藤堂ルート

目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
ぼんやりとした頭で、今朝は随分と明るいなと思う。なかなか覚醒を始めない頭をゆっくり動かすと、聞き覚えのある声が聞こえる。

「あ! 一君、起きたっ!?」
「……平助?」

何故、平助が俺の部屋に居るのだ。

「良かったー目ぇ覚まさないかと思ったからさ!」
「何を言っている、俺が起きない訳がないだろう」
「いや、だってさぁ……!」

まだ幼さの残る顔を可愛らしく膨らませる平助は、その強さを知らなければ新選組に居るのが不釣り合いに思える。
それにしても、平助は何を言い渋っているのか。
理由を聞くために起き上がろうとするが、全身に激痛が走り、勢い良く布団に逆戻りしてしまった。
そんな俺を見た平助が、焦った表情で俺の枕元まで近付いて来る。

「あっ! 寝てなきゃ駄目だよ、一君!」
「どういうことだ?」

何故俺は起き上がれない、何故平助が心配している?

「一君……覚えてないの?」

いつも明るい平助が、珍しく曇った表情で俺の顔を覗き込んでくる。

「何のことだ?」
「え? いや、覚えてないならいいよ! それよりさ、腹減らない? 俺持ってくるからさ!」

くるくるとよく動く平助の表情にしばし目を奪われたが、違和感があって俺は口を開く。

「何故ここに持ってくる必要がある。俺が起きて行けば済む話ではないか!」
「無理だよ! てゆーか起きちゃ駄目だよ、一君!」
「そんな訳にはいかない、俺は……!」

言いながら再度起き上がろうとしたが、また激痛が全身を走り言葉を続けることが出来なかった。それでも上半身だけは無理矢理起こす。
そんな俺を見て、平助が驚いたような怯えたような、何とも言い難い表情を見せる。

「一君……大丈夫なの!?」
「大丈夫とは、どういう……」

言い掛けた時、下半身から背中にかけて強烈な痛みが走った。

「っ……!」

余りの痛みに一瞬息が止まり、折角起こした上半身が倒れそうになる。傾いた俺を平助が受け止めた。少しの躊躇の後、平助が俺を抱き締めてくる。
それは情熱的な抱き締め方では決してなく、恐る恐る壊れ物に触れる時のような包み方で……何故だかとても「平助らしいな」と思った。若いけれど、優しさを知っている平助らしいと。

「一君……寝てなきゃ駄目だよ……!」

しかしその平助が絞り出す声は、聞いてるこちらが切なくなる程辛そうなものだった。
何故平助がそんなに辛そうにしているのか訊きたいのに、微かに震える平助を肌で感じた俺は、抱き締められたまま、動くことも質問をすることも出来ないままだ。

静かな時間が流れる。
何度も俺は口を開こうとするのだが、平助の温かさが心地良くて、もう少しこのままで居たいと思ってしまい、結局何も言えなかった。
その静寂を破ったのは、平助の方。俺からゆっくり身体を離す。

「ごめんね一君! いきなりこんなこと……あ、俺、飯持って来るからさ!」

またいつも通りの明るい口調と表情を見せた平助は、それだけ言うと俺の意見も聞かずにさっさと部屋を出て行く。
追いかけようにも、身体が痛くて立ち上がることすら出来ない。
それにしても、平助と随分話している気がする。俺は時刻が気になり、今日の隊務を思い出そうとした。

瞬間、昨夜のことを思い出した。

そうだ、俺は……! 

思い出した途端、吐き気がした。今の今まで気にも留めなかったが、自分から雄の臭いが立ち上っている気がする。欲望に塗れた、汚らわしいあの臭いが。
気持ち悪さに口元を押さえると、今度はその口の中に昨夜咥えさせられた男の感触と臭いが蘇り、口元に持ってきていた手を離す。
清浄な空気が吸いたくて呼吸が荒くなった所に、お膳を持った平助が入って来た。

「一君、お待たせ!」

陽だまりのような笑顔と明るい声が、俺の苦しさを緩和する。
しかし息苦しそうにしている俺を見るなり平助は顔を顰め、折角持ってきたお膳をひっくり返して、俺の元に駆け寄って来た。

