星すら背く暗闇にぼんやりと提灯が並び吊されていた。その下に夕闇の中とは思えないほどの雑踏が広がり、人々は様々な色の屋台の間をそれぞれの思う方向へと行き来している。遠くの方で奏でられているお囃子を鼓膜で感じながら、俺は高台にある神社の石段に腰を下ろし、行き交う人々を見下ろした。
今日は、全国的にも知名度の高いとある夜祭の当日だ。エンジュのような古都が多いジョウトでは他の地域よりも盛大に行われているらしく、その賑やかさが他の地域からも来客を招いている。祭の熱気にやられたのか、どの人も頬を上気させて楽しそうな破顔を同伴者に向けていた。俺は依頼の一つとして祭の準備を手伝っていたのだが、始まってしまうともうするべきことも無くなり。仲間のように祭に参加する気もなかったが一人で誰もいない自宅に帰るのも嫌だったので、ぼうっと彼らを待っていたところだった。

(……暇だなぁ)

低地の灯りに仄かに照らされた階段へ瞳を向けながらそう思う。こんなことなら暇つぶしに本か何か持ってくれば良かったと後悔したが、どの道この暗所ではまともに字も追えないであろうから無用の品になっただろうと直ぐに自らの悔やみを改めた。いっそあの中に入ってしまおうかと雑多な人々に目をやりながら思いつけども、自分の虚しさを増長させるだけになるような気がして足が動かない。視界の先では、幼い女の子と男の子が浴衣を身に纏い無邪気に駆け回っている。自らの幼少期を想起して、俺は子供達から目を逸らした。明るい世界の裏側で生きてきた自分には、眩しすぎた。

――羨ましい。

純粋にそう思った本心とそんな自分を嫌悪する良心とが心中で交錯し、変わらない自身の幼さに瞳を閉じる。一体いつまで俺は当時を引きずるつもりなのだろうか。過去を繰り返し頭に呼び戻す自分自身に飽き飽きしながらも、脳はスライドショーのように過去の出来事を過ぎらせる。血に濡れた手で握りしめた金、追いかけてくる男の憎しみを込めた眼、下品な女の淫欲に歪む唇――どれもこれも、生きるためにやってきたこと。生きるためには仕方なかったと言い訳をする反面、そこまでして生きる意味などあったのかと冷静に告げる自分がいた。水泡のように脆い人生、せめて少しでも目立つように散らすのもまた一興だったかも知れない。今となっては、そんなこと考えないが、それでもこびりついた記憶は剥がれ落ちない。不快感を伴う過去ばかりが脳裏に焼き付いている。生きるのに必死だった自らの過去と餓えを知らない無邪気な子供を比較し、違いを探していた自分。光というものを唾棄していた反面追い求めていた自分。さっさと足切りしてしまいたいのに、執拗に俺の心にまとわりついてきたそれらは枷となって心臓に錠をおろした。俺はあの家に相応しくないのだと、主張するかのように。
そこまで思考を巡らせ、自らの精神が少しバランスを欠いていることに気付いた俺は大きく息を吐いてから手の平に小さな炎を作り出した。急に発火させたためだろうか、それは風に煽られ、右へ左へ大きく揺らめく。とても身近な朱色は少しだけ心を落ち着かせてくれた。

――大丈夫、きっと大丈夫。

心の中でそう呟く。自らに言い聞かすように繰り返す。彼らは俺を受け入れてくれた。太陽の下に俺を引っ張り出してくれた。だから、これからも一緒にいてくれるだろうし俺もそれを願っている。当時と比べれば、歪んだ心情は確かに変わっていっているのだと自分でもわかった。彼らのお陰で俺は逸脱した世界からようやく抜け出そうとしているのだ。

(いつか、払拭出来るかな)

人だかりに視線を下ろし、心中で問いかける。あの家で馬鹿をやりながら毎日楽しく過ごしていたら、いつかあそこに笑顔で入り込める日がくるのだろうか。荒んだ過去を、あいつの死を踏み台にして、あちら側。一人だったら諦めていたが、彼らと一緒ならば出来そうな気がする。

――きっと、焼き尽くしてみせる。彼らのためにも、絶対に。

決意を新たに、手の上の炎をしかと見据える。赤の舞いの奥に見え隠れする提灯が一つ、音もなくその灯りを消した。


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