「ユキって頑張る方向が違うよね」と何度か友人に言われたことがある。私は目的のために一直線に頑張っているつもりだが、他人から見ると違うらしい。しかし方向は違えど目的は達しているのだからと、私が友人の言葉に耳を傾けることはなかった。
ハンターになるためにそれなりの努力はしてきた。出してきた結果から実力は一人前と認められているだろう。その代償として家族や友人とは疎遠になってしまったが、ハンターとしての人生は順風満帆といえた。
——あいつと出会うまでは。
「おーい、まだかー?」
扉の外からするひどく面倒くさそうな声に苛立つ。恋をしたらその人の声を聞くだけでときめくはずなのに何故こんなに気分が悪くならなければいけないのだろうか。あまつさえ殺意を抱くのだろうか。何故、どうして。尽きない疑問に終止符を打ったのは先程思い出した友人の言葉だ。
頑張る方向が違う。なるほど、確かに私は目的地へ向かう道を間違えた。いや、間違えたどころではない。遭難だ。方向音痴にも程がある。しかしこの目的の場合大事なのは過程ではなく結果。例え獣道でもその先に目的地があればいいのだ。
よし、と気合を入れて立ち上がる。扉を開くとそこは緑生い茂る密林で、少し離れたところに私が恋する男が胡座をかいて座っていた。
“お花畑の一室”という名の念能力は名前の割に生活的だ。具現化できる時間が1日15分間という制限付きだが、機能が優秀でサバイバル中の身としては非常に役に立っている。
「便所なげーな。腹壊したか?」
「死ねばいい!!!!」
ただ、その使い道の直接的な言い方は大嫌いだ。
誰のせいであんな念能力を作ったと思ってるのか。具現化させるまでの毎日を私がどんな思いで過ごしたか、この男は絶対にわかっていない。あれはもの自体は嫌でも見なければいけないため仕方ないが、名前は一生聞きたくない程には嫌っている。あんなものを具現化させるために毎日毎日観察し続けるなんて、我ながら恋する乙女は何をしでかすかわからない。
そうして自己嫌悪に陥りかけたとき、その最大の原因である男が「次オレな」と荷物を投げて寄越した。念の制約で室内に武器や、包丁などの武器となり得るものは持ち込めないためだ。しかしそれを差し引いてもこの男は私のことを何だと思っているんだ。苛立つままに足元に投げられた荷物を踏みつける。
「ああ!! お前それオレのだぞ!」
「うっさい! 文句あるならそこら辺ですれば!?」
「やだね! なんでユキがいるのに野糞なんざしなきゃいけねーんだ」
「汚い言葉使わないで! それに私はトイレじゃないっつーの! ……あああトイレって言っちゃったじゃん! ジンのバカ! 死ね!!」
「そりゃオレのせいじゃねえだろ! それにオレのために作った能力なんだからオレが使って何が悪い!」
さも当然のように放たれた言葉に上っていた血が急速に下がっていく。が、言葉の意味を理解すると共に再び上った。怒りではなく、恥ずかしさからで。
ジンの言ったことは半分正しい。“あれ”を考えたのは世界中を飛び回るジンに付いていきたくて、そしてその際一番困るのがお手洗いだと思ったからだ。好きな人といるのに外でお手洗いはどうしても嫌で——例えそれがデリカシーの欠片もないジンでも——当時純粋だった私は本当に嫌だったのだ。
そうした経緯を辿って作りあげたのが“お花畑の一室”。ちなみにウォシュレット付き。やるからには徹底的に。あの屈辱的な日々の引き換えとしてはなんとも粗末なものだが妥協は許さなかった。具現化できるようになってからは半ばヤケクソだったけど。
——ということを何故、この男は(半分だけど)知っている?