「一君! 大丈夫!?」

俺の両肩を掴み、大きな目を不安に染めて俺の顔を覗き込む。
直前まで吐き気に占領されていた俺の心が、平助の心配そうな顔を見た途端、温かい気持ちに変わるのを感じた。
お陰で少し冷静になれた俺は、大事なことを思い出す。

「平助、新選組内に間者がいた。副長に早く報告を……!」
「…………!」

間者が居たと言ったのに、平助は何も言わない。代わりに、俺の肩を掴んでいる腕の力を強めた。

「平助!?」
「一君、昨日のこと思い出したの?」
「あぁ、だから副長に伝えなければ……!」
「…………!」

何度言っても副長の所へ行こうとしない平助に痺れを切らし、俺は激痛の走る身体に鞭打ち無理矢理立ち上がろうとする。しかし、それは平助に押さえつけられてしまった。

「一君、昨日の奴らはもう捕まえてるから!」
「……そうなのか」
「…………!」

また平助が不自然な沈黙を作る。
その沈黙の理由に思い当たり、俺は聞くのが怖くはあったが質問を投げかける。

「平助、こんな失態をやらかした俺に、副長はお怒りか」
「まさか! 土方さんは、一君にあんなことした奴等を怒ってるよ! 昨日あいつら捕まえて、すぐ拷問部屋に入れて……まだ出て来てないし」
「そうか……では平助、お前のその表情は何だ?」
「あ……だって、一君にあんなことした奴等が、屯所内に居るなんて知ったら、一君は嫌かなって……」
「平助、俺が嫌だと思うことがあるとしたら、それは隊務を全う出来なかったことだ」
「一君……」

今言ったことは嘘では無かった。けれど昨夜のことを思い出すと、矢張り辛くはある。
忘れたいのに、あんな状況で感じてよがっていた自分が忘れられず、怒りよりも絶望感が俺を苛んだ。
俺はどんなことからも逃げる気はない。そうやって生きてきたつもりだった――しかし悔しいが、あの事実からは逃れられるものなら逃れたいと思う。
とは言えこの若い組長に、弱い自分を見せたくないと思った。

「全員捕まえたのか、矢張り薩摩の者だったか?」
「……一君は、強いんだね」
「どういうことだ?」
「俺、きっと一君が辛いと思って、俺に出来ることがあれば何でもしようと思ってたんだけど……」
「平助……」

また、俺に温かい気持ちが広がる。つい先程まで感じていた絶望感が嘘のようだ。
今、目の前にあるこの優しさに俺は嬉しくなり、声を掛けようと思った矢先。

「でも、俺が居ても仕方ないね」

少し震えたような声で、それでも必死に笑顔を作りながら平助がそう告げる。

「昨日、俺が最初に見つけたんだ、一君のこと。一君が……あんなことされてて、気付いたら何人か斬ってた。でも……!」

平助はそこで一度唇を引き結び、それから言葉を続けた。

「でもあんなことが起きる前に助けたかった! 俺、遅いよね。結局俺は何も出来ないんだ……一君のために、何も……!」

折角作った笑顔をどんどん崩しながら、とうとう涙声になった平助は顔を隠すためか、それとも悔しさからなのか、そのまま下を向いてしまう。
しかし顔が見えなくても、俺の肩を掴むその両手の震えが平助の辛さを如実に物語っていた。

「そんなことはない、顔を上げろ平助」
「でもっ、俺、何も出来なかった! 一君も、俺にだから辛いって言えないんだろ! 俺じゃ、頼りないんだろ!」

下を向いたままの平助が、痛い所を突いてくる。確かにそうだ。しかしそれは平助に限ったことではない。恐らく俺は、誰にも辛いなどとは言えない。

「そうではない、平助。頼むから顔を上げてくれ……」
「じゃあ、一君は辛くないってゆーのっ?」

顔を上げた平助からの質問に、俺は答えることが出来ない。

「やっぱり、あんなことされて平気な訳ないじゃん! でも俺じゃ……相談相手にもならないのかよ!」
「違う!」
「何が違うんだよ! 俺は……俺は、一君の力になりたい! 変に思われるかもしれないけど、俺は一君を守りたい! 俺が、守りたいんだ!」
「平助……」

