爆豪勝己は日ノ坂ユキに好かれている。
中学2年、中間テストが終わった後の席替えで隣人になったことが縁だった。爆豪は学年1位で、日ノ坂は2位。モブに興味のない爆豪が日ノ坂を覚えていたのは、彼女が勉学や運動など、大抵のことが優秀だったためだ。もちろん爆豪はその更に上だと、自惚れではなく結果が言っている。
日ノ坂に親しい友人はいないようだった。しかしどこかの幼なじみと違い孤立しているように見えないのは、彼女が背筋を伸ばして前を見据えているからだろう。実際彼女には友達もいるようで、たまに楽しげに会話している様子が隣から聞こえる。昼休みは寝るか読書をしている日ノ坂が年相応に、モブと同じように笑っているのを見て不思議と落胆したのを覚えている。
(落胆? なんで俺が)
不可解が不快で、取り巻きに八つ当たりをしたことも。
とにかく、そう、日ノ坂は爆豪に次ぐ優秀な人間で、単独行動を好んでいて、でも友達はいて、そして——爆豪に恋をしている。
意味わからんと、気付いたときに、告白されてもいないのに一蹴した。本当に意味がわからなかったから。
爆豪と日ノ坂に接点はない。席が隣なだけ。たまに英語の読み比べで教科書を読みあったり、隣の席同士で話し合いをするだけ。授業での関わり以外では、日ノ坂が教科書を忘れたから見せてと言ってきたり、落としたシャーペンや消しゴムを拾ったり……これも授業関係か。
まあ関わり方はどうでもいい。爆豪は日ノ坂の目が熱を帯びていることなどすぐにわかったし、「爆豪くん」と呼ぶ声が他より少し高く、甘さを含んでいることに辟易した。きっと教科書を忘れるのも、シャーペンや消しゴムを落とすのもわざとだろう。頻度が高ければ腹が立つが、日ノ坂は人の顔色を伺うのが上手いのか、爆豪の機嫌のいいときにしかそういうことはしない。面倒だと思いはするが拒否するほどではないと、助けてやっている。
自身の性格が褒められたものではないと、爆豪は一応自覚しているつもりだ。それでも自分のやりたいことをやるのは、自分が正しいとわかっているから。周囲も非難の目は向けるが反論はしない。そんな目を向けられることも稀だ。非難の目を向けるのも反論するのもクソみたいな幼なじみだけだ。嫌な奴を思い出した。
日ノ坂は心配しているようだった。幼なじみではなく、爆豪を。
トップヒーローになるための過程に雄英進学は必須で、平凡な中学から唯一の雄英入学者という箔をつけるため、爆豪は日々努力をしている。内申を上げるのもその内だ。幼なじみへの暴言は教師のいないところでわざわざ行なっている。それを同じクラスで隣の席の日ノ坂が知らないはずがない。つい先日の放課後も幼なじみに暴言を吐いていたら、「先生来るから、やるならよそでやった方がいいよ」と、帰ったはずの日ノ坂は戻ってきたのだから。女ってのは好きな男のためなら暴言も許容するのかと呆れた。爆豪は暴言ではなく、事実を突きつけているだけだと思っているけれど。
そんな爆豪はそこそこにモテる。強個性で文武優秀なのだから当然だと思う。加えて将来はトップヒーローだ。優良物件にもほどがある。しかし色恋沙汰に興味はなかった。心底どうでもよかった。高額納税者で、どんな敵にも最後には必ず勝つ、オールマイトよりも強いヒーローになるためには、そんなことに時間を割いている暇はなかった。
あれは確かバレンタインだったか。いつもは遠巻きに爆豪を見てくる女子達が、数人でチョコを渡してきたことがあった。いらねえ。ばっさり切り捨てた爆豪だったが、結局押し付けられて憤っていたとき。席替えで隣ではなくなったものの、たまに声をかけてくる日ノ坂が言った。
「赤信号、みんなで渡ればこわくない」
「あ?」
「今の状況にぴったりだなって」
ふふ、と笑って、日ノ坂は突進してくるトラックから逃げるように、教室から出て行った。トラックはもちろん爆豪だ。日ノ坂は爆豪の機嫌を読むのが上手い癖して、時々こうして神経を逆撫でしてくる。クラス全員に配られたチョコを渡されたときも、「ちゃんも買ってきたやつだから」と余計な一言を添えていた。本命を渡す度胸もないくせにと、日ノ坂のスクールバッグを睨んだ。
3年になると日ノ坂とはクラスが離れた。テストでは相変わらず2位らしい。1位が爆豪であれば、他が何位だろうとどうでもいい。日ノ坂とすれ違うときに「よお2位」「なあに1位」と、笑いかけてくるその目が甘かった。2位であることを悔しがる様子もなく、爆豪が1位で当たり前というような態度は好ましかった。付き合おうとは思わないが、友人関係くらいなら許してやる心持ちだった。
「転校するの」
1学期の終業式が行われた日、突然そう告げられた。
「……は?」
生徒が一斉に下校する中、爆豪は日ノ坂と2人だけの空間にいる気がした。
あはは、びっくりしてる。日ノ坂が笑う。笑い事じゃねーだろと思う。だって、日ノ坂は爆豪が好きだ。俺と離れるくせに笑うのかと、その顔をまじまじと観察した。なあに、あんまり見ないでよ、恥ずかしい。頬を染める日ノ坂はそっぽを向いて表情を隠した。
「夏休み中に引っ越すから、学校に来るのは今日で最後なんだ。一応言っとこうかなって。ほら、爆豪くんは私の……えーと、友達だから」
そのときの気持ちをなんと表現したらいいのだろう。
喪失感、落胆、期待、寂寥、どれもあるようで、どれも違う。声帯がなくなったのかと錯覚するほど、言葉が出てこない。脳内でさえ色んなことを思いすぎて言葉として認識できていないのだから、それを音にして相手に届けることは、いかな爆豪としても難しかった。
「爆豪くんと話すの、意外と楽しかったよ。どこかで会ったらさ、また話してね。雄英も受かるといいね。ヒーロー、頑張ってね。応援してる」
怒鳴りたかった。違うだろ。お前の言いたいことはそんなことじゃねーだろ。もっと他に、俺に言いたいことあるだろ。だから教室の前で待ち伏せして、こうして帰ってんだろ。
怒鳴れなかった。ようやく言いたいことがまとめられたのに、日ノ坂がとても綺麗に笑うから。重荷になりたくないとでも思っているのだろうか。俺に振られたら、友達でいられなくなるのが嫌なのだろうか。繋がりを、断ちたくないのか。
——ふざけんな。
「お前と友達になったつもりはねえ。調子乗んな、クソモブが」
「あはは、ごめんね」
爆豪くんらしい、と言う声はやはり甘い。日ノ坂は交差点の信号が青になると、「じゃあ私こっちだから」と、まるでまた会えるかのように、普通に手を振って去っていった。爆豪はその背中を見つめる。最後まで甘かった。声も、目も、仕草も、その全てが甘くて、苦い気持ちになった。
告白、してくれば。
どうなっていたのだろうと、思う自分が女々しくて、手のひらで小さな爆破を起こした。
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