真夏のサザナミ湾は海水浴に訪れる人々でごった返していた。その中に、水着姿の中では浮いた服装をしている青年が二人、パラソルの下でクーラーボックスを横に控えながら静かに人混みを見つめている。

「――夏なんて、滅べばいいのに」

虚ろな視線はそのままに、サラヴィスは鬱々しい声音で呟いた。この場に相応しくない言葉をその隣に座する彼の友人はどう思ったのだろうか。表情をなるべく動かさないまま赤毛に目線を向けた。

「……また、なんでそんなことを言い出した」

ロケリスが淡々とした調子で問いかければ、サラヴィスは今にも落涙してしまいそうな灰色の眼を親友にきっと向け、声を張り上げる。

「だってあの人達は他人なんざ気にせず自らの幸福ばかり享受してるんだよ!?対する俺達は真梨さんの命令で荷物の見張りときたもんだ!何この虚しさ!同じポケモンなのに海を満喫しているあの人達と俺達の違いは何!?誰か説明してよ!」

――ああ、駄目だこいつ。

独善的且つねじくれた持論を述べる友人に、とにかくロケリスは呆れ果てた。そしてさり気ない複数形に、お前の中では俺も同列なのかと些細な疑問がその心中に湧いてくるがひとまずため息をして気を紛らわせる。ひょっとしたら彼の頭はこの尋常ではない暑さのせいでいかれてしまっているのかもしれない。その可能性を見いだしたロケリスはクーラーボックスの中から氷水インザビニール袋を取り出し、大粒の汗を伝わせている目の前の頬にピトリと当てた。大袈裟に小さな体が震える。

「つめたっ」

無意識下の呟きも気にせずに、彼は頬に冷え切っているそれを押し付ける。暫くの間、サラヴィスは機嫌悪そうにその行為を甘んじて受けていたけれど、やはり猛暑には勝てなかったらしい、ついには自らビニール袋を手に持ち心地よさそうに瞳を閉じた。なんとも単純なと思う反面正しい選択肢を選んだことに満足そうな表情を浮かべて、ロケリスは友人に優しい言葉をかける。

「海に入りたいなら、入ってくればいい」

それは、親友を想っての発言だった。今までの挙動から推測するに、彼は海で遊びたがっているように思われた。そのため、薦めたのだが、一方の赤毛はロケリスが想定していたような表情はせずに、ただ陰気な眼を彼に向けて小さく笑う。

「……いいよ、俺はここにいる」

そして、再び眼を閉じて砂浜の上に寝そべった。暫く寝る、と隣にいる友人に一言告げてから。彼の一連の動作を自分への気遣いだと受け止めたロケリスは、緑のバンダナにくるまれた赤い頭を撫でて僅かに口角を上げた。

「……おやすみ」

他者への羨望の強さは自信の無さの現れなのか。こういう良い点を自覚出来るようになれば彼も少しは周囲と打ち解けられるかもしれないのに、そう思った彼は未だに凄まじい人口密度を誇る海の眩しさに瞳を細めた。
彼らの主達は、まだ戻る気配がない。


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