俺を守りたいなどと言ってきた者は初めてだった。だから、俺は何と返事をして良いか迷う。

「一君、……迷惑?」
「そんなことはない。何と言ったら良いか分からないが、迷惑などでは決してない」
「本当!?」
「ああ、だからそんな顔をするな」
「でも俺、守りたいのは本当だよ! 本当なんだけど……でも、俺は、一君に……」
「何だ、言いたいことがあるならはっきり言え。俺はお前の気持ちは迷惑ではない」

まだ何か言いたそうにしていることも、俺の反応を気にしているのも分かったから、先回りして平助を安心させる言葉を放ったつもりだった。
しかしそれでもまだ平助は言い淀む。

「あ……でも、そのっ……!」
「どうした?」
「……!」

よくよく見ると、平助の顔が赤らんでいる。

「酒でも飲んできたのか、平助」
「なっ、そんなことしねーよ!」
「では、どうしたというのだ」

本当に、平助は飽きない。
さっきまであんなに悲しそうな顔をしていたのに、今度は顔を真っ赤にして、何かを我慢しているようだ。
くるくる変わるその表情に、思わず俺は微笑んでしまう。

「あっ、ひっでぇな、一君! 何で笑ったんだよ!」
「いや、平助は飽きないなと思っただけだ」
「なっ、飽きないってどういうことだよ!」

拗ねた平助が、俺の肩から腕を外した。
その途端、知らず平助の腕に体重を預けていた俺の上半身が、平衡感覚を失いよろめく。
倒れそうになる自分の身体を支えようと、慌てて床に手をつこうとしたのだが、思いがけず平助の大事な所を掠めてしまった。
騒いでいた平助は黙り、俺も何も言えなくなる。……平助は、反応していた。

「平助……」

咎めるつもりなど無かったが、何と言えば良いか分からず名前を呼ぶ。
すると騒ぎ立てるかと思った平助は、ごめんと静かに言うと、また顔を下に向けてしまう。そんな平助に掛ける言葉が見つからず、俺も黙ってしまった。

また静寂が訪れる。
しかし先程平助に抱き締められていた時とは違い、緊張感を孕んだ静寂は俺達の間に重くのしかかっている。上手く頭が働かないが、それでも必死に考えた。
俺は何を言えば良い?
けれど今回も、静寂を破ったのは平助だった。

「一君、ごめんね。こんなの……嫌だよね? だけど俺、一君が好きだ。あんなことされた一君に、こんなこと言うなんて悪いと思うけど、でも俺、一君のこと、そういう風に好きなんだ! ごめん、一君、ごめん……!」

元々小柄な平助が、小さくなって俺に謝って来る。

「でも、俺は一君を傷付けたい訳じゃないんだ! そりゃ今、俺こんなになっちゃってるけど……襲ったりしないし! さっき守りたいって言ったのは、嘘じゃないから!」
「分かっている、別に怒ってなどいない」
「でも……嫌なんじゃないの?」

そう聞かれて、俺は思う。
嫌だなどとは思わなかった。それに怖いとも思わなかった。

「嫌ではない」
「じゃあ……俺、一君のこと、好きなままでいていい……?」
「……」

流石に突然過ぎて、何と答えて良いか分からない。
ここで黙るのは平助を傷付けてしまうのだろうが、自分がどうしたいのか分からないのに返事など出来ない。
平助は、俺が何か答えるまで待っている。平助も下手なことは言えないのだろう。

「俺を好きでいるというのは……不毛ではないのか」

俺は長く沈黙を続けないようにと、思いついたことを質問してみる。

「そ、そりゃそうかもしんないけど……でも駄目なんだ、もう好きになっちゃったから……」
「何故俺なんかを」
「そんなこと言われても、自分でも分かんないよ! 気付いたら好きだったんだ! だから昨日だって、一君が戻らないから心配で……一君は強いから、余計なことかとは思ったけど、でも俺は一君が遅いと不安になっちゃうんだ。だから、当てもなく探してて……」

何故平助が俺を見付けたのか不思議に思っていたが、それで昨日平助が俺を見つけたのか。
しかし平助が来なかったら、俺はどうなっていたのか分からない。

「有難う」

俺が今こうして屯所に居られるのも、平助のお陰だ。

「平助、俺が平助を好きかどうかは分からない。だが平助の気持ちは嬉しく思う。今はそれしか言えないが……それで良いだろうか?」
「は、一君……!」

目を潤ませた平助が、作り物ではない笑顔を見せてきた。
その顔を見た瞬間、俺は愛しいような切ないような、不思議な感覚を覚えた。
その感情が何なのか分からなかったが、平助に話しかけられ、そんな感情が湧いたことはすぐ忘れてしまった。

