑顔が嘘のように無表情となる。

俺は縛られたままで起き上がる事が出来ず、俺を上から見下ろす総司をただ見るしかない。
総司の冷たい目は言葉に出来ない怖さがあり、俺は何を言えば良いのか分からなくなった。すると総司はまた笑顔に戻り、優しい口調で訊いてきた。

「一君、何で捕まったの?」

総司の質問に答えようとしたが、俺自身の記憶がどうにも不鮮明だ。何をされていたかは覚えているが、何故こんな状況になってしまったのか……。
必死に思い出そうとしていると、総司が屈み込んで俺の顔を覗いて来る。

「僕が最初にするつもりだったのに」

呟かれた言葉の意味は分からなかった。

「総司……?」

途端に噛み付くような口付けをされ、痛いという言葉すら飲み込まれた。口を離した総司が微笑んで言う。

「一君は僕が綺麗にしてあげるから大丈夫だよ」
「何を、言って……」

言葉の意味はすぐには分からなかったが、その手が俺自身に触れたので何をされるのかは咄嗟に理解した。

「やめろ、総司!」

しかし俺の制止の言葉など聞こえないと言わんばかりに、総司は無言で行為を続ける。
逃れようにも腕が自由にならず俺はその場でもがくことしか出来なくて、結局総司に簡単に抑え込まれてしまった。
けれどそんな事をされなくとも、中心を扱かれ徐々に抵抗する力など失ってきていた。荒くなる息遣いに総司は嬉しそうに笑い、俺へと顔を近付ける。

「ねぇ、こいつらに何されたの?」
「……っ、何、……あっ、総司っ」

質問しながらも総司が俺を扱く手の動きを速めてくるので、込み上がる快感に俺はまともに答えられない。
そんな俺を見ながらまた総司はくすりと笑い俺に口付けてくる。荒い呼吸毎飲み込まれ、差し入れられた舌に苦しくなった。
総司から離れたくて顔を動かしたが、それを追いかけてくる総司から結局逃れられる事は出来なかった。

まともに息も出来ない中、俺を支配している総司の手が急激に速まり、とうとう吐精した。
それを確認してから総司は口を離した。やっと息が出来るようになった俺は、酸素を求め激しい呼吸を繰り返す。
息を整えるのに必死な俺は、総司に目を向けるだけしか出来なかった。見えた総司の顔は、その目は、熱を帯びていた。

怖いと、思った。
この時は、何故怖いと思ったのか分からなかったが……。

「どんな顔も素敵だね、一君は」

欲に浮かされた目を近付け、総司が俺にそう告げる。

「でも、僕以外の人に見せちゃ駄目なんだよ?」

言ったかと思うと、まるで罰だとでも言わんばかりにきつい口付けをされた。
総司の手が俺の顔を固定して、俺は総司の気の済むまで口を吸われる。どれ程口付けられたか分からない。苦しくて、意識が朦朧とし始めたところに総司が

「他の奴の事なんて、さっさと忘れてもらわないとね」

そう言って、下肢の割れ目に指を這わせてきた。幾度か撫でられ、くすぐったい感覚に背筋が粟立つ。
徐々にその指が窄みへと狙いを定め、とうとう指が差しいれられた。

散々男達の欲が注入された俺の中は、入れられた指の動きに合わせぐちゅぐちゅと音を立てた。同時にとろとろと中の物が流れ出る感触があり、その音にも感触にも俺の羞恥が湧き上がる。
止めて欲しくて総司を見れば、また無表情になって俺から流れ出るものをじっと見つめていた。

「どうしようかな」

そして小さく呟いた。一体、何を悩んでいるのだろうか。

「こんな奴等が出した物の中に僕のを入れるの嫌なんだけど……ねぇ、一君、どっちがいい? すぐ僕が欲しい? それとも一度、中の物出そうか?」
「何を言って……いいから俺の腕を解け、総司」

総司のやらんとする事は分かったが、信じたくなかった。仲間だと思っていたし、まさか本気で俺を手篭めにしようなどと総司が考えている訳がないと、この時はぎりぎりの部分で総司を信じていた。

