永倉ルート

心地良い揺れを感じて目を覚ました。
開いた目に最初に映ったのは、新八の横顔。規則正しい浮遊感から、新八が俺を抱え上げたまま歩いているのだと分かる。しかし何故こんな状況になっているのかが分からない。

「しん、ぱち……?」

不本意にも掠れた声で名を呼び掛けると、

「おぉ! 気が付いたか?」

俺には到底真似など出来ない明るい声と笑顔を向けられた。
その笑顔に返事をしようとするが、痛んだ喉は声より先に小さな咳を出す。

「あっ、おい! 大丈夫かっ!」

笑顔から一変、心配した顔と声になった新八が足を止める。

「すまない……」
「気にすんなよ! それよりどうする?取り敢えず屯所に向かってるが……、どっか他の場所行くか?」

この質問で、俺は先程まで受けていた陵辱を思い出す。
途端、吐き気を催し強く咳き込んでしまうと新八が慌て、抱え上げていただけの俺を抱き締めるように抱え直した。
お陰で新八の着物に顔が触れ、その部分が濡れているのを感じる。
汗か――?
濡れた部分に目を遣るとそこは赤黒く染まっており、新八が俺を見つけた後、何をしたのか容易に想像が付いた。
ともあれ屯所に戻らねば、とは思うのだが、確かに新選組の者達にこんな自分の姿など見せたくはない。
かと言って立ち寄る場所も思い付かず、結局俺は「屯所で構わない」と言うしかなかった。

「そうか? どこか他に……つってもなぁ、着替えるもんもねぇしな」

着物を血に染めている事以外、新八は口調も態度もいつもと変わりない。
こんな時、普段通りに接してもらえる事が嬉しいのだと新八は知っているのだろうか?
いや、恐らくそこまで考えてはいないだろう。
けれど屯所以外の場所に行くか、と聞いてくるあたりに俺への気遣いを感じる。……そうか、変に気遣わない事が新八なりの気遣いなのだな。
この事に気付いた時、同じ場所で生活しているのに、案外と新八のことを知らない自分にも気付いた。
新八の気持ちは嬉しかったが、抱えられたまま屯所に戻る訳にはいかない。

「降ろしてくれ、自分で歩ける」
「大丈夫か……?」

心配からか、なかなか俺を降ろそうとしない新八に対し、俺は冷静に返事をする。

「大丈夫だ」

そう言って降ろされた足を一歩踏み出した途端、全身に痛みが走った。

「ぐっ……」
「斎藤っ……!」

苦しげな声を出し、動きの止まった俺に新八が心配そうな声を上げ、俺を支えようと腕を伸ばして来たのだが、俺はその手を制する。

「少し気を抜いただけだ、問題無い」

それだけ言って、改めて歩き始めた。
不愉快な痛みが続くし、一瞬でも弱気になればたちまちしゃがみ込んでしまうだろう。
だが新八にそんな姿を見られるのが嫌で、俺はなるべく平気な顔をしながら歩を進めた。
新八はそんな俺の横に付き、「斎藤、辛くなったら言えよ?」だの、「大丈夫か?抱えてやろうか?」だの、「やっぱり辛いんじゃねぇのか? 俺なら体力有り余ってるしよぉ」だのと、しつこく俺を心配して来る。
尋かれる度に「大丈夫だ」と答えていたが、余りの頻度に

「いつまで心配している、俺は平気だ!」

やや強く言うとやっと新八は黙った。
それから改めて進行方向に目を向けるともう屯所が見えていて、ふと新八のお陰で距離を感じずに済んだなと思う。
屯所に戻るなり副長の元へ行こうとした俺の腕を、新八が掴んだ。

「おい、せめて着替えたらどうだ?」

言われて自分の着ている物を見下ろすと、あらゆる汚れが付着しており、こんな格好で副長に会いに行こうとした自分を恥じた。

「風呂、焚いておいてやるからよ」
「いや、それよりも先に副長に報告を……」
「入っておけって! それとも土方さんにそんな面で会いてぇのか?」
「……そうだな」
「それに、今回の事には俺も関わっちまったし、報告は一緒に行こうぜ?」
「分かった」

意識のない間のことについて、先に新八と話しをしておかなければ、副長に正式な報告など出来ない。俺は素直に新八の案に従った。

新八が風呂の準備をしている間に、俺は一度自分の部屋に戻る。
着替えを用意し、副長へ報告する言葉を考える……が、何と言えば良いのだろうか。
確実に失態であり、失敗である。
俺は副長から、何と言われていた? 監視だけだと言われていたのに、俺は……。自責の念が強まる毎に、気持ちは弱まっていく。
自己嫌悪に陥り、どれ程経っていたのか。

「おい、斎藤、準備出来たぞ!」

新八の元気な声が、俺の意識を呼び戻した。
新八に連れられ風呂に向かったが、風呂の前に来ると新八は

「じゃあ、また後でな」

と言って立ち去ろうとする。新八も血で汚れているのに。
「あんたは入らないのか」背中に呼び掛けると、「俺は後でいいって」と、少し笑ってまた歩き出した。

「……別々に入れば、その分副長への報告が遅れるだろう」
「でもよ、お前は一人で入りたいんじゃねぇのか?」

新八の再三の気遣いに俺は嬉しくもなるが、過剰な心配は自分が弱い存在だと思われているようで嫌にもなる。
普段は風呂など、誰と一緒になっても気にしない。
先程のように、いつも通りに接してもらいたいのだ。