「俺、絶対一君を傷付けたりしないから! 誓うから! だからこれからも新選組の仲間として、俺と喋って欲しい! いい? 一君」
「もとよりそのつもりだ。お前が俺を傷付ける気がないのも分かっている、平助のことはきちんと考える。それで良いか?」
「一君……うん、有難う! もし一君が俺のこと受け入れられなくても俺、仲間として恥じないように生きるから! 今日は寝てなよ、一君。あ、ご飯倒しちゃってた! 何か食べる?」
「ふっ……」

全く、平助の明るさには助けられるばかりだ。思わずこちらも笑顔になってしまう。

「一君、俺はこれからも一君が笑顔でいられるようにしたい。どんな関係になっても!」
「平助……」
「じゃ、また何かご飯持って来るから。部屋に置いておくから、好きな時に食べなよ」

そう言って、平助がまた俺の部屋から出て行く。
まだ取れていない昨日の疲れが襲って来て、俺は部屋から出ていく平助の後ろ姿を見ながら眠ってしまった。


――数日後。

身体の痛みも取れた俺は、副長に頼んで隊務に復活させてもらっていた。
誰にも弱い所など見せたくなかった。平助の意向で俺が襲われていたことを知っているのは、平助と副長と山南さんだけらしい。
三番隊の隊員達とは元々別行動をしていたので、隊員にも俺に本当は何があったかなど知る者は居ない。

副長の拷問の結果、間者だと言っていたあの例の隊士は間者では無かったとのことだ。そして薩摩の者でもないと。一体奴が何者なのかは分からないが、今の俺はそれどころではない。
平助が気になるのだ。

あれから平助は本当に普通に俺に接してくる。必死に俺を守りたいと言っていた平助とは思えないほどに。
しかしあの日の平助の笑顔が、俺は忘れられない。あの笑顔で、俺の心は救われたと思う。
平助の笑顔を見ると、胸が躍るような感覚に陥る。口をきけば、もっと話していたいと思う。
でも、平助の態度はいつも通り、今迄通り。

あの時の告白は嘘だったのではないかと思う程に、平助は変わらない。
そして今日、俺は見廻りに出る前の平助に声を掛けた。

「今夜、話がしたい」
「えっ、今夜……? ごめん、今夜は左之さんと約束があるんだ」
「そうなのか、では明日はどうだ?」
「明日は新八っつぁんと出掛ける予定が……」
「では、いつなら空いている」
「うーん……あ、ごめん、俺今から見廻りだから!」

言葉を濁され、平助に立ち去られてしまう。
……避けられている?

何故だ、避けられる理由が思い当たらない。知らぬ間に何かをしてしまっただろうか。
しかし何かをしてしまうような時間すら無かったはずだ。お互い仕事があったのだから、この数日でそれ程関わったこともない。
腑に落ちないまま、その日の夜になる。
ところで、平助と「予定がある」はずの左之が、何故いま俺の部屋に居るのだろうか。

「なぁ斎藤、お前酷い怪我だったそうだが、大丈夫か?」
「あぁ、問題ない」
「そうか〜すげぇな! でも俺の腹の傷とどっちが凄いったら、俺の腹だよな、はははっ!」

俺の部屋に来る前から酒を飲んでいた左之は、俺を心配して来たというより、ただ絡みに来ただけのようだ。
しかし左之がここに居るということは、平助は部屋にいるかもしれない。

「左之、酔っているなら自分の部屋に戻れ」
「あ〜ん? 俺は酔ってねぇぞー……」

そう言いながら、俺の部屋で寝始めてしまった。
仕方ないので左之はそのままに、俺は平助の部屋へと向かう。
果たして、平助は部屋に居た。
突然入って来た俺を見て、わざとらしい程の驚きを見せる。