「駄目だよ一君。一君は僕の事だけ考えててくれなきゃ、ね?」
「総司、冗談は……」

俺がそう言うと総司はくすくすと笑った。

「どの場所でも僕との思い出作らないとね。どこに行っても、一君が僕の事思い出すように」

それから総司はやっぱり待てないやという言葉と共に、指で俺の中を激しく掻き回し始める。どうやら冗談などではなかったらしい。
お陰で中の液がやや出はしたが、出す目的で動かされている訳ではないので卑猥な音は途切れる事無く続いた。
散々掻き回したかと思うと、今度は抜き差しを始め、入れられる指が段々と増やされていく。徐々に質量を増す感覚に、俺の息が上がっていく。

それに気付いた総司が何か独り言を呟いたような気がした。何を言ったのかと思う間に指が抜かれ、いきなり凄い圧迫を感じる。衝撃で声すら出ず、瞬間息も止まってしまう。
直後から激しく挿入を繰り返す総司に、今度は声が止まらなくなった。待てすら言えず、俺は喉を痛めるだけとなる。

何度も総司の腰を打ち付けられた。
そのうち胸を締め付けるような感覚が湧いてきて、俺は自分が極まってきているのだと知った。

「だめ、だ、、総司……も、だめ……」
「はっ、いい、よっ、一君っ、イって……」

総司の律動が早まったその時、ピチャリと何かが俺の横で跳ねた。
総司に翻弄されながらも目を向けると、俺の周りで殺されていた男達の血がどんどん流れてきているのが見えた。
俺が動くとこちらまで流れてきた血が水音を立てながらと跳ね、熱に浮かされつつあった俺の感情が、突如現実へと引き戻された。

異常だ、と思った。

こんな場所で何をしているのだ、俺達は……途端に快感が失せる。すると総司が苦しそうな声を上げた。

「ちょ、っと一君、きついよ……」

しかし俺は今のこの状況への恐怖を感じ始め、その感情が俺の身体を強張らせてしまった。当然総司を受入れている部分もきつく締まり、総司は一気に中へと吐き出す事となった。
俺の変化に気付いた総司は、咎めるような口調で俺を諭す。

「何してるの? 一君は僕の事だけ見ててくれなきゃ」
「あんたこそ、こんな所で何をしている、おかしいとは思わないのか!」

そうだ、総司の方がおかしい筈だ。普通こんな場所で、こんな事など出来ない。
俺の言葉に、総司は溜息を吐いた。

「しょうがないな、じゃあ屯所に戻ろうか」

まるで俺の方が我儘を言ってるかのような物言いだった。
屯所に戻る事になったお陰で腕の戒めは解かれたが、俺の着ていた物は既に血塗れで、とても着て帰れる状態ではなくなっていた。

ともあれ一先ず立ち上がろうとしたのだが、思いの外身体が重く、一人で起き上がる事など出来なかった。
それを見た総司は俺を抱え上げ血の流れていない場所まで俺を運び、自分の着物を一枚脱いで渡してきた。

「取り敢えず一君はこれだけ着てて、僕がおぶって帰るから」

そう言って、俺に着せてくる。自分で着ようとしても、腕が上手く動かせなくて総司に着させてもらうしかなかった。
俺は馬鹿みたいに総司にされるがままで、先程まで男達に受けていた凌辱よりも、総司に子供のように扱われる事の方が余程屈辱であった。

屯所へ戻ると俺の部屋へと連れて行かれた。


副長へ報告を、と言った俺の口は簡単に塞がれ総司に口内を貪られる。総司の顔から逃れ、酸素を求めて開けた口にすら総司は容赦無く舌を差し込んでくる。

「んっ……」

苦しくて、総司の両腕を掴むと今度はその腕毎抱き締められた。
けれどそれは抱き締められているというよりも、捕まえられたようにしか思えなくて……何故だか怖くなり総司を突き飛ばしてしまった。
思ったよりも簡単に離れた総司は、静かな笑顔で俺に告げる。

「一君、これから毎晩僕と逢おうね?」

おかしな事を言う男だ。同じ場所で暮らしているのに、会うとは何だ?

