中也さんって戦闘中は格好いいですよね。
ぽつりと零した言の葉の後に、グラスの悲鳴が聞こえた。何してるんですか、と半目でその人を見やる。中也さんは辛うじて割れなかったそれを持ったまま固まっていた。そんなに驚くことだろうか。話の続きをする前に、ひび割れたグラスを回収する。幹部様の手をグラス如きに傷つけさせる訳にはいかない。
「中也さん、何か勘違いしているようですが、私は「戦闘をしている中也さんが格好いい」と言ったのであって、普段の中也さんは別にそんなでもないですよ」
割れたグラスに自分の顔が映る。見慣れた顔が、ヒビのせいで2つ見えた。我ながら何の特徴もない顔だ。中也さんとは大違い。
マスターに謝りながら割れたグラスを渡し、代わりの物を頼む。マスターが了承の意を表し、店の奥へと消えた頃、ようやく中也さんの状態異常は解けた。
「手前にンな事言われても嬉しくねーよ」
「じゃあ二度と言いませんね」
「……そうかよ」
不機嫌オーラを出す辺り、中也さんは分かりやすい。仕事中は感情を隠せるのに、プライベートでは隠せない。中也さんはそれなりに親しい人であれば、人間らしい反応をする。オンオフの切り替えが上手いというか、身内に甘いというか。私は身内ではないけれど、それなりに親しくさせて頂いている。同じ裏社会の住人だけれど、私はどこにも属していないから、愚痴相手に丁度いいのだろう。仕事上守秘義務もあるから口も堅い方だ。この世界は裏切りが基本だが、信用もまた武器になる。
まあそんな堅い話は置いといて。
「普段の中也さんは何でしょう……格好いいというより可愛らしいです」
「ああ!?」
「顔の造形は完璧美人さんですし、お料理もできますし、お洒落さんですし、小柄ですし」
「おい小柄つったな」
「戦闘中はほら、動き回ってるので小柄でもそんなに気にならないというか。それに中也さんには口では勝てますけど、戦闘では勝てませんもん」
一応体術は一通り齧ってはいるものの、戦闘のスペシャリストである中也さんには遠く及ばない。男女の差はもちろん、異能を使ったとしても、私の異能は戦闘向きじゃないからどうやったって勝てっこない。無理ゲーというやつだ。
「はっ、俺が手前に口で負けるだと?」
「勝てたことあります?」
「今勝てば問題ねえ」
否定しない時点で負けを認めたようなもの。だから中也さんはいつまで経っても太宰さんに口で勝てないのだ。あの人には私も勝てたことない、というか口であの人に勝てる人がいるのか知らないけれど。
つらつらとそんなことを考えていると、マスターが奥から出てきて代わりのお酒を中也さんの前に置いた。さっきより高いものだが、お詫びのつもりだろうか。割ったのは中也さんだというのに。当の本人は「悪ぃな」と言いながら飲んでいる。
「そうだマスター。ポートワインあるか?」
「はい」
「じゃあ頼む」
「ふっ……中也さんがそれ頼むんですか。ギャグのつもりですか」
「それ以上言ったら殺す」
「いや、だって、ポートマフィアがポートワイン頼むってなんか……」
「本当に黙れよ手前。飲ませねえぞ」
「は?」
まさかのお言葉だ。つい笑いを止めて口をぽかんと開けてしまう。私ですか、と指を指すと何故か睨まれた。ここでその表情をされるのは意味がわからないのですが。私にポートワインを渡すということは、つまりはそういうことになってしまうのに。
「女口説くのに俺が負けるわけねえだろ」
「……あー……ハイハイそういうことですね。中也さんはど〜しても私に口で勝ちたいんですね」
まあ、酒言葉なんて酒の席での戯れみたいなものだ。愛の告白云々なんて尚更。確かに中也さんに口説かれて私が頷けば中也さんの勝ちにはなるけれど、それは口で勝ったとは言えない。私の言った『口で勝つ』とは『言い争い』の意なのだから。決して惚れた腫れたではない。きっと中也さんなりに考えた結果が『口説くことなら勝てる』ということなのだろう。解釈違いも甚だしいけれど。
「んで? 手前は飲むのか、飲まねえのか」
「中也さん、それ口説く人の言い方じゃないですよ」
「手前に合わせた口説き方してんだよ。それとも特別扱いをご所望ですか? お嬢様」
「それは嫌ですね。鳥肌立ちます」
「じゃあさっさと俺のもんになれ、ユキ」
怒るかと思いきや、流れるように手を取られて口付けられた。上目で挑戦的にこちらを見る中也さんはとても絵になっている。いい男とはこういう人のことをいうのだろう。今まで何人の女性がこの男に騙されてきたのか。
「何だ? 惚れたか」
「……は、まさか。台詞が在り来たりなので減点です」
その男の手を、私は鼻で笑って払った。
「そうこなくちゃな」と笑う中也さんに「でしょう」と笑い返して、自分のグラスに残っていたお酒を勢いよく呷る。喉が一瞬で熱くなった。
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