ぱちん、と音がして振り返る。一般家庭よりは広いだろうリビングには今、ユキの他に遊真しかいない。冷蔵庫を漁っていたユキからはソファに座る遊真の白い頭しか見えないから、彼が何をしているのかはわからない。爪切りだろうか。いや、遊真は普段からトリオン体だ。体の成長しないトリオン体は当然爪も伸びない。それに今の音は爪切りとは少し違った。
「遊真、何してるの?」
考えてもわからないのなら本人に聞くしかない。ユキは冷蔵庫から缶ジュースを2本取って、ひとつを遊真に渡した。遊真は「かたじけない」と言いながら手に持っていたものをゴミ箱に入れる。見覚えのあるものだった。というか、知っている。
「ピアッサー?」
なんでまた。首を傾げるユキの問いには答えず、遊真は缶のプルタブを開けてごくごくと飲む。その耳はふわふわの髪に隠れて見えないが、幼い年齢より更に幼い外見の遊真とピアスはあまり結びつかなかった。普段の言動から装飾品に興味があるとも思えない。
缶も開けず凝視するユキを構う気になったのか、遊真が「穴は開いてないぞ」と言ってテーブルに缶を置いた。その証拠を見せるように髪を耳にかけてみせる。この子どもは髪だけでなく肌も白い。確かにまろい耳のどこにも穴は開いていなかった。
「あれ? ピアス付けたかったんじゃないの?」
「おれはいい。すぐ塞がるし」
「あー……じゃあなんで?」
「練習だよ。お前痛いの嫌いだからどうかなって」
「…………えっ」
「痛くなかったから大丈夫だな。あとで開けてやる」
固まるユキの耳たぶを二、三度つまんで「ここら辺がいいか」と呟く。遊真はちらと上目にユキを見ると、目線があちらこちらに移動しており、混乱しているのは明白だった。その目が遊真と鉢合う直前にするりと体を離す。
「それ飲んだら開けるぞ」
「えっはやい」
「消毒とか必要なんだろ? 準備してくる」
「ここでするの!?」
「だめか?」
「だ、……めじゃない、けど」
だめでもないし嫌でもない。急な展開に付いていけないユキは困った表情で遊真に訴える。せめて事前告知がほしかった。ユキにとって耳にピアスをつけることは心の準備をする暇もない早さで行うことでない。戦闘で体に穴を開けられるのとは違うのだ。いやあれはあれでびっくりするけれど、覚悟はできているからまだマシだ。
「言っとくけど好奇心じゃないからな」
「……うーん」
「おれがしたいから、……ん? 違うな。他のやつには別にしたくない。ユキがいい。ユキにしたい」
「おお……それキスじゃだめ?」
「だめ」
「そっかぁ」
「キスは開けたあとにする予定だから安心してくれ」
「それ言われると断れないんだけど……」
「だから言った」
「確信犯か〜〜」
にんまりと笑う遊真から逃げるようにソファに突っ伏す。顔が熱い。どうしよう、なんて感情はなくなっていた。迷いも不安もないが照れは残る。
ずっと握っていたせいで人肌になった缶を遊真に取られる。「缶開けていいか?」と聞かれたので小さく頷くと満足そうに笑われた。
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