「構わん、一緒に入れ」

言外に、俺は平気だという思いを含ませて言う。
新八は振り返り、少しの躊躇いの後

「そうだな」

と、軽く微笑みながら言ってきた。
そこには普段の新八の豪快な明るさは無く、俺の強がる気持ちに気付いて、合わせてくれているのだろうと思わせた。……俺は少し、悲しくなる。
風呂に入り、並んで身体を洗う。細かな傷の付いた身体には少し染みるが、至って平気な顔を装いながら、俺は湯を汲もうと新八と俺の間にある桶に手を伸ばした。
すると新八が身じろいぐ。

「離れてくれよ、斎藤」
「何故だ」
「う……」
「何だ、何を黙っている」

喋り方も態度も大仰な新八が、いつになく縮こまっているのを不審に思い、視線を下ろすと新八が反応しているのに気付く。
その視線に気付いた新八が、慌てた口調で言い訳をする。

「あ、あのよ、俺今日島原行って来たんだ! で、まぁ、その、何だ? いつも通り金だけ持ってかれて何も出来なくてよ!」

ははは、と困ったように笑う新八は、酔っ払って帰り道を間違えたら、俺を見付けたのだと付け加えた。
新八が俺を見付けた事情は分かったのだが、今の新八に何を言うべきか分からない。
けれどこれだけ焦っているのだから、知らぬ振りをした方が良いのだろうか。

「そうか」

それだけ答えた俺に、少し冷静な口調に戻った新八が

「そうだよ、俺は……」

と言って、一度言葉を区切る。
どうしたのかと思って新八の顔を見てみると、いつになく真剣な瞳とぶつかった。

「俺は、お前に酷い事はしねぇよ」

瞳よりも真剣な口調で続けられる。
この時湧いた感情の名を、俺は知らない。
何故だか嬉しくて、新八の存在が有り難くて……なのに、想いが言葉にならない。

「新八……」

名を呼ぶと、より気持ちが強まる。……新八となら、と思った。先程迄のように自分の意思を無視されるのではなく、どんな行動であろうとも自分の意思で行いたいと、そう思った。
けれど俺の思いなど知らぬ新八は

「悪いな、先に出てくれよ」

と言葉を続ける。
だが、俺は新八の気持ちが知りたくて、新八が反応している理由を質問してみる。

「それは、俺に対してなのか」
「…………っそうだよ! 悪かったな! でも何もしねぇから!」

長い沈黙の後に、自棄になったような口調で素直な気持ちを伝えてくれた新八。それを嬉しいと思ってしまった。
相変わらず、この感情が何なのか分からないままであったが。

「そうか」

俺は短く答えると、新八に近付く。
それに気付いた新八が不思議そうに首を傾げた。

「新八、俺はあんたとなら構わない」
「えっ……」

驚く新八に更に近付いて、座っている新八の目の前にしゃがみ込む。

「俺は、何事も自分の意思で行いたい」
「なっ、んだよ、どうしたんだ斎藤? そりゃどういう意味……」

訳が分からず焦る新八の、反応している部分に俺はそっと手を置いた。

「っ、斎藤っ!?」
「俺では駄目か…?」
「いや、そんな訳ねぇだろ……って、そうじゃねぇよ! 何してんだ!?」
「言った筈だ、俺は自分の意思で行動を決めたい」
「どうしたんだよ、大丈夫か? のぼせてんのか?」
「違う!」

どう言えばいい? 新八になら、いや新八とならと思ったのに、上手く伝えられない。

「だから俺は、新八と……」
「斎藤……そりゃ、俺は嬉しいけどさ、こういうのは好きなモン同士でやる事だから……」

好き……?
新八の口から出た言葉に、唐突に俺は自分の感情の名を知る。
新八の気遣いも、
新八の優しさも、
新八の素直さも、明るさも……どれも今の俺には愛おしい。
俺に酷いことをしないと言ったあの真摯な心に、きっと惹かれた。好きだから……だから新八となら、と思えたのだ。
自覚すると、尚のこと今夜の出来事を新八との思い出に変えたくなる。

「俺は今夜の出来事など、忘れたいのだ」

言って、新八自身を軽く握った。
新八は最早言葉も出ないほど驚いていて、俺の腕を掴んで自分から離す。

「おい、冗談は……」
「冗談ではない」

言っても通じない新八に、俺はもう強気に出た。
新八と抱き合うような形で、新八に跨る。新八は何が起きているのか理解出来ないといった顔付きで俺を見ていたが、体勢から察したようで焦り出した。

