私の腕には歯型がたくさんある。初めてそれが同期に見つかったときは随分と騒がれたものだ。炭治郎はひたすら心配してくるし、善逸なんて「女の子の体になんてことをするんだ!」と泣きながら怒っていた。
 私は苦笑いをするだけに留めていたのだけど、何かと敏感な2人はその何かを感じ取ったのだろう。誰にされたのかは聞かず、体を大事にするようにだけ言われた。
 腕の歯型は鬼にやられたものではもちろんない。そもそも鬼だったら腕自体がなくなる。では誰にやられたのかというと、女の体に歯型を付けることに抵抗のない人物——もう一人の同期、嘴平伊之助だ。

「もう噛むとこねーぞ」

 いつもの猪頭を外した伊之助が私の腕を見下ろしながら言う。ぼんやりしていた私は思わず間抜けな声を出してしまった。
 伊之助の言う通り、腕には痛々しいほどの噛み跡が残っており、新たに噛む場所がない。それも両腕ともなのだから相当だ。ここ最近は顔を合わせる頻度が高く、その度に噛んでもらっていたからだろう。困ったな、と眉が下がる。

「うーん……首はさすがにまずいし、足にする?」
「ああ!? 俺様に跪けってのか!?」
「服で隠れるところって腕以外には足くらいしかないじゃん」
「腹とかあんだろ」
「お腹は噛まれるの痛すぎると思うから嫌だ。あとあんまり見せたくない」
「んだそれ、めんどくせーな!」

 ぷんすか怒る伊之助にどうしたものかと考える。足を噛むのは自称山の王にとって屈辱であるらしいし、でもお腹は私が嫌だ。他に候補があるか聞くと胸を指差されたので頭を叩いた。キレられた。

「つーかそんだけ跡残ってんなら噛まなくてもいいだろ!」
「嫌だよ。次はいつ会えるかわからないんだから」
「会えるわ! 余裕だわ!」
「もし半年会えなかったら全部消えちゃうかもしれないんだよ」
「消えたらまた噛めばいいだろ!!」
「消えるのが嫌なの。こんなこと伊之助以外には頼めないし」

 噛み跡だらけの腕を見ると安心する。鬼を殺すだけの人生じゃないとか、また噛んでもらうまで生きなきゃとか、伊之助元気にしてるかなとか。
 鬼が出没すればどこへでも奔走する私達はいつ会えるかわからない。噛んでもらうのはそのためだ。口吸いの鬱血痕は一週間もすれば消えてしまうけれど、噛み跡は長く残るから。
 肌白い部分の方が少ない腕をそっと撫でる。半年もつだろうか。一年会えないことだってあり得る。もし噛み跡が消えて伊之助にも会えないことが続いたら、そんな想像するだけで不安でいっぱいになってしまう。

「〜〜っだあああ!!!」
「えっなに」
「ホワホワさせんな!!」
「ええ? させてな、うわっ」

 力強く引き寄せられて、目を白黒させている間に隊服のボタンが引きちぎられた。羞恥を感じるよりも先に、肩に痛みが走る。

「いっ……!!」

 猪に育てられたせいなのか、伊之助の歯は鋭い。犬歯が特に。しかもいつもより噛む力が強いような。出血の確認のために離してほしいと頭を軽く叩くも、邪魔だと言わんばかりに払われた。これは本人が満足するまでは無理そうだと余計な力を抜く。

「……どうして噛んでくれたの?」

 初めて噛んでもらったときも突然だった。偶然伊之助と二人きりになって、偶然歯型のついた腕を見られて。「なんだそれ」と聞く伊之助に説明をすると「俺の方がもっと強く噛めるぜ!」と噛まれたのだ。それはもう一切の手加減なく。その噛み跡が今までで一番長く残ったため、これはいいと会う度に腕を噛んでもらうようになった。
 伊之助がどういう感情で私の腕を噛んでいるのかはわからない。惚れた腫れたは彼にはあまりに似合わないし、多分そういうのではない、のだと思う。子分だからだろうか。伊之助は野生児だけど案外面倒みはいいから。

「子分だからだ!」

 ほら、やっぱり。ようやく肩から顔を離した伊之助が言う。理由がわかったのに少しだけ落胆する自分がいた。それに気付かない伊之助は続ける。

「親分として子分を泣かせるわけにはいかねーからな! 感謝しろ!」
「? ……ん?」

 よく意味がわからず首を傾げる。私、伊之助の前で泣いたことあったかな。記憶を遡ってみるけれど、泣きそうになったことすらないはずだ。
 思い当たる節がない顔をしていたのがバレたらしい。得意げな顔をしていた伊之助が睨みをきかせてきた。表情がコロコロ変わって面白いと関係のないことを思う。

「俺に噛めって言うとき泣きべそかきそうな顔してんだろ!」
「はっ!? してないよ!」
「してる!」
「してない!」
「してんだよ! だから噛んでやってんだろうが!!」

 噛まれた肩を掴まれて痛みに顔を歪める。伊之助は一瞬だけ「しまった」みたいな顔をして、しかしまた得意げな笑みを浮かべた。今度は私が伊之助を睨む。

「そんだけ強く噛めば消えねーだろ! どうだ!」
「強すぎだしこれもいつかは消えるよ…」
「あーん!? 文句あんのかコラ!」

 文句はない。ないけれど本当に痛い。腕を噛まれたときの痛みの比じゃない。でも確かに、この噛み跡は中々消えないだろう。触ると滑った感触がした。やはり出血している。

「……まあいいか」
「んだよハッキリ話せ!」
「ありがとうって言ったの。また噛んでね」

 隊服の前開きを手で合わせながら笑う。そうすると上機嫌になった伊之助が「全身噛んでやるからな!」と意気込んだため丁重にお断りした。






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