「一君、約束だよ?」
「わざわざ約束などしなくとも、俺達は毎日会っているではないか」
「やだな、違うよ一君」

総司は困ったような笑顔になり、それから

「僕と毎日愛し合おうね、ってこと」
「何……を言って……」
「今日はちょっと僕も疲れたし、明日は僕の隊が巡察だからもう寝るけど、次からは一回じゃ終わらせないからね?」

そう言うと総司は俺の前髪に唇を落とし、おやすみと言って部屋を出て行った。
一人残された俺は総司の言葉の意味を考えた。俺と愛し合うとは何だ? 何故そんな事をする必要がある? 総司は、一体何を……。
しかしどれだけ考えても総司の思いは分からなくて、俺は副長の元へと行く事もなく夜を明かした。
報告を怠ったのは、これが初めてだった。

今なら分かる、俺はこの時既に総司に惹かれていたのだと。
俺がその事に気付くのは、もっと後であったが――。


実際、総司は次の日から毎夜訪れた。
時に激しく、時に優しく俺を抱いては愛の言葉を繰り返す。
俺の身体は総司を受け入れるようになっていて、毎晩声を殺すのに苦労した。

けれどいつでも恐怖が付き纏っていた。
総司の、俺を見る目が怖い、触れる手が怖い、愛を紡ぐ言葉が、声が、俺の口を塞ぐ唇が、、何が怖いのか分からないのに、何故だか怖かった。
それでも総司が来ると拒めなくて、俺に熱を与えるその行為も段々嫌だと思えなくなっていた。

そんな折、屯所内での恋愛話が持ち上がった。
新八と左之が平助を取り合っていると。
どう見ても分が悪いのは新八で、しかし諦めない底抜けな明るさが屯所内に活気を与えていた。

その日の夜も、いつも通りに総司は俺の部屋へと訪れる。
いつもと違うのは、今日聞いた平助達の話が俺の頭を過ぎった事……あの三人も男同士の関係なのに、何故あんなにも明るいのだろう。
そう思うと俺達の関係が酷く歪んでいるように思え、俺は初めて総司を拒んだ。
すると総司は冷たい目をして、

「ふぅん、分かった」

いつもは来るなり俺を抱き締め、口付け、耳に愛を囁き行為に及ぶのに、今日はそれだけ言うと俺に近付く事はなく、けれど部屋からは出て行かなかった。
総司が何を考えているのか分からなくて、俺はまた少し怖くなった。

やがて動き出した総司は、俺ではなく机の方へと向かった。ごそごそと引き出しから俺の筆を出すのが見えた。
あれ、一本しかないの? と言いながらその筆を持ち、結局俺の元へとやって来る。

「一君は、僕が嫌なんだよね?」

そう言われた直後、突き飛ばされて畳に倒れ込む事になった。そこに総司が覆い被さってくる。
肩を掴まれたかと思うと無理矢理うつ伏せにされ、着物の裾を腰まで捲り上げられた。
毎夜の行為の為にと、下に何も履くことを許されていなかった俺は、当然その夜も何も履いてなどおらず即座に下半身が露になった。

総司は迷う事無く俺の蕾へと指を向かわす。
数回撫でられ、毎晩総司に慣らされたそこに無遠慮に指を差し入れてきた。

「っ……」

痛みは無かったが、いつもより早い段階で挿入された指の感覚がやけに生々しくて、俺は息を詰めた。
何度か出し入れされた後、引き抜かれた指の代わりに今迄味わった事のない感覚が俺を犯してきた。熱の通わぬその感触に、先程総司が俺の引き出しから取り出した筆の柄だと知る。

「何を入れて……総司、抜け!」
「だって僕を入れるの嫌なんでしょ?」
「や、いやだ……」
「我儘は駄目だよ、一君。僕が嫌ならこうするしかないでしょ?」

楽しそうなその口調の中に、静かな怒りが内包されているのを感じ取った。
このままでは、何をされるのか分からない。いつもとは違う恐怖を感じて、俺は総司に許しを請う。

「……そ、、じがいい……」
「何? 聞こえないよ?」

振り絞って出した言葉も、総司の怒りを消すには足りず、けれどもう一度言うのは躊躇われた。
黙っていると総司が俺の中の物を動かす速度を緩めたので、今言えという事なのかと思い、先程よりもはっきりした口調で「総司がいい」と伝えた。
言った瞬間中を掻き回され、声が上がる。

「へぇ、こんなに感じてるくせに、それでも僕の方が良いんだ?」

言葉が出せず、俺はただ頷いた。

「ふぅん、じゃあ何で僕の方が良いのか言って?」
「何……」
「言わないならこれ、抜かないよ?」

そしてまた掻き回された。

「や、め……総司の方が、、」

総司の納得する言葉を探したが、すぐには見付からず

「総司の方が、、熱い……から……」

俺はそれだけ必死に言った。

「それだけなの? じゃあ今度から一君に入れる物、温めてきてあげる。それなら僕じゃなくて良いんだよね?」
「や、だ……」

物など入れられるくらいなら総司が良かった。けれどこれ以上何と言えば良い?