「何してんだ、止めろって!」
「何故だ、俺は新八としたい」
「斎藤……」

流石に俺の意思が固いと気付いた新八は、もうそれ以上俺を止める事はなく、新八と繋がろうとする俺の心配を始める。

「おい、大丈夫か? 無理すんなよ」
「平気だ」

そう言って、俺は自分から新八に身体を埋めていった。

「う……」

俺は新八を入れている圧迫感からではなく、すんなりと新八を受け入れてしまう自分の身体に少し辛さを感じてしまう。

「あ、斎藤……」

新八は新八で別の意味で辛そうな声を上げる。
新八を全て飲み込んだ俺は、その絶妙な感覚に一度動きを止めた。
すると新八が、辛そうな声を上げる。

「悪い、斎藤……動いてくれ……」
「少し待て」

自分から動いてはみたものの、初めて行うのにそう簡単に事は運ばない。

「お前が動かねぇなら、俺、動いちまうぜ?」
「待て、今動く」

新八が動くのでは意味が無い。俺が、俺の意思で動かなくては……。
堪え性の無さそうな新八は今にも自ら腰を振りそうで、俺は慌てて自分の腰を上げ出す。
けれど思うように身体が動かず、足の力も余り入らない。
新八の肩に両手を置き、その手を頼りにゆっくりと行為を続けた。新八は辛そうな表情を見せる。
恐らく俺の動きは物足りないのだろう、その歯痒さは逆に新八に辛い思いをさせているだろうに、新八が俺を責めることはなかった。
そんな気持ちに気付いて、俺はまた新八を愛おしく思う。

何度か俺の下手な動きが続いた後、新八が俺の背中に両腕を回してきた。
抱き締められるのかと思ったが、その腕は背中で交差して俺の肩を後ろから押さえ付けてくる。
必然的に、俺は新八に強く身体を沈めることになった。

「悪い、斎藤……」

そう言ったかと思うと、俺の肩を押さえたまま新八が激しく腰を打ち付け始めた。

「し、んぱっ、ち……あぁっ」

自分で動いていた時には感じられなかった、強い快感が湧き起こる。
気付けば肩を押さえ付けていただけの新八の腕は、俺の上半身を包むように抱き締めていた。必然的に、俺の耳の横に新八の顔がくる。耳元に荒い息を感じた。
けれどその息の荒さは、先程の男達とはどこか違う。
辛そうな気配が混じったその息遣いは、ただの快感や律動の激しさからくるものではなく、俺への申し訳なさと俺を心配している気持ちが痛い程伝わってくるもので……。
そんな新八の想いに、俺は気持ちが先に極まった。

心に身体は連動して、俺の身体も極まりを見せる。
新八と俺の間で擦られている俺自身から欲が出るのを感じたが、新八がそれでも動くので、俺と新八の腹が俺の物で汚れてしまった。
少しして、新八が最高に膨張したかと思うと、俺の中で熱を放つ。
俺は力無く新八に寄り掛かり、息を整えた。
新八はそんな俺を強く抱き締め、酷く悲痛な声で謝る。

「すまねぇ、斎藤……」
「はぁっ、あ……平気、だ」
「悪い……ほんと、こんなつもりじゃ……」

泣き出すのではないかと思うほど、辛そうな声を出す新八にはっきりと宣言する。

「俺がしたくてしたのだ、お前は気にするな」
「そうはいかねぇよ、大丈夫か?」

その後しばし同じ問答が繰り返されたがどちらも譲らず、とにかく副長への報告を、という俺の言葉で風呂は出ることとなった。
着替えの最中、風呂での悲痛さはどこへやら。

「俺、島原ではモテねぇけど、男にならモテんのかな?」

豪快に笑いながらそう言った新八に、俺は今しがたの行為を後悔する。

「無理ではないか?」

意識して淡々と答えるが、心は穏やかではない。
新八はそんな俺の反応など意に介さず、更に質問をしてくる。

「何だよ〜じゃあどうやったら島原でモテるようになると思う?」

俺とあんなことをしておいて、終われば女の話か……呆れもしたが、頭にもくる。
けれどそれより俺の胸を占めるのは悲しさで。

「もうあんたと話すことは無い」

着替えも終わり、その場を立ち去ろうとした俺の腕を新八が掴んだ。

「待ってくれよ、もう一個相談があんだって!」
「何だ、早くしろ」

もうこれ以上こんな話を続けたくない。早く切り上げたい。副長へ報告することについて結局話し合ってはいないが、新八と共に行く気は既になくなっていた。
そうなると、少しでも早く副長へ報告をしなければという思いが俺を急かす。
新八の言う相談がまた女の話であるならば、返事をせず副長の元へ行こうと決めていた。けれど新八の口を突いて出た言葉は……。

「斎藤、お前に好かれるにはどうしたらいい?」
「何……」

驚いて新八の顔を見ると、その表情は真剣そのもので、俺は途端に心臓が跳ね上がる。
だが直前の会話を思い出し、俺は新八から目を逸らしながら質問する。

「いま、女に好かれるにはと話していたではないか……」
「俺だって、こんなこと言うにゃ心の準備が必要だからよ……本気じゃねぇよ」

表情と同じく真剣になっているその口調から、新八の俺に対する本気度が伝わってくる。
何故だか凄く……恥ずかしくなった。
恥ずかしいが、嬉しい。けれど俺だって新八が好きで、好きだからこそあんな行為に及んだのに……。
そこまで思った時、ふと気付く。
新八は、好きでもない相手と俺があんなことをすると思っているのか? 考えていると、また新八が想いを告げてくる。

「俺はよ、こんな一時の感情での関わりじゃなくて、お前ときちんと付き合いたい」

一時の感情だと……?