「平助、左之と予定があったのではなかったのか?」
「え……そうだけど、左之さんが来ないからさ」
「左之なら今、俺の部屋で寝ている」
「えっ! 何で一君の部屋で寝てるの? それって左之さんと深い関係ってこと!?」
「何を言っている、酒に酔って寝ているだけだ。いつものことだろう」
「あ、そっか。ごめん、俺……」

この反応を見ると、矢張りあの日の平助の告白が嘘でなかったと安心出来る。

「ところで平助、話がしたいのだが?」
「う……」
「何だ、何を嫌がっている」
「それってさぁ、一君の答えが出たってことだよね?」
「まぁそういうことだ」
「俺、この間は格好付けてあんなこと言っちゃったけど、やっぱり……一君に振られるの、辛い。だから聞きたくない……」
「何故俺が断ると決めつけているのだ」
「だってこんなに早く答えが出るなんて、それ以外ないじゃん! こんな短い期間で、俺のこと好きになる訳ないじゃん!」

悲痛な声で、平助が俺に言う。俺は平助の真正面に腰を下ろし、平助の目を見る。

「平助、あんたも俺を知らぬ間に好きになったと言っていたな。だったら時間など関係ないではないか。俺とて、知らぬ間に好きになることだってある」
「え……」
「俺は平助の笑顔を一番傍で見たい、俺は……あんたを好きなんだと思う」
「思うって……それ、俺、喜んでいいの?」
「どう受け取るかは平助次第だ。だが、俺の気持ちはそういうことだ」
「一君、俺にちゃんと恋愛感情あるの?」
「ある……と、思うが」
「どっち? 大事なことなんだよ、一君。俺は一君を……抱きたいくらい好き! 一君は俺のこと、そういう目で見られる?」
「恐らく……平気だと思う」
「……そっか。うん、分かった」
「…………平助?」

もっと喜ぶかと思っていたが、平助の反応はいまいちであった。俺は、何か平助の気に障ることを言ってしまったのだろうか。
しかし平助の気持ちに応えられると言っただけなのだ、それで何を不満に思われるのか、俺には判らない。

「平助、何か不満でもあるのか?」
「……俺、一君が俺のことを好きって言ってくれるなら、本当は今すぐにでも一君を抱きたい」
「平助、それは……」

あの日から幾日か過ぎている。連日の隊務と、平助のことを考えて思い出したりしなかったが、「抱きたい」と言われるとあの時の記憶が蘇り、俺は少し身構えてしまう。
しかし平助は俺に近寄ることも、俺を見ることもなく言葉を続ける。

「もちろん、今すぐそんなことしたりしないよ。一君もまだ嫌だろうし……」

悲しそうな目をして、平助は更に言葉を紡ぐ。

「一君が俺を受け入れようとしてくれるのは、嬉しい。だけど俺の言う好きと、一君の言う好きは違うと思うんだ」
「どこが違うというのだ」
「"してもいい"と思うのと、"したい"と思うのとは、同じじゃないんだよ」
「……」
「俺、一君が望まないことは出来ない。俺が抱きたがってるからそれに付き合う、っていうんじゃ駄目なんだ。それは俺の望む関係じゃないんだ」

平助の言うことは、俺には少し難しかった。今迄、人を好きになったことのない俺には。
けれど、言いたいことは分からないでもない。ただ、それを明確な言葉に変換することが出来ないだけで。

「平助、俺には分からない。俺の気持ちは、平助には物足りないと言うことか?」
「そうじゃないよ! 嬉しいよ、一君が俺のこと好きだって言ってくれて! だけど……」

平助も、俺にどう言えば良いのか迷っている風であった。
平助と俺の間に、また静寂が訪れる。そして、初めて俺の方から静寂を破った。

「平助、俺と寝て欲しい」

先日のことを思い出すと、怖くない訳ではない。
しかし上手く言葉に出来なくとも、平助が俺を大事に想ってくれていることは痛い程伝わってきた。俺は、平助をもっと知りたいと思う。

「平助、きっとどれだけ説明されても俺は分からないと思う。俺は、誰かを好きになったことなどないからだ」
「一君……じゃあ、俺を好きって言うのは……?」
「だから、好きだと思うと言ったはずだ。俺も初めての感情なので、上手く伝えられない」
「一君……」
「だが平助のことをもっと知りたいと思うし、もっと話していたいと思う。俺は、平助の一番傍に居たいと思っている」
「それが、一君の言う"好き"ってこと?」
「それだけではない、あんたの望むことを俺もしたい。平助がそう言ってくれたように」
「だから、それは……」
「平助、あんたは俺に気を遣い過ぎている。俺は女子供ではない、この間のことも乗り越えている」