「いやだ、総司……」

俺は嫌しか言えない。

「だから何が嫌なの? 言わないと分からないって言ったでしょ?」

総司は拒んだ俺を簡単には許してはくれなかった。
その後何度も「総司がいい」を繰り返して、やっと筆を抜いてもらった。

だがそんなに良いなら舐めてよと言われ、この夜初めて総司に奉仕する事になった。
慣れない俺にもどかしそうにはしていたが、総司の指示するままに必死に総司を咥える俺にやっと総司の機嫌が直り、その後は普段とは比べ物にならない激しさと回数で抱かれた。
俺からはもう何も出ないのに、総司は遠慮せず俺を突き上げていて、最後は意識を手放してしまった。

次の日から、夜の逢瀬に俺の奉仕が加わった。
段々と慣れていく俺に総司が嬉しそうに笑う。そして総司の俺に対する態度も段々と変わりつつあった。
それまで夜しか俺と関わらなかった総司が、昼でも屯所内で俺と擦れ違えば口付けてくるようになった。
誰にも見られていないか確認すると、「僕がそんな下手を打つと思ってるの?」と笑って去られる。
そうは言われても、いつ誰に見られるか分からず俺の不安は募っていく。

食事中には俺だけを見ている。
何もされてはいないのに、目で犯されるような感覚に食べ物の味を感じない日が続いた。
毎日不自然な程注がれるその視線も、平助達の話で盛り上がる隊士の中に気付く者は一人として居なかった。
総司は分かっていてやっている。だが、俺の不安は強まるばかりで、夜毎繰り返される伽のしつこさも増していくばかりだった。


一番組が巡察を担当したある晩、町中で不穏な動きがあり総司の帰りが遅くなった事があった。
疲れている筈なのに、それでも総司は俺の部屋に来る。その執念に寒気がした。
しかし疲労の為か、総司はその日初めて俺の部屋で寝てしまった。

寝ている総司を置いて部屋を出る。
行く当ても無く屯所内を歩いていると、庭に平助の後姿が見えた。

「何をしている?」

振り返った平助は、天に向かって指をさす。

「あ、一君! 見てよ、星! 綺麗だよ!」

言われて見上げると、満天の星。

「そうだな」

頷きながら、俺は平助の隣に立つ。
二人で静かに眺めていると、不貞腐れた口調で平助が話し出した。

「俺、新ぱっつぁんと喧嘩した」

そう、左之と付き合うと思われた平助は新八を選んだのだ。
けれど女好きで、こと恋愛に関しては気の回らない新八とは毎日喧嘩をしていて、今日もその事で怒ってここへ来たと教えてくれた。

何と言っていいやら分からず、そうかとだけ答えた俺に、平助はそれ以上の返事は望まずただ一緒に星を見ていた。
そう言えば、と思い出したように平助がまた口を開く。

「流れ星に願い事すると叶うんだってさ!」

左之さんに聞いたんだ、と言いながら教えてくる平助の笑顔に、何故新八を選んだのか矢張り不思議な気持ちになった。
けれどだからこそ、新八にはそれなりの魅力があるのだろうと思われた。
平助は色々と話をしてくれた。大体が新八の愚痴であったが、何故か楽しかった。


「昨日、平助と何話してたの?」

次の日、総司が開口一番俺を責めた。

「見ていたのか?」

寝ていたとばかり思っていた。俺が部屋に戻った時にも総司は寝息を立てていて、起きた形跡などどこにも無かったのに……

「そりゃそうだよ、僕が追いかけないとでも思った? それより何話してたの? 随分楽しそうだったけど」
「流れ星の話と……新八のことを聞いていた」
「へぇ、一君は僕とのこと話したの?」
「言える訳がないだろう!」
「何で?」
「俺達は別に、恋仲ではないし……」
「ふぅん、一君はそう思ってるんだ」

総司の声が一段下がったような気がしたのは気のせいだろうか?