「俺がいつ今だけだなどと言った!」

俺は俺で真剣であったのに、気持ちを軽く扱われた気がして、自然と責めるような口調になる。

「だってよ、お前は今日のことを忘れたいだけなんだろ?」

言われて、そう言えば新八を好きだと一言も言っていなかったと思い出した。
俺を好きな訳じゃねぇんだろ、と弱々しい口調で続ける新八にきちんと伝えなければと思うのに、改めて好きだと言おうとすると恥ずかしさが先立ち、言葉が出ない。何も答えない俺に、新八は諦めたような、寂しいような、そんな口調で言った。

「やっぱり駄目か……」

そして、掴んでいた俺の手を離そうとする。

「そうではない」

手も気持ちも、離したくない。しかし好きだと言えない俺の、精一杯の言葉は新八にとっては難しかったようだ。

「どういう意味だ?」

喉元まで出てきている好きだの三文字が、矢張り俺には言えなくて。出てきた言葉は、強がりだった。

「察しろ、馬鹿者!」

けれど、新八は分かってくれた。

「……それはつまり、……付き合えるってことか!?」

新八らしい、明るい声が戻りつつあった。その声に、俺はまた愛しい気持ちが湧く。

「…………構わない」

なのに、口から出るのは素直でない言葉。俺もそういう仲になりたいと、何故言えないのか。

「本当かよ、やったぜ! 好きだぜ、斎藤!」

だが新八はそんなことなど気にせず、心底嬉しそうにそう言うと俺を強く抱き締め、髪に何度も口付けてきた。
その足で、副長の元へと向かう。俺の手を引く新八が浮き足立っているのを見ると、自然とこちらの頬も緩んだ。
先を行く新八が、それに気付くことはなかったけれど。

――その後のことは、実は余り覚えていない。
新八は笑いながら報告を始めてしまい、怒った副長が俺に質問をする。しかし新八の笑顔の原因が俺だと思うと気が散って、結局支離滅裂な報告しか出来なかった。そんな俺にも副長は激怒していた気がするが、副長と俺の間に入り、俺の代わりに今夜あったことを説明している新八の背中が、やけに頼もしかったことは覚えている。

副長の部屋にいる間、俺は何度も意識を集中させようとした。けれど新八の姿に目が行き、気持ちが揺れるばかり。恐らく長い時間、副長からの詰問を受けていたはずだが、気付いた時にはもう副長室を後にしていた。
新八と居ると、辛さを意識する間もなく時間が過ぎていく。

しかし最後に副長から、「これから四日間、昼の巡察も夜の巡察も二番隊と三番隊が行け」と言われていた。
部屋に戻る際に「ほんと、鬼だよな」と笑った新八の顔が、今も心に残っている。

次の日。
朝餉を食べに広間へと来たものの、俺は戸に手を掛けた状態で悩んでいた。
今は島原の誰それに入れ込んでいるだの、誰それが綺麗だ可愛いだのと、朝と言わず夜と言わず、毎日のように宣言をしていた新八は根が素直なのだろう。金をつぎ込んだ挙句振られたということまで、隠さず話している。
そんな新八のことだ、きっと俺と恋仲になった事も触れ回っているだろう……。そう思うと、広間の戸を開けるのが怖くなり、今の状態が続いている次第だ。

すると「あれ? 何してるの、斎藤君」と聞いてくる声がある。振り向くと総司が居て、入らないの? と聞かれた。

「いや、その……」

こんな悩みなど言えるはずもなく、口籠っていると「先に入るよ?」と、総司が躊躇無く戸を開いた。
この際だと思って、俺は総司の背中に隠れるようにしながら広間へと入って行く。
中に入ると口々に朝の挨拶が交わされる。その中に混じる新八の声を聞き分けた俺は、声のした方へと目を向けた。
きっと俺に笑顔を向けていると思った新八は――――俺を見ていなかった。
冷静になり周りを見るも、俺に注目している者などおらず、いつも通りの朝だ。

俺とのことを、言っていないのか?
安心するのと同時に、不安にもなった。
昨夜の新八との会話は夢だったのではないか、と。
あの新八が、恋人が出来たと言わずにいられるのだろうか。

それとも言わないということは、本気ではなかったのか?
ただ俺を慰める為だけに言ったのだろうか……。
総司と並んで食事を摂り始めたが、少食の総司よりも食べないまま、俺は食事を終えた。
それに気付いた総司が、具合でも悪いのかと心配してきたが、大丈夫だと曖昧に頷いて部屋へと戻る。
昼の巡察の準備をしていると、新八がやって来た。

「よぉ、あんま飯食ってなかったけど、大丈夫か?」
「新八……?」
「体調悪いってんなら、今日くらい誰か他の奴に代わってもらってもいいんじゃねぇか?」
「そんな訳にはいかない。それに、俺は平気だ」
「……そっか、じゃあそろそろ行くか」
「あぁ」

朝餉の時間、俺を見ていないと思われた新八は、きちんと俺のことを気にしていた。
こうしてわざわざ心配しに来るあたり、昨日のことは矢張り夢ではないのだと思い、自分でも驚くほど安心する。
巡察の時間となり、三番隊と二番隊は屯所を出て左右に分かれた。俺は隊士達を引き連れ、町を見廻る。
滞りなく完遂し、そろそろ屯所へと戻る道に出ようとした時、ふとそこにある店の物が気になった。店に近付きじっと見ていると、突然元気な声が掛けられる。