流石に乗り越えてはいなかったが、平助が気にしないようにはっきりと言い切った。

「平助、俺はあんたが知りたい」

ここまで言って、俺は黙る。これ以上続ける言葉が見つからなかったからだ。
そして平助の反応を待つ。

「一君……後悔しない?」
「何故後悔などという言葉が出てくる。あんたと居たいというのは、俺が望んだことだ」
「いま……抱いていいの? 本当に?」

その大きな目を怯えたように震わせながら、それまで俺を見なかった平助が俺の顔を正面から見てくる。

「いいと言っている」

元々は今夜そんなことをするつもりで平助に会った訳ではないのだが、平助が俺を大事に想っているのを改めて感じ、その温かさをもっと傍で感じたいと思った。
俺の意思が固いのが分かったらしく、平助はゆっくりと俺に近寄ってくる。
おずおずと両手を伸ばし、俺の顔を包む。とても近い距離で、お互いに見つめ合った。

ゆっくりと平助の顔が近付いてきて、俺達は初めての口付けを交わす。
平助の唇は、触れるだけですぐ離れてしまう。しかしすぐにまた唇が降りてくる。それが何度か繰り返された。

何度目かの接触で、平助の唇が離れることなく俺の唇を温める。
平助の腕も唇も、微かに震えていた。それは俺が大事にされている証拠のように思えて、俺は更に平助を愛しく思う。

それから再度唇が離れ、顔の角度を少し変えて平助がまた口付けてくる。
今度は俺の唇をゆっくりと吸うように触れてきて、そして唇よりも熱をもったものが俺の唇を舐めてきた。
唇を薄く開くと、その中に熱が差し入れられる。平助の舌が、俺の口腔内を恐る恐る舐めてくる。もどかしくなり、俺は自分の舌で平助の舌に触れてみた。

途端、平助がびくりと震えて舌の動きを止めた。
これから俺が平助に抱かれるというのに、平助が可愛くて愛しくて、俺は平助を抱き締めたくなり、自分の両手を平助の背中に回す。
平助がまたびくりと反応し、俺の顔を包む手の力が少し強まった。

それから平助の舌が、また活動を始める。
先程とは打って変わって、俺の口内を味わい尽くすようにあらゆる場所を舐めてきた。
俺はどうして良いか分からず、されるがままであったが、平助の舌が俺の舌を捕えて絡めてくる。
その温かさも感触も、何だか気持ちが良くて無意識に俺からも舌を絡めた。
長い長い口付けが終わり、平助が俺から離れて笑顔で言う。

「一君、今日はここまでにしよっか!」

その顔に、俺はしばし見惚れてしまう。しかし言われた内容を理解し、自分でも驚く程気持ちが沈んだ。

「何だと……!」

平助は嫌だったのだろうか。

「それは……今の口付けが原因か、俺としたくなくなったのか……?」

肯定されたらどうしよう、と思いつつも聞かずにはいられなかった。

「違うよ! 逆だよ、一君。俺、一君のことは大事にしたい。でも、今だと抑えがきかなそうだから……」

平助が今日はしないと言った理由が、実際俺と口付けてみて嫌になった訳ではないと分かった途端、自分でも呆れる程安堵した。

「構わない、俺は今夜は平助と居たい」

言って、俺から平助に抱きついた。
自分の科白も自分の行為も、猛烈に恥ずかしくはあったが、ここで止めて欲しくなかった。

「一君、俺もう途中で嫌がられても止めてあげられないよ?」
「大丈夫だ」

平助が自分から俺を離し、ゆっくりと布団に押し倒してくる。腰紐を解かれ、着物の前を開かれた。
その中にある俺の身体を見て、平助が一度止まる。

「これ……」

そう、俺は縛り付けられたまま床に直接寝かされていたため、暴漢共の激しい行為により身体中に擦り傷がついていたのだ。
それを見た平助が、泣きそうな顔をする。

「平助、もう痛くはないから気にするな。お前がそんな顔をする必要などない」
「一君……やっぱり今日は止めるよ! 治ってからにしよう?」
「……それでは俺が困る、俺は平助と一つになりたい」

