手の平の炎が風にかき消された頃、階下に人影が現れた。薄い青のワイシャツを着ている男性とその隣にいる夏には如何せん目立ってしまう緑のロングコートが石段を上ってくるのを見て、ようやく口元に笑みを作る。

「何、お祭デート?夏でも相変わらずお熱いねぇ」

顔が判別出来るくらいに近づいてから茶化してみると、二人は揃って頬を紅潮させた。

「い、いやこれはそういうことじゃ……」

「………」

慌てて言い訳を始める基継と視線を斜め前に逸らす政景さん。もうすぐで交際十年目に入るとはとても思えない初々しい反応がおかしくて、つい声をあげて笑ってしまう。それを聞いた基継の瞳が気まずそうに細められた。

「お前、笑うなよ……」

「はは、ごめんごめん……おかえり」

言うと、二人の表情は緩やかになった。そして穏やかな彼は手に持っていた綿飴を俺に差し出す。不思議に思って瞳を瞬かせたら、口元に優しい弧を描いて告げた。

「せっかくの祭だし、祭らしい物でも食べさせたいと思ってな」

政景さんが選んだと付け足せば余計な事は言わなくていいと隣から声がする。まさか祭を辞退した自分にこんな物を買ってきてくれるとは全く思っていなかった。暫く呆然としたままいつの間にか手に持たされていた菓子を見つめる。

「…あ、りが……」

「おーい、弥九郎!」

どうしようもなく嬉しくて、柄にもない素直な謝礼を述べようと口を開いたが、後からやってきた明るい声に俺の小さなお礼は打ち消された。声がした階段の半ばくらいに目を向けるといつもの三人組が俺達の所へと向かってきている。最上段まで上り終わってから、三人組の一人である貴六が抑揚のない声で帰宅の挨拶をした。

「ただいま」

おかえり、と俺達が言う間もなく、彼の横にいた道雪が笑いながらからかい口調で喋り始める。

「おい弥九郎聞けよ、こいつ射的全弾ミスって……いってぇ!」

「……自業自得、ということで」

「おいこら、何が自業自得だよ!明らかにお前のせいじゃねえか!」

自らの失態を告げられそうになった途端、間髪入れずにツルハシを頭上へと振りかざした貴六。被害者の道雪は平然とした彼に向かい怒声を発している。そんないつもの光景をまた始まったなんて呆れながら眺めていると利長が肩を叩いてくる。何、と問えば彼はプラスチックの入れ物に入っている焼きそばとたこ焼きを俺の空いている手に持たせた。

「お腹空いただろう?夕飯代わりに食っとけよ」

家事を好む彼らしい配慮。思わず喜びで顔がほころんだその瞬間、拳骨の落ちる音がその場に響いた。考えるまでもなく、姉御肌の紅一点が口論を止めた音である。

「何やってんだいあんたらは!もういい年なんだから落ち着きな!」

「あ、姉御……」

「……ごめんなさい」

彼女の一声に二人の男が竦み上がった。いや、二人だけではなく基継や利長も十分怯んだようだが。ともかく、彼女は場の空気を一転させた。凄まじい存在感である。その背後から、普段と変わったところのない時宗が姿を現し、姐さんに声をかける。

「夜叉」

「ん、わかってるよ」

名前を呼ばれただけで彼の言いたいことがわかったらしく、頷いた。そして俺の方を見て一笑。時宗も長い茶髪を揺らしながら口元を緩ませる。それから二人は俺の足元にそれぞれ大きな紙袋を置いた。

「……え?」

「祭の土産だ、えーと……りんご飴に大判焼きに人形焼き、あとフランクフルトにチョコバナナ……ああ、確かお好み焼きなどもあったな」

「といっても全部お裾分けしてもらっただけだけどね。ほら遠慮無く食いな」

カラカラと笑いながら言い放つ彼女達の渡してくれたものを見て、少々唖然としてしまった。両手が塞がっているのでちゃんと確認はできないが、袋の中を覗いてみると焼きそばの入れ物と同形の物に時宗のあげていったものがそれぞれ小分けされた状態で入っている。その珍妙な光景に驚いたのは俺だけでないようで、呆れ顔を浮かべた基継は息を吐いて冷静な意見を述べた。

「お前……これは流石に食いきれないだろ、その前にもうこいつは綿飴と焼きそばとたこ焼きを貰ってるんだぞ」

「何言ってんだか、沢山食わなきゃ大きくならないだろう?」

「いや姉御、それにも限度ってもんがあるっての……」

道雪も加わり三人が量について話し合っているがその内容もあまり耳に入らない。俺は、ただ両手と足元の袋を見下ろした。彼らがそれぞれ、俺のためにわざわざ用意してくれたもの。彼らの気持ちがわかり、思わず瞳を閉じる。それこそ柄にもなく泣いてしまいそうだったが、気持ちを保って笑みを形作る。その命取りにもなりかねない彼らの優しさが過去に捕らわれていた俺には凄く温かくて、嬉しくて――ここにいてもいいのだと、許されたような気がして。

「……ありがとう」

心からの感謝を、今度はしっかりと仲間達に伝える。その時俺は意識の中で、心の臓を取り巻く鎖が緩んだ音を確かに聞いたのだ。


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