「おう、斎藤! お前もこれで終わりか?」

声の主は新八で、逆から見廻りをしていた二番隊と合流したのだと知った。

「あぁ、こちらは問題無かった」
「そうか、俺達の方も大丈夫だったよ」

カカカと明るく笑った新八は、俺が見ていた物へと視線を落として質問をする。

「ところで何見てんだ? 何か欲しいモンでもあんのか?」
「いや、そういう訳ではない」

実際、欲しくて見ていた訳ではなかった。

「ふーん、そっか。ところでさっきよぉ、」

特に深く追求せず新八は話を変え、共に屯所へと戻る。道すがら話される新八の話題に、俺はつまらぬ相槌しか打てなくて、それでも楽しそうに話を続ける新八の存在を、改めて有難いなと思った。

夜の巡察は昼とは見廻る場所が変わっていたため、途中で合流することは無かったが、俺が戻った後、ほどなくして二番隊も戻って来た。どうやら今日は、平和な一日だったようだ。
俺が部屋で着替えをしていると、隊服を着たままの新八が部屋に入って来る。

「お前の方が先に戻ってたんだな〜」

と豪快に笑いながら俺の方へと近寄ってきた。

「あぁ、何も無かったからな」

そう言うと新八は、「そうかそうか」と言いながら、俺の顔を見下ろす形で俺の隣に立つ。

「どうした、新八」

隣に立った途端に黙った新八を見上げると、新八はやや躊躇する素振りを見せてから、真面目な顔になって切り出した。

「いつ言おうかと思ってたんだけどよ……どんだけ考えたって、いつ言うべきかなんてわかんねぇから、今言いに来た」

そう前置きして、新八は言葉を続ける。

「お前が嫌な思いをした分は、これから俺がいっぱい楽しい思いに変えてやるからな」

真剣な顔つきと口調から、新八が本気で言ってくれているのは疑う余地がない。俺は突然告げられた新八の気持ちに嬉しくなる。
言うべき機会が分からないと言って、隊服のまま来た新八の、着替える間も惜しんだその気持ちは、俺をより幸せな気分にさせた。
それからまたいつもの明るい口調に戻った新八が、青い何かを手渡してきた。

「まぁ手始めにこれだ!」

見るとそれはお手玉だった。

「昼にお前が見てたの、これだろ?」
「……これではない」
「えっ」

こんな物、あの店にあっただろうか? 一体どこで買って来たのやら。店自体を間違えているようでは、話にならない。
しかし驚いた声を上げた新八は、続けて言う。

「なんてな、こっちだろ?」

今度は赤茶けた風車を、青いお手玉の上に乗せてきた。
お手玉はお前の目みてぇだから思わず買っちまった、と付け加えながら。
新たに渡されたそれを見てから新八の顔を見ると、自信に満ちた嬉しそうな顔で俺を見つめている。
そんな顔を向けられては、俺はこれも違うという一言を飲み込むしかなくなってしまう。
けれどこんな物を渡されて、返答に窮する。黙ってしまった俺に対して新八が

「何だよ、斎藤。何か言うことねぇのか?」

と聞いてくるので、結局礼を言った。

「あ……すまない、俺の為に……有難う」

貰って困るのは事実だが、新八の気持ちはとても嬉しかったから。その気持ちに対しての御礼のつもりだったのだが、新八の方が困ったように言ってくる。

「そうじゃねぇだろ?」
「?」
「これも違うんだろ? 素直に言えって……」
「何故それを……」
「お前の顔見てりゃ分かるよ。困った顔しやがって……。結局俺は、お前の欲しいもんもわかんねぇのか……」
「新八……」

寂しそうな笑顔を作った新八に、少し胸が痛んだ。

「それにしても、何が欲しかったんだ? 何かお前が欲しそうなモンが売ってるようには見えなかったが」
「いや……」

俺も別に欲しい物があって見ていた訳ではない。ただ、店先にあった櫛の色が、新八の髪の色と同じだなと思ったら、どうしてだか目を惹かれてしまっただけなのだ。
けれどそんなこと、まるで乙女のようで恥ずかしくて言えない。
また黙ってしまった俺に、新八はそれ以上の追求はしてこなかった。

「ま、いっか! いままで島原で遣ってた金は、これから全部お前に遣えるからな!」

続けられた言葉は、俺の気持ちを掻き乱した。

「俺は物が欲しい訳ではない、女扱いをするな!」

思わず強い口調で責めてしまう俺は、まるで女のようだ。

「そうつもりじゃなかったんだが……」

俺の言葉は、新八に困った顔をさせてしまう。そんな顔をさせたかった訳ではないのに……。

「俺は女もまともに落とせないからよ……お前に何すりゃ喜んでもらえるのかわかんねぇんだ」

それだけ言うと、悪ぃな、と苦笑して俺の部屋から出て行こうとする。気付いた時、俺は新八の腕を掴んでいた。

「欲しいのは物ではないと、言ったであろう」
「斎藤……?」

思わず言ってしまったが、では俺は何が欲しいのだと思った途端、恥ずかしくなった。徐々に顔が熱くなってくるのを感じる。

「斎藤、そんな事言われたら期待しちまうんだけど……」
「……」

俺は否定も肯定も出来ずに、黙ってしまう。

「黙ってるのは肯定と取っていいのか?」
「……」

いつまでも何も答えようとしない俺に、

「……嫌なら、俺を突き飛ばせよ?」

そう言って新八は、俺を優しく抱き締めてきた。
本当にすぐ突き飛ばせるように配慮された軽い抱擁は、抱き締められているというより包まれているようで、新八の体温よりもその気持ちに温かさを感じる。
言葉で素直になれない分、俺は新八の腕の中で大人しくしていた。
俺が抵抗しないのを見て取った新八は、今度は抱き締めるという表現が似合う程度に力を込めてくる。
迷ったが、俺も新八の背に腕を回した。するとより強く抱き締められ、俺は少し息苦しくなる。