俺の言葉を聞いた平助が、涙を一筋零した。そして俺をきつく抱きしめてくる。

「一君……好きだっ! 俺は、一君を好きだから!」

叫ぶようにそう言って、俺を抱き締めたまま震えていた。そんな平助が愛しくて、俺は平助の頭を撫でながら「続きはしてくれないのか?」と、自分でも驚く程の優しい声を出す。
平助は俺の言葉を聞いて、顔を上げた。

「する! 一君が幸せだって思える位、俺頑張るし!」

そう言って、また俺に口付けた。先程よりも、もっと深く、もっと熱く……。唇を離される頃には、口付けだけの快感で俺の頭はぼんやりとしていたほどだ。
俺の口の端から漏れた唾液を、平助が舐め取る。

「一君、好きだよ!」

それから平助は徐々に下に降りていく。
首筋を舐め、鎖骨を舐め、胸の辺りで一度止まり念入りに左右を舐め上げられ、俺はびくびくと反応してしまう。
右よりも左を舐められた時の俺の反応が強いのを見て、平助が左をこれでもかと攻めてくる。
その間、右は平助の指に愛されていた。我慢出来ず、声が出る。

「あっ、平助っ、平助……っ!」

俺の中心が、触られてもいないのに熱を持つ。
もう俺が我慢出来ずに、平助の頭を下に追いやった。早く俺の熱をどうにかして欲しかったのだ。
平助は俺が反応しているのを見てどう思っただろう、だらしない奴だと思われてなければいいが……しかし俺の下半身を見ても、平助は何も言わない。
そして黙ったまま俺を口に含んだ。

「……っ!」

平助の口内が、想像以上に熱くて半端ない快感が襲う。
口に含まれただけでも気持ち良いのに、舌を使いねっとりと舐め上げられ、そして口を使い吸い上げられ、俺はすぐ我慢の限界が来る。

「平助、離れろっ……!」

だが平助は何も言わず口を使って俺を上下に扱き、最後に先端を強く吸い上げた。
俺はそこで果て、出してしまったものは全て平助が飲み込んでいく。

「そ、そんなものを、飲むな……」
「何で? これって一君のじゃん! 俺、一君の全部が好きだよ?」
「平助……」

嬉しかった。新選組に入って初めて幸せだと思ったような気がする。

「一君、続けて平気?」
「嫌がっても止めないのではなかったのか?」
「……っ! そう言ったけど、一君が本当に嫌なら俺は我慢するし!」
「我慢される方が辛い……俺は平助と、一つになりたい」
「一君……!」

平助は、何故か一瞬泣きそうな表情を見せる。
しかしすぐ笑顔に戻り「一君、覚悟しててね!」と明るい声で言って来た。
それから俺の後孔へと顔を持っていき、しつこく舐めてくる。窄みに舌を入れ、解れてきたのが分かると、今度は指を入れてきた。

既に柔らかくなっていたその場所は、一本目をすぐに受け入れる。それに気付いた平助が、二本目を差し入れてきた。
多少の違和感はあったが、俺はすぐに許容する。二本の指で、ゆっくりと俺の中をまさぐりながら、平助は出し入れを繰り返していた。
ある箇所で、俺の身体はビクリと反応する。
それを見た平助が、今度はその箇所を執拗に攻めてきた。

「あっ、あっ、平助……そこは……」
「一君、ここ気持ち良い?」

快感が強く、目をぎゅっと瞑り頷くだけしか出来ない俺に、平助は指を3本に増やし、俺を更に攻め立てる。

「あぁあぁぁ、平助っ、駄目だ……っ!」

先程果てたばかりの俺が、また熱を持ち始めている。俺が感じているのを知り、平助はまた指を増やした。

「あぁぁ、平助っ! あっ、あっ!」

圧迫感と快感が、同時に俺を侵略する。
グチュグチュと俺の下からいやらしい音が聞こえてくるが、平助にされているのかと思うと、その音すら俺を快感へと導いていく。
水音の間隔が短くなった。それだけ平助の指が俺の中を攻める速度が早まっていて、俺はもう指だけで達してしまいそうだ。