「総司?」
「いいよ、分かった。また今夜行くから。もしも僕以外の人と約束なんてしたら、僕何するか分からないからね?」
「何を言って……」
「新選組もさ、人が増え過ぎたと思わない? ちょっとくらい減っても構わないよね?」

にこりと笑うその顔は間違いなく本気だ。総司の事だ、何を言い訳に人を斬るか分からない。
そして恐らく狙っているのは、平助……。

「分かっている……約束などしない……」

意思とは無関係に、答える声に震えが混じる。

「うん、それならいいけど」

またね、と言って総司は去っていく。総司が離れると呼吸が楽になる。一緒にいると息がまともに出来ない。それだけ緊張してしまう。
あの目が、俺を捕らえて離してくれなくて、俺はどこも縛られてなどいないのに、総司に見られるだけで全身を雁字搦めにされているような錯覚に陥ってしまう。

総司が怖い。
何をされるか分からなくて、怖い。
なのに俺はそれを拒めなくて……

本当は、それがとても怖い。


その夜も総司に嫌という程啼かされた。
行為の最中、突然思い出したように「流れ星の話って何?」と聞かれたので、掠れた声で「願い事をするそうだ」と答えた。
それを聞いた総司は「何それ、馬鹿みたい」と言って笑い、その言葉を最後に激しく貫かれ、俺は朝まで起きる事は無かった。

次の日も、次の日も総司は飽きる事なく俺の部屋を訪れる。
たまに総司が寝てしまうと、俺は決まって部屋を出た。
行く先は決まって庭で、そこにはいつも平助が居た。
会えば星を見て、新八の話を聞いて、他愛もないこの時間がいつしか俺にとってとても大切に時間となっていた。

平助と居ると心が和んだ。総司と居る時の息苦しさも忘れられた。
平助の話はいつも明るくて、新八との喧嘩ですら健康的で、それは俺と総司の隠匿された関係と余りにも違っているので、自分が汚れているような気分にもなったけれど。

たまにしか会わない俺達であったが、会えば必ず隣に立つ。
あと少しで触れ合えるのに、その距離が縮まる事はなくて、けれど余りにも近くに居る平助の熱をいつも感じていた。

それが何故だか堪らなくて、俺は平助といつまでも一緒に居たいと思ってしまうようになっていた。
もしかしたら、眩しい程の笑顔を見せる平助に、自分の穢れが浄化されるような気になっていたのかもしれない……。


そんなある日、副長から命が下った。
一番組と三番組で、ある屋敷に討ち入れとの事だった。
屋敷と言っても小さな建物で、余り大所帯で行くと逆に動き辛くなると言って、俺達の二組が選ばれたらしい。

真夜中だったからか、屋敷へ入ると意外にも手こずった。
相手も本気であったのだから当たり前だが、一番組が一緒なのに……いや、総司が居るのにこれは思いがけない誤算であった。

月明かりのみで戦うしかない暗がりの中、神経を研ぎ澄ませ、いつ刺されるとも知れない場所で俺は真剣だった。
その筈なのに、ふと視界の隅に長い髪が見えた。
居る筈などないのに、今夜は一番組と三番組しか居ない筈なのに、あの髪はまるで――

「平助……」

初めてであった、戦いの最中に気が散るなど。当然、敵がそれを見逃す筈がなかった。

「危ない、一君っ!」

総司の声が、聞こえた気がした。
その後強い衝撃があり、背中に誰かが圧し掛かって来たのを感じた。首だけで振り向くと、それは総司で……そして生暖かい感覚が徐々に伝わってきた。
総司が、俺を庇って斬られていた。

一度は俺に倒れこんだ総司だったが、その後まるで傷など負っていないかの如く刀を振り、気付けば新選組以外で立っている者など居なかった。
倒れている一人に長い髪の者が居たが、どこも平助と似ている部分など無かった――隊務は終了した。
新選組でも立っている者は数える程で、想像以上に大変な仕事だったのは明らかだったが、今はそんな事はどうでも良かった。