「し、んぱちっ」
「あ、悪い……」

苦し気に喋った俺に、自分の力強さを自覚した新八が謝り、俺を抱き締めていた腕を解いた。解かれた腕に、改めて抱き締め直されたかと思うと、新八が心配そうな顔を近付け大丈夫かと訊いて来る。
その目は優しくて、触れる腕は温かくて、新八は俺に無いものを全て持っているな、と思ったその時。

「お前は俺が持ってねぇもん、全部持ってるよな」

と言ってきた。同じことを考えていた偶然よりも、言葉の内容が気に掛かる。
どういうことだ? 俺が一体何を持っていると?

「何があってもへこたれねぇしよ、お前は強いよな。女扱いなんかしてねぇよ。俺は、お前は誰より男らしいと思ってる」

新八は嘘を吐くような男ではない。
だからこの言葉は本心から紡がれたものに違い無く、その言葉も気持ちも嬉しかったが、しかし買被りだと思った。
俺は新八がいたから昨夜の事も乗り越えられたのだ。
俺を見付けてくれたのが新八で良かった……。そう思うのに、口にするのは簡単なはずなのに、何故だか言えなくて
こんな俺のどこが男らしいのだと思うが、新八が更に続ける。

「今朝だってあんなに飯を残して心配だったけどよ、お前が平気だっつーから、俺はそれ以上追求しなかったろ? それだけ俺は、お前を信頼してんだ。お前は自分の言葉に責任持つ男だって知ってるからよ」

好きだとも愛しているとも言われてはいないのに、これに敵う懸想の言葉は無いと思った。
嬉しくて、新八の名を呼ぶ事すら出来なくて……。自分の気持ちを表すのに、ただ新八の背中に回したままの腕の力を強めることしか出来ない。
俺はこの先、新八に何が返せるだろう。この言葉に、何を返せば良いのだろう……。
新八にもっと近寄りたくて、今より強く抱き締めたいのに、新八に貰った小物を持つ手では、それ以上力を入れられない。
それが分かってか、新八の方が俺を強く抱き締めてきた。
言わなくても、俺の望みを新八は叶えてくれる。
いつまでも、この胸の中にいられたら……そう思った時、新八がぐっと俺を抱く腕の力を強めて、「けどな、」と小さく呟いた。

「お前を男らしいと思うのに嘘はねぇけどな、それとは別に、俺はお前が可愛くて仕方ねぇんだ」

そう言って、新八は俺の頬に自分の頭を擦り寄せてきた。きっとそんなことを言えば、俺が嫌がるとでも思ったのだろう。
だから俺の目を見ず、けれど俺に近付き自分の気持ちを正直に伝えてくる。

「新八……」
「こんな風に思われるの、嫌か?」

嫌ではなかった。きっと俺を可愛いと言ったのは、俺を女扱いしている訳でも馬鹿にしている訳でもなく、新八が人を好きになったら自然と湧きあがる感情なのだろうと、理解出来たから。
だが、いままで新八に素直な気持ちを伝えられないままだった俺は、こんな時まで素直な返事が出来ずにいた。

「……」

元々不安そうにしていた新八は、黙った俺の気持ちを悪い方向に受け取ってしまう。

「……そりゃ、嫌だよな」

口に出されてはいないのに、その響きの中に「ごめんな」という気持ちが籠っている。
そうではないと言おうとした時、先に新八が口を開いた。

「でも、嫌がられても思っちまうもんは止めらんねぇ。だけど嫌われたくねぇし、お前を好きな気持ちも変えられねぇんだ。斎藤、俺はどうすりゃいい?」

一気に捲し立てるようにそこまで言った新八の、その勢いに気圧されて気付くのが遅れたが、俺を抱く新八の腕は少し震えていた。
新八の言葉と態度は、俺の気持ちを強くする。
自分を大事に思ってくれる存在が、こんなにも心強いものだとは思わなかった。
けれど、新八の想いは俺の気持ちを弱くもする。
俺は恋など知らなかった。だから、自分の中に潜む欲など、今まで知る由もなかった。新八の想いは、嬉しいのに……怖い。
新八の優しさを知れば、きっと誰もが新八を好きになるだろう。それでも新八は俺を好きでいてくれるだろうか? 未だに素直な気持ちすら伝えられない、こんな俺を。
自分の中にこんな気持ちがあると、初めて知った。
怖かった。
俺はこの時、新八を失いたくないと思ってしまったのだ。