「一君、もう入れていい?」
「あっ、早く……俺がもう……!」

余りの快感に足が震え、力が入らない。四本の指が勢いよく引き抜かれ、代わりに平助が入って来た。
指など比ではないその質量に、俺は入れられた瞬間に果ててしまう。

「あ、ごめんね一君!」
「何を謝る……」

はぁはぁと荒い息をつきながら、俺は平助が謝ってきた理由が分からず質問をする。

「一君のこと、触ってあげれば良かったね。俺、入れたくて気が回らなくて……」
「いい。そんなことより、平助……」

平助は、平助自身の半分程を入れたところで止まっていた。
そこで俺が達ってしまったからなのだが、その中途半端さが物足りなくて、もっと平助を感じたくて俺は平助の首に腕を回す。
俺は達したばかりで力が入らないが、可能な限り平助にすり寄った。

「一君、動いて平気?」
「あっ、早く……!」
「一君!」

平助が熱っぽい口調で俺の名を呼ぶ。その直後、俺の中にズブズブと自身を差し込んでくる。
決して激しくないその行為に、俺は激しい快感を感じた。自分でも信じられないが、また俺自身が熱を持つ。俺の身体はどうなっているのだ……。
平助が全て俺の中に入った。

「一君、全部入ったよ」

教えられるが、俺は荒い息をつくのが精一杯で、何も答えることが出来ない。

「大丈夫? 痛くない?」

抑えがきかない、などと言っておいて平助はずっと俺を気に掛けている。

「はっ……ぁ、平気だからっ……平助……!」

それよりも、早く平助に動いて欲しくて、俺は快感を求め腰を動かしてしまった。
それを感じた平助が、もう我慢出来ないといった口調で俺に宣告する。

「一君、動くからね」

平助はゆっくり自身を抜き始めるが、その緩慢な動作がまた俺の快感を誘う。
ズルズルと引き抜かれていく感覚が、俺の中に平助が居ることをより強く感じさせて、今自分が平助と繋がっているのかと思うと堪らない気持ちになった。

何度か緩やかな挿入が繰り返される。緩やかだが、俺の快感を探るようにあらゆる方向に差し入れてくる。
そしてある一点を擦られた時、俺は未だかつてない快感で声を上げてしまい、平助の首に回していた腕の力は抜けてしまった。
布団に投げ出された俺の腕を平助が掴み、また自分の首に持っていく。

「一君、もっと俺の近くに来て」

俺は再度平助に抱き付く。
それを確認してから平助は俺の感じる点に向けて、先程までの動きとは比べ物にならない速度で腰を打ち付けてきた。

それでなくとも、気持ち良い部分を激しく突かれて、俺は何も考えられなくなる。
もう快感しか感じられず、声が止まらない。俺の下で擦れている布団の肌触りすら、俺の快感を誘う。
全てが気持ち良くて、でも苦しくて。俺は平助に回した腕に力を込める。

「平助っ、駄目だ……」
「一君、一君っ、俺も、もぅ……あっぁ!」

平助も極まっているのが分かった。
俺で平助が感じてるのかと思うと、それがまた俺の快感を強める。

極度の快感は苦しさを伴う。俺は息もまともに出来ず、それでも三度目の欲望を吐き出した。
平助は最高に膨張してから勢い良く俺の中から自身を引き抜き、俺の腹に欲望を出した。腹の上でも俺と平助が混じり合う。
平助は息を整えると、すぐ布で俺の身体を拭き始めた。

「一君、大丈夫?」
「……大丈夫だ」

俺は荒い息の中、やや掠れた声で返事をする。もう力が入らない。
あの男達と同じことをされているはずなのに、平助が相手だとどうしてこうも違うのだろう。気持ち良くて……そして幸せだった。
平助が好きだ。俺はもう完全に自覚している。

「平助……」
「何っ、どっか痛いの?」
「あんたが好きだ」
「えっ……」
「どこも痛くはない、有難う平助」
「一君……俺も! 俺も好きだからね! 俺の方が好きだから!」

平助は、どこまでも優しい。
年上の俺の方が助けられてばかりいる気がする。そう思っていると、平助が何やら申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「……一君」
「何だ」
「ごめん、もう一回してもいい?」

……若さとは恐ろしいと、この後俺は知ることになる。