「あ、これ言わない方が良かったか?」
ジンは「うーん」と何事か考えた後、「まあいっか」と結論付けた。何がいいんだろうか。こちらとしては好きな男のためにトイレを具現化した女というレッテルが貼られるのは非常に嫌なのだけど。不本意にも程がある。
ようやく顔の赤みが引いてきたところで下げていた顔を上げる。しかし誤ってジンの顔を真正面から見てしまい再び俯いた。どうしよう、どうしようとそればかりが頭の中をぐるぐる回る。いっそこの場から消え去りたい。
「やっぱりジンは死ねばいいと思う……」
「お前な……泣くなよ」
「泣いてない」
「泣きそうだろ」
「でも泣いてない!」
ジンがガシガシと頭をかく。面倒くさいと思われただろうか。しかし面倒くささでいえばジンだって面倒くさい。目に付いたものがあればフラフラ寄り道するし、珍獣と出くわしたときは面白がって揶揄って危ない目にあうし。そうだそうだ、私なんかよりジンの方が余程面倒くさい。文句を言ってきたら言い返してやろう。
濡れた目を見られたくなくて力任せに腕で拭う。次にジンから放たれる言葉を頭の中でシミュレーションしていると頭に重みがきた。ので、反射的に叩き落とす。
「いってえ! 人がせっかく慰めてやろうと思えば……!!」
「は!? セクハラ!!」
「お前オレが好きなのか嫌いなのかどっちだよ!?」
「好きだよ!! 悪い!?」
言って少し後悔した。心臓がうるさいほど鳴って、また涙が溜まり出す。でも口に出したことは取り消せないから、それを我慢するように手を強く握って目に力を入れた。ジンの前でだけは、絶対に泣きたくなかった。
体の熱を冷ますように息を吐き出す。間抜けな顔をしているジンがおかしくて気が抜けそうになるけど、じっと前を見据えた。
「……頑張る方向が違うのはわかってる。でも好きなの。すっごくムカつくし殺したくなるときもあるけど。ほんとムカつくけど。……好きなのは、本当だから」
まっすぐ目を見て話すにはまだ勇気が足りなくて、ジンの背後の木を見ながら。なんとも可愛げのカケラもない告白だったけど、可愛い告白をする私というのも想像できないから、これでいい。
これでもうジンとの旅も終わりかと思うと気分が沈んでくる。伸ばしていた背筋は曲がり、目線も自然と下に向く。泣いてたまるかと更に手に力を入れると、上から溜息が聞こえた。
「多分わかってるとは思うがオレは今そういうのに興味なくてだな……」
「……うん」
「ユキのことが嫌いなわけじゃねえ。いい仲間だと思ってる」
「……しってる」
だからなんだ。傷口に塩を塗るようなことは言わないでほしい。言外にそう告げていることくらいわかってるくせに、ジンは「だからな」とまだ続けようとする。
「オレはまだユキと旅がしたい」
「…………え」
「この森の調査は終わってねえし、調査が終わったところで次に調べることもある。つーかお前に抜けられるとオレが困る!ユキは便所以外でも必要な仲間だ」
ジンの言葉は仲間としては嬉しくて、私個人としては最低だと思った。傷口に塩じゃなくて火で炙られた気がする。ちょっと本気で刺したくなった。
でも普段あまり感情を表に出さないジンがここまで言うのは珍しい。仲間だから言ってくれたと思うと胸が痛むけど、同時に熱くもなる。だって、あのジンが私を必要だと言ったんだから。
「……ジンのそういうとこ、ほんと嫌い」
「ああ、知ってる」
「でも好きだよ。……それでもいい?」
ハンターの仕事に私情を持ち込むつもりはない。でも知られてしまった以上完全に隠すことは難しい。そんなの、絶対面倒くさいに決まってるのに。
「んなの気にすんな。道草を食うのが楽しいこともあるっていうだろ?」
歳に似合わない笑顔なんてするから、絆されてしまった。頑張る方向が違うのも、たまにはいいかもしれないと思う程度には。
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