「総司!」

ぜぃぜぃと息をする総司に声を掛ける。振り向いた総司は苦しそうに言葉を発する。

「一君、怪我、、無かった?」

口の端から血を流しながら作られた笑顔に、俺は何も言えずただ慌てた。
手当てをしなければ。急いで総司の肩を抱え、担ぐようにして外へ出る。だが少し歩いた所で、総司が足を止めてしまう。

「ごめん、一君……僕、もう無理みたい」

いつになく弱気な総司の言葉は、俺を不安にさせた。

「馬鹿を言うな、歩け総司!」

不安を吹き飛ばしたくて俺はやや大きな声で言うが、総司はくすりと軽く笑って続けた。

「何か一君、土方さんみたい。僕、あの人嫌いなんだよね……」

息苦しそうに言ったかと思うと、総司の重みが増した。足に力が入らないようだ。
一歩を踏み出すのも無理なようであったが、俺一人では歩けぬ総司を連れていけない。少し横にさせてと言った総司の意も汲み、俺はその場で一旦総司を休ませる。

「今、隊士達を呼んでくる!」

人を呼び、一緒に総司を運ぼうと思った。
けれど屋敷に戻ろうとした俺の腕を掴んで、総司がそれを拒む。

「行かないで、一君」
「総司、しかし手当てを!」
「無理だよ、自分で分かるもん。それより空見て、星が綺麗だよ……」

言われて見上げた空は、満天の星。
地上ではこんなにも血が流れているのに、空に流れるのは美しい光のみだ。

「あ、流れ星だよ」

言われて探すが、既に流れた後のようで俺には見えなかった。

「僕も、お願い事、して、みようかな……」
「総司?」

あんなに馬鹿にしていたのに、突然何を……
すると総司は穏やかな目で、何故か俺の名を呟いた。

「一君が、」

俺?

「俺が、何だ」

問うても総司は空を見たままだった。
この状態で、自分よりも俺の事を願うつもりなのか。俺の事より自分の生を願えと、そう言おうと思ったのだが、


「一君が、僕を好きになりますように」


続けられた願いに、目を見開いた。

「な、にを……」
「一君が、平助より僕を」

そこまで言って、ごほっと吐き出された咳には血が混じっていた。

「もう話すな、総司!」
「ねぇ、一君は今迄何をお願いしてたの?」

俺の願い……俺は総司から解放されたいと、そう願った事があった。
黙った俺に、また質問をする。

「今なら、何をお願いする?」

それだけは決まっている。

「あんたが死なないように願う」

嘘ではなかった。あんなに怖かった総司の目が、今では俺を映さなくなる事が怖い。
俺の願いを聞いた総司が、ははっと乾いた笑いを出した。

「どうしよう、一君……」
「何だ、総司?」

総司は笑顔を作って俺を見る。この状況下でその笑顔は不自然なのに、余りにも普段通りのその笑顔は口元から流れ出る血の方こそ不自然に思わせる。
その顔は、もしかしたら傷は思ったより浅いのかもしれないと、総司は助かるかもしれないと、そう思わせた。

しかし、それは一瞬の錯覚――

「僕、まだ、死にたくないみたい……」

総司の諦めたような口調に、助からないのを悟った。けれど俺が諦めきれない。

「死なせない! だから、手当てを……他の隊士を呼んでくるから! 生きろ、総司!」

どんどん体温を失う総司の手を、温めるように強く強く握った。
俺の熱を全てやるから、総司を生かして欲しい。こんなに強く願ったのは初めてなのに、

「僕、一君と、もっと……」

最後まで言い終えぬまま、総司が言葉と光を失ってしまった。

「そうじ……?」

呼びかけても、答える声がない。

「好きだ、総司……」

伝えても、届く事がない。

温めようと握り締めていた総司の手が、今度は俺から体温を奪っていく。
それでも握り返される事のないその手を、俺はいつまでも離す事が出来なかった。

俺は総司が怖かった訳ではない、総司に囚われそうな自分が怖かったのだ。総司の願いは既に叶っていたのに……。
俺は冷たくなっていく総司の躯を見つめ、声を出さずに泣いた。








総司の居ない世に願う事など何もない。

この日から、俺が夜空を見上げる事は無くなった。



2010.02.01