こんなことを思う俺は、醜い人間ではないだろうか?
新八に相応しくないのではないか?
どうすればいい? どうすれば……。


「好きだ」


「えっ、斎藤?」

俺が突然告げた言葉に、新八は俺の頬に寄せていた顔を上げた。

「俺はあんたが好きだ」

上げられた顔のその目を見ながら、俺はいままで黙っていた自分の気持ちを繰り返した。

「ど、どうしたんだよ、いきなり……」
「いきなりではない、ずっと言おうと思っていた」

この先も、新八と共にいたい。そのためにどうすれば良いか、俺なりに必死に考えた結果、素直に気持ちを伝える事しか思い浮かばなかった。そしてやっと、俺は新八に想いを告げることが出来たのだ。
一度言ってしまうと、今度は気持ちを抑えることが出来なくなる。

「好きだ、新八。俺は、あんたに見合う人間になれるよう精進しようと思う。だからこの先も、俺を見ていて欲しい」

だから、他の人間になど興味を持たないで欲しい……流石に強欲過ぎるかと思い、この想いは口にしなかったが、俺の中に湧いた独占欲を消すことが出来ない。
いきなりの告白に驚いた目をしていた新八は、すぐに優しい目に戻った。

「言われなくても、お前以外なんか目に入んねぇよ」

そう言って、俺に顔を近付けてくる。
重ねられた唇は、俺を抱く腕より温かかった。
そのまま畳へとゆっくり押し倒される。
だが体勢が変わっても、続く口付けが深くなることはない。
それは新八が俺に気を遣っている証拠で、嬉しいのだが、もどかしい。かと言って、間を置かず塞がれる唇では、それを伝えることも出来ない。
少しして、やっと俺から顔を離した新八が、静かな口調で訊いてきた。

「なぁ、続けていいか?」

その目には申し訳無さも欲も感じられず、真面目な印象しかない。新八らしくないその表情は、逆に新八らしい気持ちを表している。
新八は俺を本気で大事にしているのだな、と思うと、湧いていた独占欲も消え、ただ愛しくなった。

「……構わない」

俺が答えると、一呼吸置いてまた口付けられる。
それは先程までと違って深いのに、貪るというには優し過ぎるものだった。
やがて新八が俺の着物を脱がそうと身体を上げかけたのだが、俺が背中に回した腕の所為で俺から離れられなくなっている。

「斎藤、手、どけてくれ」

熱っぽい口調で言われ、名残惜しいが腕を解いた。
新八からの贈り物は揃えて横に置かれ、俺の着物は一気に肌蹴られた。

「何か、初めて見るみてぇだ」

緊張する、と言って新八が俺の肌に舌を這わせてくる。胸を舐められた時、びくりと反応してしまって、それを見た新八が嬉しそうにそこを攻めてくる。
左右を指と舌で同時に攻められ、どんどん息が上がってしまい、俺の中心もその快感でどんどん熱を帯び始めていた。
けれど執拗に胸ばかりを攻められて、快感ともどかしさで小さく声を上げてしまう。

「……んっ」

それを合図に、新八は俺の下の方へとおりていく。
既に熱を持った俺を見た新八は、良かったと小さく言った。

「何の事だ……?」

新八の言った意味が分からず、訊ねてみる。

「お前に気持ち良くなってもらいてぇからよ」

新八のその想いは嬉しかったのだが、自分が感じているのを見られている恥ずかしさが、改めて湧いてきた。
恥ずかしいと思った時、少し身体が緊張した気がする。
それから新八は俺の足の付け根から俺の中心に向かって舌を這わせ、這わせて……。

「おい、どこを舐めている!」

全く中心に辿り着くことなく、新八は変な場所を舐めていて、俺は突然不安になった。
考えてみれば女好きの新八が、男相手にきちんと出来るのだろうか? この間は俺から行動してしまったし……。

「え? ここじゃねぇのか?」

驚いたように聞いてくる新八に、余計不安が募った。

「違う、何をしている!」
「え? じゃあここか?」

そう言って再度舐められた場所も見当違いの場所で、俺はまた注意する。

「そこでもない!」
「そうか? じゃあ、こっちな」

次に舐められた場所は俺の先端で、まさかそちらを舐めてくるとは思わなかった俺は、突然の刺激に腰が強く震えた。
その腰を掴まれ、更に強く舐め上げられる。

「あっ、新八、そこは……」

心の準備もしないまま、予想外の快感を与えられ、どうして良いか分からず新八の頭をどけようとする。しかし新八はお構いなしに、俺自身を上から下まで舌と口を使って扱いてきた。
繰り返されるその行為に、俺はもう限界が近い。
極まる感覚に背中が反れ、新八の頭を離そうと俺は腕を伸ばす。

「それ以上は……駄目だ、新八っ!」

だが新八は俺の腕などものともせずに、そのまま強く吸い上げた。
そして俺が出してしまった物を、迷わず飲み込んでいく。

「はっ、だから、駄目だと言ったではないか……」

息を整えながら、新八の口に出してしまった言い訳をするが。

「嫌ならやらねぇって! 俺がしたくてしただけなんだからよ」

あっさりとそう言われ、向けられた笑顔に嬉しくなった。
その笑顔のまま、新八が続ける。

「緊張、解けたか?」
「何の事だ……」
「何か、強張ってるように見えたからよ」

あの少しの緊張に、新八は気付いていたのか……?

