隣の席の影山くんは目つきが悪い。顔立ちは綺麗なのにもったいないと思う。授業中なんて白目を剥いているし、起こしてあげてもすぐ寝てしまうから最近は諦めていた。

 ——コツン

「あ、悪い」

 数学の練習問題を解いていたとき、椅子の脚に消しゴムが飛んできて驚いてノートから顔をあげた。消しゴムが飛んできたことにじゃない。いや、たまに手が当たって飛んでくることはあるのだけど、そうではなくて。いつもは静かなお隣さまが寝言ではない声を発したから。

「……!?」

 お隣歴4ヶ月、初めてのことだった。つい問3の存在を忘れて影山くんと足元にある消しゴムを視線で往復する。よく見たら影山くんは目をぱっちり開いていて、手にはシャーペン、机にはノートがある。しかもちゃんと板書してある。たぶん。問題文らしきものはあって数式が見当たらないけど、たぶん板書してある。あの影山くんが。

「? あの、消しゴム……」
「だ、大丈夫? 今日部活なかったの?」
「なにがスか」
「だって寝てない……」

 影山くんがバレー部なことは知っている。1組の日向くんと中庭でバレーボールのパス練習をしているところを見たことがあるから。HRが終わると同時に教室から出て行くから、影山くんは部活が好きなのだろう。練習で疲れているから寝ているのかなと、思っていたのだけれど。

「……いつも寝てるわけじゃない」
「いつも寝てるよ……?」

 むっとした様子の影山くんに真実を言い返すと、反論はせずに眉間に皺をよせた。言い返したいけど言い返せない。すごい、表情から感情がここまで伝わってくるの初めてだ。表情豊かなわけじゃないのに。
 とりあえず消しゴムを取って影山くんの机の上にのせる。影山くんは眉間の皺はそのまま、「っす」と小さく頭を下げた。少しかわいい。

「寝なくて大丈夫? 倒れない?」

 影山くんが頷く。

「部活ちゃんと行ける? 寝不足で動けなかったりとか」
「テスト週間なので部活ないっす」
「あっ」

 そうか、テスト週間か。私は帰宅部だから意識してなかったけれど、テスト終わるまでは部活禁止なんだった。
 なるほど〜と手を打った私を、やはり影山くんは目つきの悪い顔で見る。

「……寝不足もしてないんで。部活あるときも」
「そうなの?」
「体調管理してるから」

 アスリートみたいだ。影山くんは部活が好きなだけでなく、本気で望んでいるらしい。プロになりたいのだろうか。それとも遊びではなくちゃんと部活をしている人はみんなこうなのかな。私は何かに本気になったことがないからわからない。

「影山くん、部活ないと起きていられるんだね」
「まあ……」
「部活ある人はテスト頑張らないといけないもんね。追試面倒だって話だし。そうだ、とってないノートたくさんあるでしょ? あとで写真撮る?」
「! いいんすか」
「いいよ〜。ノート提出で点数稼げる教科もあるし、できることはやらないと」
「あざっス!」

 机にぶつける勢いで頭を下げられる。体育会系だ。バレー部だから当たり前だけど。教室での影山くんはおとなしいイメージだからギャップに驚いてしまう。でも意外とちゃんと喋るし表情もわかりやすいから、もしかしたらとっつきやすい人なのかもしれない。4ヶ月も隣だったのに初めて会話らしい会話をしたけれど。
 寝そうになってたら起こしてあげるね。
 寝ません。
 そんなやり取りをして終わった数学の授業後、影山くんは10分休憩が終わって昼休みになるまで、白目で意識を飛ばしたまま現実に戻ってくることはなかった。






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