「……またか」
目の前のトレーの上に乗る、一見普通の食事。しかし私はそれが普通でないことを知っている。これを作ったシェフを呼ぶと不満そうに口を尖らせてキッチンから出て来た。
なんだよ、と上目に見てくる猫目は非常に愛らしいが、彼は自分の容姿の使い方を把握していてそうしているから可愛さ半減というものだ。
「また毒入れただろ」
「いれてない」
「嘘つけ。科学者なめんなよ」
薬は私の専売特許だ。毒なんて嫌というほど作ったし使ったことがある。多分、薬よりも。人が毒を使うタイミングをよくわかっているから、この坊っちゃんが私の食事に毒を入れたのもわかる。科学の力というより心理というのが科学者として微妙だが。まあそれはそれだ。気にしない。
「ちゃんと後で解毒剤も飲ませるからいいだろ」
「そういう問題じゃない。人に毒飲ませようとすんな。私じゃなけりゃ死んでるぞ」
「……」
「拗ねない」
む、と口を曲げる坊っちゃんに大きな溜め息をつく。散布タイプの毒を使う際はマスクをしているものの少なからず毒の影響はある。ある程度の毒耐性ができるほどには。
それを知っている坊っちゃんは通常使用する毒の5倍を私の食事に混ぜ込んでくる。最初は殺したいのかと思っていたが、まあそれくらいでは残念ながら死なない体になってしまったから毒のことは触れずに完食した。特に何の変化もない私に対して坊っちゃんがどう出るか観察していたのだが、次に坊っちゃんが渡してきた食事にはなんと解毒剤が入っていたのだ。
「毒とその解毒剤を交互に飲ませて、一体坊っちゃんは私に何をしたいんだ?」
「坊っちゃんって言うな!」
「はいはい。んで? 質問の答えは」
「、……」
「だんまりか」
はあ、ともう一度溜め息をついてトレーに向き直る。今日の食事はカレーライス。香辛料のおかげで毒が混ざっていても味の変化がわかりにくいため、その筋で使うには非常に便利な食事だ。まあ香辛料にも解毒効果のあるものは何種か存在するが、この坊っちゃんはそんなことは承知済みだろう。それに私を本気で殺すなら実力行使をするだろうし。肉弾戦は私が圧倒的に弱者なのだから。
「いただきます」
「お前さ、何で毒入りってわかってるのに食べんの?」
「その質問そっくりそのまま返す。坊っちゃんの家の食事は全て毒入りだろ」
「産まれた時からそうなんだから仕方ねーだろ」
そういえばそうだった。世界的有名暗殺一家の期待の三男。それが坊っちゃんの肩書きだ。今はそれが嫌で家出中だそうだが。狂った金持ちの家というのは大変だなと他人事のように思う。実際他人事だ。
ぱくり。大きく口を開けてスプーンを口にいれる。毒の味が邪魔をするが、そこそこ美味しいカレーライスだ。
「レトルトでもこれは値が張るやつだな」
「普通にうまいって言えよ」
「ああ。例え毒入りでも美味しいよ」
嫌みと受け取った坊っちゃんがじと、と睨んでくる。宥めるように銀髪を軽く叩いた。
「坊っちゃんが作ってくれたものだからな」
「……坊っちゃんじゃねーっつの」
そっぽを向く坊っちゃんに照れるなと告げるとはあ!? 照れてねーし! と返ってくる。顔が真っ赤だが指摘した方がいいのだろうか。
大股で去っていく坊っちゃんを見送りながら思う。今はまだかわいい子供だからいいが、きっとこれからあの子の行動はエスカレートするだろう。それを止めない私も私だが。あの連中の元に帰りたいかと聞かれれば答えは否。しかし会いたい人達もいる。
「……どうせ帰れないなら」
彼らを忘れるためにあの子の想いを受け入れるか、いっそ殺されてもいいかな、なんて思ったり思わなかったり。その程度にはほだされている自覚はある。落とすならちゃんと落としてくれよ、と身勝手に思った。
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