「大丈夫だ」

実際、一度出したことで身体は弛緩している。むしろこれから緊張する方が難しそうだった。
俺の返事を聞いた新八は、そっかと言って歯を見せて笑い、俺の気持ちもどんどん緩んでいく。
それから新八は、俺の蕾をじっくりと解していった。
もういいと言っても、お前に痛い思いなんかさせらんねぇと言って、丹念に拡げていく。
そうやっている新八の息は上がっていて、それでも俺に気を遣う新八が愛しくて堪らなくなる。
やっと挿入されてからも、「大丈夫か?」「痛くねぇか?」「本当に平気か?」と幾度も訊ねられ、もう聞くなと言った俺に新八が言う。

「でもよ、酷いことしねぇっつったのに、あの日は俺、無茶しちまったから……」

風呂でのことを言っているのだろう。もしかしたら、ずっと気にしていたのかもしれない。
きっと言葉で平気だと言っても、新八は納得しないのだ。俺は新八の首に腕を回し、自分から口付ける。

「これ以上俺を心配するなら、何もさせんからな……」
「斎藤……」

また俺はこんな言い方しか出来なくて、それでも俺なりに必死に伝えたつもりだった。

「あんたを好きだと言ったはずだ、もう待たせるな」

優しくされるのは嬉しいが、いい加減新八を感じたい。
これを聞いた新八は、最後に「辛くなったらすぐ言えよ?」とだけ付け加え、あとは言葉もなく、ただひたすらに俺を愛した。
何度も自分の中を往復する新八の感覚に、俺は何度達したか分からない。激しく睦み合う中、何度口付けを強請ったかも思い出せない。
それでも新八は、一度として俺の願いを聞き入れなかったことは無かった。

散々愛され、俺の体力が限界に近くなったのを知った新八が、最後に強く俺を抱き締めてから離れる。
お互い言葉も無く、ただ息を整えていた。
少しして、新八が起き上がって上を羽織る。何か飲むか? と聞いてきた新八の方を向いた時、横に置かれた贈り物が目に入った。
先程新八は俺を女扱いしていないと言っていたが……。

「そう言えば、お手玉とは女子供のやるものではないのか」

そう聞くと、新八ははっとした顔をして、焦りながら言い訳をしてくる。

「ち、違う! そんなつもりで買ったんじゃねぇって! 色! 色がさ、さっき言っただろ? お前の目みてぇだな、と思っただけでよぉ」

その姿が何だか可愛く見えて、こんな大柄な男を可愛く思うなんて、自分は相当どうかしていると思った。

「それにしても、お手玉とは一つで売っているものなのか?」
「いや……三個で売ってた……」
「あと二つはどうしたのだ」
「……俺が持ってるよ」
「あんたがお手玉をするのか?」

新八のお手玉をする姿を想像してみたが、余りにも不自然なその光景に、思わず驚いた声を上げてしまった。
すると新八は恥ずかしそうに目を伏せ、段々と小声になっていきながらも、その理由を教えてくれた。

「俺がやる訳ねぇだろ? だから、その、お前の目みてぇだって思ったからよ……お前と離れてる時でも、持っていようと思っただけだ」

俺も新八の髪の色をした櫛に目を惹かれた事を思い出し、俺達はどこも似ている所などないように思えるのに、考えることは同じなのだな、と思った。
例えあの夜、俺を見付けたのが新八でなかったとしても、俺はきっと新八に惹かれていただろう。

「これはあんたの気持ちごと大事にしよう」

そう言うと、新八は照れたような顔をした。

「そ、そういや今日、月が綺麗だったぜ、見たか?」

そう言って立ち上がり、障子を開ける。その時吹いた一陣の風が、風車に命を与えた。
回る羽は慌てる新八のようで、俺は思わず微笑んだ。



《おまけの後日談》

俺の部屋の風車が増えている。

「よぉ、斎藤! 今度は桃色だぜ!」
「……新八、俺の部屋をよく見てみろ」
「ん? あぁ、今日も綺麗だな!」
「……俺が悪かった、部屋ではなく机の上を見ろ」
「お〜風車が綺麗に並んでんな〜」
「……他に言うことはないのか?」
「色取り取りで綺麗だな!」
「違う!」
「え? どうしたんだ、斎藤?」
「俺の部屋を風車だらけにするつもりか!」
「あぁ、それもいいかもな!」
「何を言っている、俺はこんなに風車などいらない!」
「だってお前が笑ってくれるからよ」
「何だと……?」
「風車が回った時の、お前の顔が可愛かったから、つい……」
「……」

そんな事を言われては、怒るに怒れない。
けれどもういい加減いらない。

「これ以上買って来るようなら、あんたとは別れる」
「えっ、止める! すぐ止めるよ、もう買わねぇよ! だから嫌わないでくれよ、斎藤。なぁ、ごめんな?」
「……嫌ったりはしないが、とにかく困る」
「分かったって、もうしねぇから。だから怒らねぇで、笑ってくれよ」
「楽しくもないのに笑えん」

そう言った俺に、新八がつまらぬ話を始めたので、俺は終始無表情でいた。俺が無表情なので、更に新八は必死に話をしてくるのだが……。

「つまらん」

俺の一言で、新八はがくりと肩を落とし「出直してくる……」と言い、大きな背中を丸めて自室に戻って行った。
その背中を見て俺が微笑んだのを、残念ながら新八は知らない。

2010.02.03